2016/07/03/12:00 | コラボレーション, ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオ

N64 20周年!ロクヨンについて語る!ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオ~第52回放送分~

 

ピコッ!ゲームだらけの
M☆G☆Mラジオ~第52回放送分~(31分12秒)


ゲスト 「ヨッシーの愚痴」ヨッシーさん
(ラジオを始めるきっかけを作った大先輩ブロガーの1人)

▼今回のラジオでの見所

・もう20年も経ったの?N64について語る!
・マリオの新たなスタンダードとなった「スーパーマリオ64」。
・最高のクリスマスプレゼントになった「マリオカート64」。
・ありえないほどソフト不足だった1996年のN64。
・プレイステーションに大きく水をあけられた要因とは?

・学校でも流行っていた「スターフォックス64」。
・これでFPSデビューした人も実は多い「ゴールデンアイ007」。
・「ヨッシーアイランド2」として期待してガッカリだった「ヨッシーストーリー」。
・桜井カービィと非・桜井カービィの派閥を生み出した?「星のカービィ64」。

・ゼルダってよく分からないけど手を出した「ゼルダの伝説 時のオカリナ」。
・何もかもが新鮮だった時のオカリナが生み出したものとは?
・最初は浅い対戦アクションゲームだと舐めていた「大乱闘スマッシュブラザーズ」。

・ラリーが続きやすくなった「マリオテニス64」。
・おまけのファミコンゲーム目当てで買った「どうぶつの森」。
・手のひらでスティックをグルグルし過ぎて腱鞘炎になった「マリオパーティ」。

・3DSでリメイクされたから是非プレイしてほしい!
「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」。
・完全新作、出てくれないかなぁ。「F-ZERO X」。
・サードパーティの隠れた良作をちょっとだけ紹介!

▼収録後の感想

今回はN64 20周年を記念してヨッシーさんをゲストに迎えました。
彼もN64に対して熱い想いを持っているので、
マニアックな話もどんどん乗ってきてくれてかなり良いラジオになったと思います。
当時を生きてきた人間だからこそ語れるラジオになっていますので、
N64の事をもっと知りたい方は是非聴いてみてください!

ところでラジオでは3Dスティックのことを「すりーでぃすてぃっく」。
「ゴールデンアイ007」のことを「ごーるでんあいぜろぜろせぶん」と間違えて言ってしまいました。
正しくは「さんでぃすてぃっく」、「ごーるでんあいだぶるおーせぶん」です。
いや、知っていましたよ!緊張して間違えて口にしてしまっただけなんです!w

42
ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオのお便り募集中!

インターネットラジオ「ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオ」では、
みなさまからのお便りをお待ちしております!お便りの投稿方法は簡単。
このブログのどこのコメント欄でも構わないので、【ラジオでの返信希望】
最初に書いてから投稿してください。そうすることでそのコメントは承認せず、
ラジオで返信をさせていただきます。ただ、あまりにも多い場合は
なかなか返信できなかったりします。その際はご了承ください。

お便りに関する内容は、ゲーム関係のみ。
それ以外の、例えば管理人の個人情報を聞き出す話などはご遠慮ください。
今後もみなさまからのお便りを中心に話題を膨らませて
放送して行きたいので、お便りの方どしどしお待ちしております!

文章ではなく、音声での返信ですとまた違った印象を
持ったりしますので、よろしければ投稿お願いしますねー!
何度も言うようにこのラジオは、みなさんからの
お便りを中心に構成していく予定なので(汗)
また、ラジオの感想も、コメント欄でどんどん受け付けています!
ここが面白かった、ここはグダグダだったなど、思うことがあったらどうぞ教えてください


▼お便りの例

年末商戦の動向を語ってください。

今、期待しているゲームは何ですか?

▼ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオとは?

このブログを書いている管理人「kentworld」が司会・運営をしている
インターネットラジオ。読者のみなさんから頂いたゲームに関するお便りを読んで
ゲストの方と話を広めていく内容となっています。ギャグ要素が少し多めなのも特徴。
文章だけではなく、音声でもゲームの話をしているところを
形として残したいと思い、始めてみました。お時間がある時に聴いてくれるとうれしいです。
※今までの放送リストはこちら

※何か分からないゲーム用語を見かけたらこちら をご覧ください。

【人気ブログ】( ´艸`)( ´艸`)( ´艸`)( ´艸`)【ランキングへ】
6646e5e1.gif

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントする

内容をご確認の上、送信してください。

この記事の反響

  1. ウユニ より:

    俺も64は4人対戦ハードというイメージ強いなー
    マリカ、スマブラ、マリオテニス、マリパ、ゴールデンアイとどんだけやっただろう。
    挙げられてないのだとディディーコングレーシングも結構やってたかなー
    ポケモンスタジアム2のミニゲームも何気に面白かった。
    1人用ゲームはマリオ64とゼルダ2作で全て許せる感ありますが相対的に弱いですよね。
    ムジュラは自分の記事もですがやっぱり熱量高いw
    カービィヨッシーと2Dは受難の時代ですねぇ。

  2. kentworld より:

    >ウユニさん
    当時は4人対戦もセールスポイントになっていたので、
    今のアクションシューターみたいに
    4人でのマルチプレイを別に収録するよう意識していたみたいですね。
    ポケモンスタジアムシリーズのミニゲームは結構好きです。
    N64で良質な2Dアクションってかなり少ない印象です。
    ヨッシー、カービィも良作とは言えないし。

  3. ほにょ より:

    過去に書いた内容の繰り返しになるかもしれませんが……。
    冒頭にコントローラーの話題が出ましたけど、僕がN64のコントローラーで印象に残っているのは、3Dスティックよりも両側や真ん中の握りの部分なんですね。アナログコントローラー自体はドリームキャストとかで先に体験していたので。あとネオジオポケットで遊んでいたことも大きいと思います。N64そのものに触れたのが、発売されてから相当時間が経った、末期と言ってもいい頃なので。
    コントローラーに話を戻すと、手の小さい子供でも握りやすいようにだと思うんですけど、あのもっちりと手の肌に吸い付くような握り心地は後にも先にもないものだと思います。ウレタンやラバーのような弾力性のある素材を使っているわけでもないのに形状と表面の処理だけであの感触を作っているんだから、只事ではありません。思うところあってすぐにジョイカード64(ハドソン製の互換コントローラー)に替えてしまったんですが、悪い印象はまったくなくて。同じ小さい手に対する考え方でも、ジョイカードは両側の握りを小さくしてるんですね。本来はハドソンのやり方が普通だと思うんです。でもそうしなかったところに、N64というハードの特異性というか、”ゲームの質的転換”というイデオロギーを感じるわけです。このイデオロギーって奴が当時はものすごく重要だった。思想戦だったんです。

  4. ほにょ より:

    だからトークを聴いていて感じたのは、お二人とも想像以上にN64をスーパーファミコンの延長線上に見ているなぁということです。僕は、任天堂は(ROMカセットによるビジネスを守りつつ)SFCとは全く違うことをやろうとしていて、しかもそれが(アメリカを中心に)支持されていくという構図を描いていたように思っていたので。もっとも当時の僕は3DOやNEC-HEのハードを自分のホームだと思っていて、任天堂の動きについて当事者意識が薄かったというのもあります。それよりも、まだ出ないと決まったわけではなかったM2の方を気にかけていたのです。
    そんな僕がN64に興味を持つきっかけになったのはハドソンの存在でした。ある雑誌のインタビューでハドソンの工藤社長が開発リソースの半分をN64に傾けていることを語り、「”本物のゲーム屋”としての任天堂の姿勢に共感する。我々も任天堂のように”本物”でありたい」というようなコメントをしているのを見て、”札幌(ハドソン)が事実上(FX用の)天外魔境Ⅲをキャンセルしてまで作ろうとしているゲームってどんなものだろう”と興味が湧いたんです。
    あと、当時テレ東でやっていた”ゲーム王国”という番組で、ケムコやカルチャーブレーンなどのサードパーティのソフトがよく紹介されていて。同じテレ東に任天堂は自前で番組を持っていましたから(64マリオスタジアム)、ゲーム王国には出てこないんですね。それがN64=任天堂という固定観念を崩したんだと思います。僕がカルチャーブレーンに肩入れするのはこの番組を見ていたからでしょうね。

  5. kentworld より:

    >ほにょさん
    なるほど、N64を触ったのがかなりあとだと
    3Dスティックよりもグリップに目が行くのかもしれませんね。
    グリップを3つ付けた関係でコントローラが大きくなってしまい、
    子供には扱いにくいと良く言われていました。
    だからHORIから発売になった小型のコントローラは良かったですね。
    ジョイカード64も購入しました。
    連射機能で裏技アンロックする事も出来て便利でした。
    そう言えばコントローラの握りも少し変えていましたね。
    触り比べてみると微妙に違っていて、個人的にもジョイカード派でした。

  6. kentworld より:

    >ほにょさん
    N64はウルトラファミコンという名称だったこともありましたからね。
    2D→3Dと変わりましたが、ビジネスモデルとか
    基本的なことはスーパーファミコンの延長線上だと思っていました。
    ハドソンはN64に貢献していましたね。
    開発リソースの半分も傾けていたんですか!
    その割にはあまり売れていなかったので残念ですね・・・
    ゲーム王国はマニアックなゲームが多い印象でした。
    ケムコやカルチャーブレーンがメインなので無理もありませんが。
    でも、当時はチェックしていましたよー。懐かしいですね。

  7. ほにょ より:

    すいません、もう少し続きを書かせてください。
    そういうこともあって……変な話、僕にとってN64というハードは”任天堂のハード”ではなかったんです。僕にとってのファーストパーティーはハドソンでした。だからコントローラーをジョイカード64に替えたんです。別に連射機能が欲しかったわけではなく、コントローラーについているロゴが任天堂のままだと気持ち悪かったんです。64は札幌のハードなのに……(違)。しかもCPUはNEC製なのに……(こっちは合っている)。思えば、僕はドリームキャストを購入するときにも”(グラフィックチップに)PowerVRを積んでいるんだから、これはNECのハードなんだ。PC3DEngineの延長線上にあるものなんだ”と自分を納得させていました。話を戻すと、kentさんのおっしゃる通りジョイカード64は傑作だと思います。握りのコンパクトさもありますけど、何より軽いのが良かったですね。
    で、最初に触ったソフトが”ロボットポンコッツ64 七つの海のカラメル”なんです。このソフトが出ているって時点で、相当後の時期だってわかりますよね。電源を入れてみて、いきなりの割れた音声と荒い画像に面食らいました。それまでCDの音声と秒間60フレームのセルアニメの世界にいたわけですから、無理もないんですが。一度は購入を後悔しましたけど、ゲームを進めて行くうちに”あ、これは今までとはまったく違う文化だぞ”と気が付いたんです。そういう気付きを与えてくれたという意味で、僕にとってこの時期にN64、ネオジオポケット、そしてゲームボーイに触れたことは大きいと思います。”マルチメディア”や”デジタルエンタテイメント”ではない、本当の意味でゲームらしいゲームに触れた瞬間だったと言えるのかも知れません。

  8. ほにょ より:

    ちなみにその工藤社長のインタビュー記事にはハドソンの開発リソースの振り分けを表した円グラフが載っていたんですけど、そのうち半分はN64であると。じゃあ残りの半分はどうなっていたかというとサターンとPC-FX、そしてバーチャルボーイで三等分という、今にしてみればいい加減にもほどがあるものだったのですが、要するにVBの枠はN64以外の任天堂ハードであり、FXの枠はまだ参入が発表されていなかったプレイステーションだったんだろうと思います。でも当時は、これを見て”あ、天外Ⅲはまだ企画が生きてるんだな”と胸をなでおろしたもの。
    でも今にしてみれば、ハドソンにとって90年代というのは没落の時代でした。PCエンジンでオポジションに立ってしまったがために任天堂に頭が上がらなくなり、その後もサターンにしろN64にしろ投資するハードがことごとく逆張り、とどめがメインバンク(北海道拓殖銀行)の破綻と。気が付けば、コナミの傘下に入る前から桃鉄とボンバーマンしか出せない会社になってしまっていた。本来なら日本のマイクロソフトになってないといけない会社なのに。でも僕にとって、この頃のハドソンは特別な存在です。N64について言えば、任天堂からはマリオパーティの他にファミコンウォーズの新作も請け負っていたし、だいぶ前にも書いたようにボンバーマンヒーローは原人シリーズの新作だった。いろいろ出るはずだったんですが、桃太郎シリーズが出ていたらまた違ったかもしれませんよね。特に、後にGBAやPSで出た桃太郎まつりが先行して出ていたらと思います。この第三の桃太郎シリーズはどうぶつの森と並ぶグランド・セフト・オートⅡに対する日本からの痛烈な回答であり、この会社のいい意味での老境を感じさせるものだったからです。

  9. ほにょ より:

    ゲーム王国は、マニアックというよりは下町って感じでしたね。ケムコやカルチャーブレーンだけじゃなく、コナミやアトラス、ジャレコにパックインソフト、あとJ.Wingとか、自前でハードを持たない中小の会社がごちゃっと集まっている感じが。そして先日惜しくも旅立たれた司会の江戸屋猫八(子猫)さんの、まったくゲームに詳しくない感じが良かった。ゲーム好きである前に分別のあるお父さんがいる番組。伊集院さんはやはり深夜だからいいんですよ。
    長々と書いてきましたけど、最後にこれだけは書いておかなくては……。N64が2Dのアクションに弱いというのは、再三になりますけどゆけゆけ!トラブルメーカーズを遊んでから言って欲しい。トークの中にも出てきた、罪と罰やバンガイオーで知られるトレジャーの開発した最初のN64ソフトです。怪力メイドロボのマリナちゃんとねんどろ星のユカイな仲間たちが皆さんを待っておりますです。それにしても、DQⅦをキャンセルする一方でこのソフトを出してきた、当時のエニックスの判断はいろんな意味で凄い。というか、ちょっとおかしい。でも偉い。それだけに。

  10. kentworld より:

    >ほにょさん
    N64の小さなサードパーティ市場についての思い出話、ありがとうございます!
    N64については詳しいので、そういった話もついていきます。
    サードパーティのタイトル数は少なかったけど、
    その分、個性的なタイトルが多く、探ってみると独特な味を楽しめますよね。
    ロボットポンコッツ64は未プレイですが、ちょっとプレイしてみたかったなぁ。
    ジョイカード64をそんな理由で購入したというのも面白いw

  11. kentworld より:

    >ほにょさん
    そんな円グラフがあったんですか!
    そう言えばハドソンってあまりプレイステーションに出しているイメージがありません。
    いや、桃鉄はかなり売れていましたけど。
    >ハドソンにとって90年代というのは没落の時代でした。
    振り返ってみるとそうですね。
    N64にソフト供給していたのは有難い事ですが、
    ヒット作が少なかったのも事実で、どんどん存在感が無くなっていました。
    あとは開発力の低下も顕著でしたね。
    でも、その甲斐あってマリオパーティに携われたのですべてが無駄という訳では無いですね。
    ハドソンは好きなので、参考になりました。

  12. kentworld より:

    >ほにょさん
    下町とは面白い例えですねー。
    子供だった僕からしたらあまり知らないゲームばかりでしたが、
    それでも新鮮に楽しめていました。
    当時は色んなゲーム番組があったけど、それぞれ特色がありましたね。
    ゆけゆけ!トラブルメーカーズは触れると思っていましたw
    これはN64では貴重な良質2Dアクションといわれていますね。
    エニックスから出た唯一のN64ソフト・・・

  13. ほにょ より:

    ハドソンがPSに参入したのは、たぶん1996年か97年ごろなんですよ。エイティング開発の”ブラッディロア”からなので。時代の流れもあると思いますが、この”ブラッディロア”にしろユークスの開発によるN64の”新日本プロレス闘魂炎導”や”ラストレジオンUX”にしろ、ハドソンが自社開発がメインのソフトハウスというよりはエニックスやイマジニアのようなゲーム商社(パブリッシャー)になっていったことで、自らのアイデンティティを急速に失っていった部分はあると思います。
    “ロボットポンコッツ64″はRPGとは言うものの、実態はロボポンの対戦がメインのロボポンスタジアム的なソフトでした。だから本編は短めでサクサク進み、やっぱ低年齢向けなのかなーという感じでしたね。ただロボポンは作品を重ねるにつれ、ロボまるやマーシャルなどの主要なロボポンのグラフィックがオリジナルのものからタモリはタルさんの書くコミック版のそれに変わって行ったので、ロボまるがオリジナルのキャラデザのままで遊べるこの作品は貴重でした。
    “ゲーム王国”を下町と言ったのは、司会の猫八(子猫)さんをはじめ、番組全体の醸し出す空気にいかにもなテレ東の伝統を感じたこともあります。”三波伸介の凸凹大学校”的な。世代的に分かりづらいかな?

  14. kentworld より:

    >ほにょさん
    それだとちょっと遅いですね。
    発売から3~4年目。成熟期に入ってからですから。
    ロボットポンコッツ64はなんとなくそんな気がしていました。
    フル3Dでストーリー物のRPGは当時だと開発費がかかり過ぎてしまいますから、
    余程高い売上が見込めないと難しいでしょうから。
    ゲーム王国の例えは分かりにくかったけど、
    ほにょさんと同年代の方が理解出来るのでしたらそれで良いと思います。

  15. チキ より:

    マリオカート64はテレビCMで初めて存在を知りました。
    昔のゲームのCMはゲームの映像だけだと地味だからかセルアニメを効果的に使っていましたね。
    「今度はワリオを使えるのか!」と感激したのを覚えています。
    本体と同時に購入した思い出深いソフトです。友達の間では僕が最初に買ったので皆、こぞって僕の家に遊びに来たがってたなぁw
    思い出補正が大きいけどゲームのグラフィックであれほど感動したのは後にも先にも無いだろうなぁ。スーファミからいきなり64に飛んだ時のインパクトは大きかったですね。
    今、振り返ってみると色々、粗いところもあったけど当時は気にせず遊んでました。
    マリオサーキットの壁ハイジャンプはマリオスタジアムのショートカット特集に出てきましたねw
    僕はワリオスタジアムの壁を強引に飛び越えて、よくショートカットしてました。
    3〜4人でバトルすると、やられた時に爆弾ミニカーに変身できるのが面白かったです。
    爆弾ミニカー同士がぶつかると爆発せずにパッと消えてしまうのが寂しかったw
    僕はダブルダッシュやマリカWiiを買わなかったから高校生になっても64本体を引っ張り出して兄と一緒にプレイしてましたよ。
    マリオカート64の次に買ったソフトがスーパーマリオ64でした。1ヶ月くらい夢中でプレイしてスターを120個集めましたねぇ。
    日曜日の午前中に3時間くらいブッ通しでプレイした時は親に叱られたなぁw
    星のカービィ64は誕生日プレゼントに買ってもらいました。ピンクを基調としたカラフルなパッケージにワクワクしましたね。
    あまりの面白さに1日でワールド6まで一気に進めてしまいましたよ。
    100%クリアを目指すと結構、探索の歯応えがあって良かったですね。
    僕は特に桜井カービィと非・桜井カービィを意識せずに楽しんでました。SDXとは異なる路線のカービィ2や3も大好きでしたしね。

  16. kentworld より:

    >チキさん
    マリオカート64のTVCMはアニメ調で好きでした。
    あのCMって各コースをダイナミックに再現しているからカッコいいんですよね。
    コントローラ付きでお買い得なのも強調しているので
    あれがきっかけでめちゃくちゃ欲しくなりましたw
    >マリオサーキットの壁ハイジャンプはマリオスタジアムのショートカット特集に出てきましたねw
    あのバグ技を任天堂公認のTV番組で取り上げるのも凄いですねw
    任天堂も開き直ってしまったのでしょうか(^_^;)
    ワリオスタジアムのショートカットは比較的簡単に出来るうえに
    めちゃくちゃ短縮出来るから便利でしたね!
    3周ともやると周回遅れのレーサーが出るからそれを狙ってやってました。
    10年近く経っても兄とN64をプレイって素敵だ!羨ましいなぁ・・・
    マリオカート64だけで物凄い量のコメントをありがとうございます。
    次に買ったのがスーパーマリオ64だったんですね。
    僕とは逆で、受ける印象が少し異なりそう。
    やり過ぎて親に怒られるパターンはしょっちゅうでしたねw
    カービィは誕生日プレゼントでしたかー。時期的に近かったのかな?
    1日で終盤というのも凄い熱中度だ!
    僕はコンプリートまで1週間くらいだったかな。
    このゲームは比較的クリスタル集めが難しかったです。

コメントする

内容をご確認の上、送信してください。

関連記事

カセットに息を吹きかける行為の正式名称は何か?ラブプラスで好きなヒロインは?ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオ~第24回放送分~
迷ったらこれをやろう!kentworldの友達が満点を付けた神ゲーを紹介!(伯爵編)
台湾人が選ぶ神ゲーはこれだ!kentworldの友達が満点を付けた神ゲーを紹介!(黒詩★紅月編)
【特別企画!】最新作発売記念!ブレイブルーシリーズを格闘ゲーマーにレビューしてもらいました!
欲しいゲームが増えた!ゲーム好きの方から色んなゲームを布教されました!
協力プレイの思い出を語ってみた!ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオ~第6回放送分~
祝!ラジオ50回突破!記念に(?)性欲を持て余したゲームを語る!ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオ~第50回放送分~
ニンテンドースイッチを触ってきた!本体・ソフトの感想を続々と書いていくぜ!
制作期間約2ヵ月!?インタビュー記事もあり!友人がけいおん!でお馴染みの豊郷小学校をマインクラフトで作ってみた!
2015年マイベストゲームなどを一足早く大発表!ピコッ!ゲームだらけのM☆G☆Mラジオ~第45回放送分~