どうも!KENT(@kentworld2 )です!
Switch2、値上げされることになりましたよね?
発売当初は49,980円だった日本語・国内専用モデルが、2026年5月25日からは59,980円。
任天堂ハードとしては、かなり高額な価格帯へ突入します。
しかも恐ろしいのが、「値上げ前の時点で、既に高価格帯だった」ということです。
昔の任天堂ハードって、1万円台とか、2万円台が普通でしたからね。
それが今では、5万円、6万円が当たり前。
しかも昔みたいに、「時間が経てば安くなる」という流れも崩れ始めています。
これを見て、
「さすがに高すぎる」
「昔の任天堂じゃ考えられない」
「なんでこんな時代になったの?」
そう感じている方も多いと思います。
ですが、ここで気になるのが、本当に任天堂だけの問題なのか?という点です。
実は、ファミコンからSwitch2まで価格の歴史を追っていくと、「ゲーム機の進化」「世界経済の変化」「ゲーム業界の変質」など、いろんな背景が見えてきます。
値下げできたのは事情があってのことで、値上げするのも深い理由があるのです。
「なぜ昔は値下げできたのに、今は値上げが当たり前になったのか?」
今回はこのテーマについて、任天堂ハード40年以上の歴史を振り返りながら徹底的に語っていきます。
なお、価格は当時の公式表記を基準に紹介しています。時代によって税込・税別表記が異なりますので、その点はご了承ください。
目次
据置型ゲーム機編
ファミリーコンピュータ
まずはすべての始まり。
1983年に発売されたファミリーコンピュータ。通称ファミコンです!
本ハードは日本の家庭用ゲーム市場を築き上げた偉大な存在ですが、発売当時の価格は14,800円。
今見るとかなり安く感じますが、当時としては決して安い買い物ではなく、「ゲーム機を一家に一台置く」という文化自体がまだ存在していませんでした。
そんな中で任天堂は「できるだけ多くの家庭に広める」ことを重視し、かなり戦略的な価格設定を行ったと言われています。
しかも当時の家庭用ゲーム機は、まだ玩具寄りの扱いでした。
長く遊べるものではなかったので、今年は売れたけれども翌年は駄目になる。ということがザラで、商品寿命は短めでした。
ですが、ファミコンは、
- 滑らかなスクロール表現
- 十字キー操作
- カセット交換式
- 豊富なソフト展開
などによって、一気にゲーム文化を変えていきます。
特に凄いのが、価格と性能のバランスです。
今でこそロースペックに感じるファミコンですが、当時としては高性能な部類でした。
8ビットのCPUを搭載し、同時発色数は52色中25色。
キャラクターを複数表示したり、スクロール表現も優れており、同時期のゲーム機と比べてもかなりの性能を持ち合わせています。
にも関わらず、ギリギリまで価格を抑えていた訳です。
しかも発売後は「スーパーマリオブラザーズ」「ドラゴンクエスト」「ゼルダの伝説」など、伝説級のタイトルが次々登場。
結果的に、「ゲームは子どものおもちゃ」というイメージを超えて、社会現象レベルまで広がっていきました。
そんなファミコンですが、値下げ自体はしていません。
ただ1993年12月1日には、廉価モデル「AV仕様ファミリーコンピュータ」。通称「ニューファミコン」が発売されました。
こちらの価格は6,800円と、初代ファミコンと比べて半額以下も安くなっていますが、当時はスーパーファミコン全盛期。
ファミコン市場は末期を迎えていて、部品価格も下がっていたので、小型化や低価格化を実現できました。
それもあって長年入門機として親しまれ、爆発的ではないものの、スーパーファミコン発売後もジワジワと売れていきます。
スーパーファミコン
1990年。任天堂は次世代機「スーパーファミコン」を発売します。
価格は25,000円。ファミリーコンピュータの14,800円と比べると高額になりましたが、その分性能は大幅に進化しています。
CPUは16ビットに。同時発色数もファミコンの52色から一気に増え、最大32,768色中256色を同時表示できるようになりました。
さらに
- 拡大縮小回転機能
- 高品質なサウンド
- 滑らかなスクロール
など、当時としては非常に豪華な表現が可能になります。
同日に発売されたタイトルを見てもそれは明らかです。
「スーパーマリオワールド」では音響の表現や背景の奥行き感を。
「F-ZERO」は拡大縮小回転機能によって擬似的な3D表現を実現して、ファミコンから大幅な進化を遂げます。
それもあって25,000円という価格設定は納得感のあるものでしたが、それでも当時の子どもからすると、決して安くはありませんでした。
そんななか、発売数年後には価格改定や新モデル展開も行われています。
1995年から1996年には一部ソフトにスーパーファミコンが4,000円安くなるクーポン券を封入。
販売効果は限定的でしたが、「スーパーマリオRPG」のTVCMでパックンフラワーが「スーパーファミコンが4,000円安くなるクーポン券付き」とアピールしたことから、伝説を残しました。
1996年8月14日には9,800円まで値下げ。1998年3月27日には小型モデル「スーパーファミコンジュニア」を7,800円で販売します。
発売当時の価格と比較すると、実に半額以下。
これだけ安くできたのは、部品価格が下がっていたことに加え、スーパーファミコン自体が旧式になっていたことも大きかったりします。
当時は既に後継機のN64が発売され、他社からも次世代ゲーム機が続々と発売されていましたからね。
旧式になってしまったスーパーファミコンは延命を図るため、子どもたちも手に取りやすいゲーム機という立ち位置として、2003年頃まで販売を継続しました。
NINTENDO 64
1996年。任天堂は次世代機「NINTENDO 64」を発売します。
当時の価格は25,000円。スーパーファミコン発売時と同じ価格ですが、中身は大きく進化していました。
CPUは64ビットになり、本格的な3Dグラフィックにも対応。立体的なマップ探索や360度の視点移動が可能になり、当時としては未来を感じるようなゲーム体験が可能になります。
代表的なのが、同時発売された「スーパーマリオ64」です。
それまでのマリオは横スクロール型でしたが、本作では広大な3D空間を自由に走り回ることができました。
しかも、「アナログスティック操作」「自由なカメラ視点」「多彩なアクション」など、後の3Dゲームの基礎を築くほどの高い完成度を実現します。
しかし、商業的な面では悪雲が漂っていました。
当時のライバル機であるPlayStationやセガサターンはCD-ROMを採用していましたが、N64はROMカセット路線を継続。
その結果、
- ロード時間が短い
- データ読み込みが高速
という強みを得る一方、
- ソフト容量が少ない
- ソフト価格が高くなりやすい
という課題も抱えていました。
それ故にソフトメーカーからは敬遠されてしまい、任天堂自身もソフト開発に苦戦して、かつてないほどのソフト不足に陥ります。
すると、本体の販売ペースが鈍化。市場の主導権をプレイステーションに握られてしまいます。
任天堂は巻き返しを図るべく、1997年3月14日から本体価格を25,000円から16,800円に。1998年7月1日には14,000円へ値下げ。
それまでのゲーム機とは違い、発売から2年程度で1万円以上も値段を下げるという異例の対応を見せます。
これはPlayStationの圧倒的な普及ペースや、ゲーム業界全体の価格競争激化が大きく影響しています。
当時はいろんな会社がゲーム業界に参入を果たし、市場規模が急速に膨らんでいました。
そんな中でN64はソフト不足によって存在感が薄れてしまい、厳しい状況に立たされましたが、ハード中期から後期にはヒット作を立て続けに発売します。
ゼルダの伝説 時のオカリナ、マリオパーティ、大乱闘スマッシュブラザーズ、どうぶつの森などなど。
後の任天堂を支える人気シリーズを生み出したので、大きなターニングポイントにもなりました。
それでも日本国内では最後まで苦戦したゲーム機といった印象ですが、本ハードによって生まれたシリーズも多く、新時代を築き上げました。
ニンテンドーゲームキューブ
2001年。任天堂はN64の後継機「ニンテンドーゲームキューブ」を発売します。
当時の価格は25,000円。スーパーファミコンやN64と同等の価格帯を実現しますが、性能はさらなる進化を遂げました。
まず大きかったのが、光ディスクメディアへの移行です。
N64ではROMカセット路線を継続していましたが、ゲームキューブではついに光ディスクを採用。
これによって、
- 大容量化
- ソフト製造コスト低下
- ムービー表現の強化
など、時代に合わせた進化を遂げました。
しかも性能面でもかなり高く、
- 滑らかな3D表現
- 高品質なライティング
- 安定したフレームレート
などを実現。
「ルイージマンション」では光と影の表現を。「ピクミン」では群れの表現を。
「ゼルダの伝説 風のタクト」ではトゥーンレンダリングによるアニメ調のグラフィックを採用するなど、3D表現の幅が大きく増しました。
しかし、商業的な面ではN64に続いて苦戦を強いられます。
本体は思うように普及せず、ソフトラインナップもN64よりは改善されましたが、同世代のPS2に大きく水をあけられてしまいます。
そんな中、任天堂は早い段階から価格改定を実施。
2002年6月3日から25,000円から19,800円へ値下げ。
さらに2003年6月21日にはお値段据え置きで「ゲームボーイプレイヤー」を同梱した「エンジョイプラスパック」を発売。
たった20,000円弱でゲームキューブソフトに加え、ゲームボーイアドバンスのソフトをTVで遊べるという破格のセットを展開します。
そして同年10月17日には本体価格を14,000円へ値下げ。N64と同じく発売から2年程度で1万円以上も安く展開しましたが、大きな巻き返しになりませんでした。
このように苦しい立ち位置だったゲームキューブですが、子どもたちの間では一定の人気を博し、「大乱闘スマッシュブラザーズDX」「どうぶつの森+」「メトロイドプライム」「ペーパーマリオRPG」など、数多くの名作が発売されました。
本体の仕様も好評で、今もなお根強い人気があります。
ですのでN64同様、商業的には成功とは言えないけど、一定の成果をあげたゲーム機と言えそうです。
Wii
2006年。任天堂は次世代据置型ゲーム機「Wii」を発売します。
当時の価格は25,000円。ゲームキューブと同価格帯ですが、価格に対する印象が大きく異なりました。
というのも、当時のゲーム機は販売価格がどんどん上がっていて、高性能ゲーム機は4万円台〜5万円台へ突入していたからです。
そんな中でWiiの25,000円は相対的に安く見えたので、各地で「安い!」という声が相次ぎます。
その一方でゲーム機としての方向性は大きく変化。
性能はゲームキューブからさほど上がっておらず、代わりに”新しい遊び”を重視していきます。
最大の特徴は、「Wiiリモコン」というコントローラー。
モーションセンサーやポインティング機能を搭載することで直感的な操作を実現します。
特に「Wii Sports」のインパクトは絶大で、それまでゲームに触れてこなかった層にも「体を動かして遊べるゲーム」として大ヒットしました。
それもあってWiiはゲームキューブ、N64と比べても爆発的な売上を記録。
価格も安いことから長期間25,000円を維持していましたが、3年後の2009年10月1日には25,000円から20,000円へ値下げ。
それまでの任天堂ハードと比べると、比較的ゆっくりした値下げペースでした。
後期になると売上が急失速するなど、課題が全く無かった訳ではありませんが、ゲーム人口の拡大に貢献した偉大なゲーム機といった印象で、最終的には全世界で1億台を超える大ヒットを記録します。
これは任天堂ハードとしても歴代トップクラスの数字で、ファミコンやゲームボーイに匹敵するほどの社会現象となりました。
Wii U
2012年。任天堂はWiiの後継機「Wii U」を発売します。
当時の価格は、内蔵フラッシュメモリが8GBの「ベーシックセット」が26,250円。
内蔵フラッシュメモリが32GBで、本体縦置きスタンドを同梱した「プレミアムセット」が31,500円。
過去のゲーム機と比べたら若干の値上がりとなり、25,000円の壁を超えました。
それでもさほど高いという印象はなく、
- Wiiから性能が大幅に上がっている
- 任天堂初のHDゲーム機である
- タブレット型のコントローラが同梱
されていたことから「次世代機としては比較的安い」といった感じでしたが、Wii Uには大きな課題がありました。
それは、Wiiと何が違うのか分かりにくかったことです。
Wii Uの特徴として、コントローラーがタブレット型であることがあります。
コントローラーに液晶画面が搭載されているので、TV画面とは違った映像を映して遊べたり、本体の近くであれば携帯型ゲーム機のように遊ぶこともできました。
ですが、見た目がWii周辺機器っぽかったこともあり、
と勘違いされるケースも少なくありませんでした。
ソフト面で差別化を図れたら良かったんですが、当時の任天堂はHDゲームの開発に慣れておらず、発売初期はWiiソフトの延長線上のようなタイトルが目立ちます。
その結果、Wiiからの買い替えが進まず、本体の売上は大失速。
これで値下げが出来たら良かったのですが、「GamePad」のコストが高いこともあって、これまでとは違って値下げは行いませんでした。
その一方で同梱パッケージは積極的に展開。
特に「Wii U すぐに遊べるファミリープレミアムセット」は
- New スーパーマリオブラザーズ U
- Wii Party U(ダウンロード版)
- Wiiリモコンプラス(shiro/kuro)
- センサーバー
- Wii U GamePad 水平スタンド
- 「WiiカラオケU」30日間歌い放題チケット付き
を同梱しながらも、希望小売価格は32,800円と、「プレミアムセット」からたったの1,000円ちょっとの上乗せで留めます。
しかし、当時は「スマートフォンゲーム市場の拡大」「PS4やXbox Oneの発売」と、ゲーム市場全体が大きく変化していた時期でもありました。
任天堂ハードにしても当時は3DSに人気が集まっていたこともあり、Wii Uは良いポジションを見つけられず、これまで以上に厳しい販売状況へ陥ります。
ですが、後期には「マリオカート8」「スプラトゥーン」「スーパーマリオメーカー」など、人気タイトルを続々と投入していきます。
特に「スプラトゥーン」は大きな転機でした。新規IPでありながら爆発的な人気を獲得し、後のSwitch時代を支える超人気シリーズへ成長します。
それでも最終的な販売台数はWiiを大きく下回ってしまいましたが、一概に失敗とは言えず、近年の任天堂を語るうえでは絶対に欠かせないゲーム機です。
Nintendo Switch
2017年。任天堂はWii Uの後継機「Nintendo Switch」を発売します。
当時の価格は29,980円。税込みにすると32,978円と、3万円を超えました。
そのうえマシンパワーが据え置き型ゲーム機としてはそこまで高いわけではなかったので、一部の投資家からは「高い!」という声もありました。
ですが、Nintendo Switchは、据え置き型ゲーム機と携帯型ゲーム機を融合した、まったく新しいコンセプトのハードです。
本体をTVへ接続すれば据置機として遊べる一方で、取り外せばそのまま携帯機として持ち運べる。
しかもコントローラーの「Joy-Con」は着脱式。おすそわけプレイにも対応していたので、1台で様々な遊び方が可能でした。
さらにソフトラインナップも豊富で、本体と同日には「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」が発売。
日本はもちろん、世界中で高く評価され、「ゼルダの伝説」や任天堂の復活を象徴とするタイトルとして歴史に名を刻みました。
それもあってNintendo Switchは発売直後から大ヒット。
Wii Uの失敗を吹き飛ばすほどの勢いを見せ、「スプラトゥーン2」の発売以降は品薄状態が長期間続きました。
そんなSwitchですが、発売からしばらくは価格改定をほとんど行いませんでした。
むしろ新モデルを発売することで価格の上限を引き上げていきます。
2019年9月20日に発売された携帯専用モデル「Nintendo Switch Lite」こそ21,980円でしたが、
2021年10月8日に発売された有機ELモデルは37,980円と、通常モデルから5,000円の上昇となりました。
それまでの任天堂ハードと比べて高価な印象ですが、画面の大型化や有機ELディスプレイの搭載。
Switchの強力なソフトラインナップが後押しとなり、爆発的な売上を記録しました。
そのため無理に価格を下げる必要性がなく、長期に渡って価格改定を行いませんでしたが、これにはもう1つ大きな理由があります。
それは、半導体不足や円安など、市場環境の変化です。
2020年前後から世界的に半導体不足が深刻化し、ゲーム業界全体へ大きな影響を与えました。
特にSwitchは、「CPU」「メモリ」「液晶部品」など、多くの半導体を使用しています。
そのため部品価格が上昇すると、本体の製造コストも大きく増えてしまいました。
さらに追い打ちをかけたのが円安です。任天堂ハードは世界中で販売されているので、「ドル」「ユーロ」「各国通貨」との価格バランスも重要になります。
ですが、2020年代からは急速な円安が進行。その結果、日本だけ価格を据え置くと、海外との価格差がどんどん広がっていきました。
実際、PlayStation 5は世界的なコスト上昇を受けて段階的な値上げを実施。
Xboxも価格改定を行うなど、ゲーム業界全体が厳しい局面へ入っていきます。
そんな中、任天堂は長期間Switchの価格を維持し続けましたが、2026年5月25日。ついにSwitchも値上げすることになり、通常モデルが32,978円から43,980円に。
有機ELモデルが37,980円から47,980円に。Switch Liteが21,978円から29,980円に値上げするという、異例の事態となります。
そして後継機のSwitch2も同じように値上げする訳ですが、その前に任天堂ハードの「携帯型ゲーム機」の歴史を語っていきます。
携帯型ゲーム機編
ゲームボーイ
時は遡ること1989年。任天堂は携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」を発売します。
価格は12,500円。6年前に発売された「ファミリーコンピュータ」よりもやや安めの価格で発売されました。
しかもゲームボーイは、持ち運べるゲーム機。カセットを取り替えることで別のソフトを遊ぶこともできるので、当時としてはかなり衝撃的でした。
ですが、このゲームボーイ。スペック面ではかなり割り切ったハードだったりします。
画面はモノクロで、白黒の4階調表示。液晶も残像が強いもので、カラー液晶を搭載していた他社ハードと比べて地味なものでした。
なぜ性能を抑えたのか?それは、携帯型ゲーム機としての遊びやすさを重視したからです。
その結果、
- 電池の持ちが良い
- 価格を抑えられる
という大きな強みが生まれました。
そしてゲームボーイ最大の武器となったのが、ソフトの力です。
「テトリス」「ポケットモンスター 赤・緑」などの超大ヒットによって、ゲームボーイは世界的ブームになります。
特に「ポケモン」のヒットは強烈で、「スーパーマリオブラザーズ」のような社会現象になるほどの盛り上がりを見せました。
そんな「ゲームボーイ」ですが、新モデルの発売や価格変更を頻繁に行っていたりもします。
1993年6月6日には12,500円から9,800円に値下げ。翌年1994年5月1日には8,000円に値段を下げました。
さらに「スーパーゲームボーイ」「ゲームボーイポケット」「ゲームボーイライト」「ゲームボーイカラー」と新モデルを続々と発売。
特に「ゲームボーイポケット」の価格は6,800円と非常に安価でした。
しかも発売2年後の1998年2月14日には5,800円に。同年11月14日には3,800円にまで値段を下げ、携帯型ゲーム機の入門機として親しまれます。
安くできた要因としては、本体小型化に、部品コスト低下、モノクロ継続など沢山ありますが、任天堂の企業努力を感じる価格設定ですね。
ゲームボーイアドバンス
2001年。任天堂は次世代携帯型ゲーム機「ゲームボーイアドバンス」を発売します。
当時の価格は9,800円で、戦略的な価格設定でした。
というのも、ゲームボーイアドバンスは名前こそゲームボーイですが、中身はほぼ別物レベルに進化していたからです。
CPUは32ビット化。さらに画面は横長になり、表示性能も大幅に向上しました。
特に「スーパーマリオアドバンス」「F-ZERO FOR GAMEBOY ADVANCE」「黄金の太陽」などを見ると分かりやすいんですが、「携帯機なのにスーパーファミコン級」と言われるほど表現力が高く感じました。
しかも凄いのが、ゲームボーイ・ゲームボーイカラーとの互換性も維持していたことです。
これによってゲームボーイアドバンスは
- 過去ソフトも遊べる
- 性能は大幅進化
- 価格は1万円以下
という、かなりコストパフォーマンスの高いゲーム機でした。
それもあって発売直後から爆発的な売上を記録。同時期に苦戦していた据え置き型ゲーム機事業を支えます。
ただ、ゲームボーイアドバンスの初期モデルには弱点もありました。
それが、画面の暗さです。当時はバックライト非搭載。そのため室内だと画面が見づらく、「光がないと遊びにくい」と言われることもありました。
そんな状況を打破すべく、任天堂は2003年2月14日には小型モデル「ゲームボーイアドバンスSP」を12,500円で発売。
折りたたみ式デザインを採用し、さらにフロントライトを搭載したことで、視認性が大きく向上しました。
しかも充電式バッテリーを採用したことで、「乾電池を大量に消費する」という携帯ゲーム機特有の問題も改善しています。
この「ゲームボーイアドバンスSP」は非常に人気が高く、後に価格改定も実施。2004年9月16日には9,800円へ値下げされました。
2005年9月13日には「ゲームボーイミクロ」を12,000円で発売。
こちらは極限まで小型化されたモデルで、
- 高精細な液晶
- コンパクトサイズ
- 高級感あるデザイン
など、従来とは違う方向性で話題を集めました。
このようにゲームボーイアドバンスシリーズは完成度・満足度ともに非常に高い携帯ゲーム機でしたが、その一方で現役時代は比較的短めだったりします。
というのも、2000年代に入ると携帯型デバイスの技術進化が急激に加速していったからです。
携帯電話の進化に、液晶技術の向上、3Dグラフィックの普及。
ハードウェア全体の進歩が非常に速くなっていたので、5年後にはスッカリ旧式になってしまいました。
ニンテンドーDS
そんな中、任天堂は2004年12月2日に、ニンテンドーDSを発売します。
価格は15,000円。ゲームボーイアドバンスシリーズより値上がりしましたが、当時としてはかなりインパクトのある価格帯でした。
というのも、ニンテンドーDSは
- タッチパネル搭載
- 2画面デバイス
- ワイヤレス通信
- 本格的な3Dグラフィックの対応
- GBAソフトとの下位互換機能
など、いろんな機能が搭載されていたことに加え、性能もGBAから一世代引き上がったからです。
そんなDS最大の特徴が、「2画面」と「タッチスクリーン」です。
これによって、
- 画面を直接触る
- 文字を書く
- 直感的に操作する
といった、従来とはまったく違う遊び方を実現しました。
特に「脳を鍛える大人のDSトレーニング」「nintendogs」を始めとするタッチジェネレーションズは「ゲームを普段遊ばない層」にまで大ヒット。
GBAをさらに上回るペースで売れ続け、社会現象と言えるほどの広がりを見せます。
その一方で販売価格はこれまでとは違った推移を見せました。
通常モデルこそは15,000円を維持していましたが、2006年3月2日には、小型軽量化された「ニンテンドーDS Lite」を16,800円で発売。
さらに2008年11月1日にはカメラ機能などを追加した「ニンテンドーDSi」を18,900円で。
2009年11月21日には大型モデル「ニンテンドーDSi LL」を20,000円で発売。
15,000円 → 16,800円 → 18,900円 → 20,000円と、性能や機能追加に合わせて段階的に上昇していきました。
ただし、2010年6月19日にはDS Liteを16,800円のメーカー希望小売価格を廃止し、オープン価格へ移行。
DSiを18,900円から15,000円に。DSi LLを20,000円から18,000円に引き下げています。
それでも最初から最後まで15,000円を下回ることはなく、携帯型ゲーム機としては比較的高価格帯を維持したシリーズだったと言えます。
ニンテンドー3DS
2011年2月26日。任天堂はニンテンドーDSの後継機「ニンテンドー3DS」を発売します。
価格は25,000円。これは当時の携帯型ゲーム機としてはかなり高額でしたが、その理由はハッキリしていました。
それは、裸眼立体視の搭載です。当時は専用メガネを装着して3D映像を楽しむのが普通だったんですが、3DSは裸眼で立体的な映像を楽しむことができました。
さらに性能面でも大幅進化。
グラフィックはDS世代から大きく向上し、
- 立体的な3D空間表現
- 高品質なライティング
- 複雑な3Dモデル描写
などが可能になります。
特に「パイロットウイングス リゾート」「スーパーマリオ 3Dランド」辺りは3D映像とゲーム性がピッタリハマっていて、新しい価値を提供しました。
ほかにも
- ジャイロセンサー
- モーションセンサー
- すれちがい通信
- AR機能の搭載
- DSの下位互換機能
などいろんな機能を搭載していましたが、ユーザーに魅力をうまく伝えることができず、「25,000円は高い」という声が目立ちました。
さらに発売直後には東日本大震災が発生。日本中が自粛ムードに包まれてしまい、キラータイトルの不足と合わさって、3DSの売上は失速してしまいます。
すると任天堂は、異例とも言える大幅値下げへ踏み切ります。
発売からわずか半年後の2011年8月11日。本体価格を25,000円から15,000円へ1万円も値下げをして、それ以前に購入したユーザーには
- ファミコンソフト
- ゲームボーイアドバンスソフト
を配信する「アンバサダー・プログラム」を実施。
これは任天堂ハード史上でもかなり衝撃的な価格改定でした。
値下げするのが早すぎますし、前世代機のDSi(当時16,800円)よりも安い価格帯ですからね。
正直かなり強引な値下げでしたが、その甲斐あって3DSの普及は加速。
ソフトも「マリオカート7」「モンスターハンター4」「とびだせ どうぶつの森」「ポケットモンスター X・Y」「妖怪ウォッチ」など、キラータイトルを立て続けに展開しました。
しかし、無理な値下げを行ったことで任天堂の業績が悪化。
2011年度の決算では上場以来、初の赤字を計上してしまい、厳しい状況に立たされます。
そんな中、任天堂は改良モデルを積極的に展開。
2012年7月28日には大型モデル「ニンテンドー3DS LL」を18,900円で発売。
さらに2014年10月11日には、「Newニンテンドー3DS」「Newニンテンドー3DS LL」を16,000円~18,800円で発売。
CPU性能向上に加え、
- Cスティック追加
- ZL/ZRボタン追加
- 3Dブレ防止機能
など、細かな改良が施されます。
ただし初期の3DSとは違い、「ACアダプター」や「充電台」が同梱されなくなるなど、コストダウンの跡も伺えました。
当時の任天堂は厳しい状況で、3期連続で赤字を計上していたので、本体は安く売りたいけど、利益率も確保したい。
3DSの歴史を見ていると、そんな思惑を感じ取ることができます。
Nintendo Switch 2
そして2025年。任天堂はNintendo Switchの後継機「Nintendo Switch 2」を発売します。
当時の価格は日本語・国内専用モデルが49,980円と、ついに任天堂ハードも5万円クラスへ突入しました。
これは過去の任天堂ハードと比べてもかなり高額です。
実際、
- ファミコン → 14,800円
- スーパーファミコン → 25,000円
- Nintendo Switch → 32,978円
と推移してきたことを考えると、一気に価格が跳ね上がった印象があります。
ですが、2025年といえば、世界的な物価上昇が深刻化していた時代です。
特にゲーム業界では、
- 半導体価格の高騰
- メモリ価格の上昇
- 円安
- 物流コスト増加
- エネルギー価格高騰
など、ゲーム機を製造するためのコストが大きく上昇していました。
そのためゲーム業界全体で価格改定が多発して、当初から倍近い価格帯になったハードも存在します。
そんな中でSwitch2の49,980円という価格はむしろ「安い!」という声が目立ちました。
Switchから性能が大幅に上がっていますし、Switchソフトとの下位互換機能も搭載していますからね。
実際、任天堂としてもかなり無理をした価格設定で、多言語版が69,980円なのに対し、日本語・国内専用モデルが49,980円と、単純計算で2万円も安く販売していました。
それもあって発売直後から爆発的な売上を記録。任天堂史上最速のスタートを切りました。
しかし、2026年5月25日。Switch2は発売から約1年で、日本語・国内専用モデルを49,980円から59,980円へ値上げすることになります。
これについて古川社長は、単一の理由ではなく、市場環境全体の変化を踏まえた判断だと説明しています。
単純にコスト上昇が一時的なら、価格を維持する選択肢もあったようですが、
- メモリ価格の高騰
- 為替
- 石油価格
などの影響が中長期化すると判断したようです。
これまでの任天堂ハードは、「時間が経てば安くなる」という流れが一般的でした。
ですが、市場環境の変化によって、その常識が通用しなくなっています。
Switch2の値上げは、そんな時代の流れを象徴する出来事に感じます。
全体のまとめ
ここまで任天堂ハードの価格の歴史を振り返っていきました。
こうして見ると、時代ごとに考え方が大きく変化していることが分かりますね。
ファミコンやゲームボーイ時代は、「いかに安く広めるか?」が重要視されていました。
そのため時間が経つと、「小型化」「部品コスト低下」「廉価版展開」によって、どんどん値下げされていきました。
一方で近年は、「半導体価格高騰」「円安」「インフレ」「開発費増加」など、ゲーム業界全体を取り巻く環境が大きく変化しています。
その結果、Switch2のように“値下げどころか値上げ”という、かつては考えにくかった時代へ突入しました。
ただその一方で、任天堂は
- 新しい遊び
- 独占タイトル
- 遊びやすさ
- 携帯性
など、「価格以上の価値」を提供し続けています。
実際、どの時代の任天堂ハードにも「高いけど欲しい!」と思わせる魅力がありましたからね。
だからこそ今後も、「ゲーム機の価格がどう変化していくのか?」だけではなく、「任天堂がどんな価値を提供していくのか?」にも注目していきたいところです。
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