どうも!KENT(@kentworld2 )です!
今回はWiiの歴史を振り返っていきます。
同ハードは国内だけで1,000万台以上を売り上げた大ヒットゲーム機です。
発売されたソフトも人気が高く、本体と同日に発売された「Wii Sports」はもちろん、「スーパーマリオ ギャラクシー」「星のカービィWii」「ゼノブレイド」など、後に語り継がれるほどの名作を生み出してきました。
そんなWiiですが、ぼくとしては大ヒットしたゲーム機と一言で片付けることはできません。
大ヒットの後には大きな反動がありましたし、ぼく自身も複雑な気持ちを持っていました。
ここまでの話を聞かれた方の中には
と思われるかもしれませんね。
確かに良いゲーム機だと思いますし、任天堂としても大きな転換期だったと思うんですが、成功の裏には代償もあったんですね。
ここからはWiiがどんな生涯を歩んだのか西暦順に振り返っていきますので、ぜひ、最後までご覧になってください。
目次
Wiiとは?
Wiiとは、ゲームキューブに続く任天堂の5代目となる据え置き機で、2006年12月2日に発売されました。
最大の特徴となるのが、リモコン型のコントローラです。
従来のコントローラは両手で握るスタイルを採用しており、沢山のボタンが付いていました。
一方、Wiiのコントローラは片手で握るスタイルを採用しており、ボタンの数も少なめとなっています。
それを補うのが、新たに搭載されたモーション機能やポインティング機能です。
Wiiリモコンをテニスのラケットや剣に見立てて振ったり、拳銃や弓矢に見立てて画面の一点を狙ったり。
従来のゲーム機ではボタンやスティックを使って行っていたことをWiiではリモコンを振るだけで行えるようになりました。
発売時の価格は25,000円。
スーパーファミコン、N64、ゲームキューブと同等の価格帯で、同時期に発売されたPS3やXbox 360よりも一回り安く販売します。
反面、ゲーム機の性能は前世代機のゲームキューブからさほど向上しておらず、同時期に発売されたPS3やXbox 360と比べて一世代遅れを取ってしまいました。
ゲーム機の性能を重視せず、新しい体験で勝負する。
Wiiはそんなゲーム機でした。
ここからはWiiの歴史を西暦順に語っていきます。
2005年
初公開
Wiiが初めて発表されたのは2005年のE3。
当初はコントローラの発表を行うことはなく、コードネームがレボリューションであること。
本体の大きさがDVDケースを3つ重ねたくらいになること。
過去の作品をダウンロードして遊べることなどが明かされました。
この中でも特に注目が集まったのが、過去の作品をダウンロードして遊べるサービスです。
同サービスはバーチャルコンソールと名付けられ、20年におよぶ任天堂の作品がすべてプレイ可能になるとアナウンスされました。
実際にはすべてプレイ可能になることはありませんでしたが、ファミリーコンピュータで発売された「スーパーマリオブラザーズ」。
スーパーファミコンで発売された「スーパーマリオワールド」。
N64で発売された「スーパーマリオ64」など、Wiiさえあれば数多くの名作をダウンロードして遊べるようになりました。
ぼく自身もバーチャルコンソールの存在を知った時は興奮していたのをよく覚えています。
それまでは複数のゲーム機とソフトが必要だったものが、これからはDVDケース3枚ほどのゲーム機に収めることができる。
この時点でぼくはWiiに大きな可能性を感じていましたし、周りのゲーム好きも好意的に受け止めていました。
しかし、任天堂はこのあと、ゲーム好きの間で物議を醸す発表を続々と行います。
コントローラの発表で物議を醸す!?
2005年9月。
東京ゲームショウ2005の基調講演にてWiiのコントローラが発表されましたが、あまりの異質さに物議を醸します。
当時の時点でゲーム機のコントローラはほぼ完全に確立されていて、右側には4つのボタンとスティック。左側にはスティックや十字キー。
中央にはスタートやセレクトボタン。上部には2つから4つのトリガーボタン。
下部には2つのグリップを搭載するのが常識となっており、どこのゲーム機もコントローラの形状は似通っていました。
対してWiiのコントローラはリモコン型の形状を採用。
ボタンはほとんど搭載されておらず、リモコンを振ったり、画面にポインティングする操作が基本であることが発表されます。
一応、拡張コネクタにヌンチャクのようなコントローラを差し込むことで両手で遊ぶことはできると発表されましたが、ゲームファンの間では物議を醸しました。
これでゲームするのは辛そうだ。
…何考えてんだ任天堂。特定ゲーム専用とかなら分かるけど、これが標準コントローラーだろ・・・
厳しいな・・・色々と言われとるが、俺はめちゃくちゃ楽しみだな
一つのコントローラーで色々な使い方が出来るってのはすごいわそれでも結局はPS3の一人勝ちになっちまうんだろうが・・・
などなど、良くも悪くも大きな話題となりました。
そして、任天堂はさらなる爆弾を投下します。
2006年
正式名称の発表で物議を醸す
2006年4月。
ついに正式名称が明かされます。
それまではコードネーム・レボリューションとアナウンスされていましたが、正式名称がWiiであることが発表されました。
が、あまりにもシンプル過ぎる名称にまたしても物議を醸します。
レボリューションの方が断然いいと思うのだが…
買おうと思ってたんだけど、名称で購入意識がかなり後退・・・
レボリューションよりは良いと思ったのは俺だけか?
などなど、従来のゲーム機とは一線を画する名称に拒否反応を示すゲームファンが多く見受けられました。
スペックの発表で物議を醸す
それから1ヶ月後の2006年5月。
E3 2006プレスカンファレンスにてWiiソフトの映像が初公開されます。
球体マップが舞台の「スーパーマリオ ギャラクシー」
Wiiリモコンのモーション機能を使って遊ぶ「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」
様々なスポーツを体感できる「Wii Sports」などなど。
どのタイトルもWiiリモコンの体感操作を活かした意欲的な内容ですが、映像美の進化は控えめでした。
強いて言えばワイド画面に対応していることくらい。
パッと見は前世代機となるゲームキューブソフトと大差なく、同時期に発表されたPS3やXbox 360と比べたら劣っていました。
従来のゲーム機は世代が変わると表現面がグンとパワーアップするのが通例だったので、またしても物議を醸します。
次世代機なのに映像の進化がなさすぎる!
スペック競争に終止符を打つなんて素晴らしい!
こんな感じで否定派と肯定派のまっ2つに分かれました。
なぜ、任天堂はこのようなゲーム機を発売することにしたのでしょうか?
そこにはゲームキューブからの反省がありました。
2001年に発売されたゲームキューブは性能的にも優れたマシンでしたが、前世代機のN64からは売上を落としてしまいます。
また、ゲーム内容の複雑化によってついていけるユーザーが限られてしまい、ゲーム離れが加速してしまいます。
こうした流れを打破すべく生まれたのがWiiです。
Wiiは
- 年齢、性別、経験を問わず、全員が同じスタートラインで遊べる
- お母さんを敵に回さない
- リビングにあっても邪魔にならない
などなど、従来のゲーム機で抱えていた問題を1つ1つ向き合った結果、生まれました。
当時、社長だった岩田聡はWiiについてこう話しています。
わたし自身は、なによりも、従来の延長線上こそが恐怖だと思ったんです。
いまのまま進めば、どんどん力だけの戦いになっていって、ついていけるお客さんの数もどんどん少なくなっていく。
だから、そっちじゃない道に舵を切るということだけは、もう、はっきりとしていたんです。
そう!任天堂はWiiで、スペック競争に終止符を打つことにしたんです。
まさかのロケットスタート!
2006年12月2日。
ついにWiiが発売されました。
ゲームキューブから大きなイメージチェンジを図ったことで懸念点も多く見られましたが、まさかの大ヒットを記録します。
発売2日間の国内売上は約37万台。
前世代機となるゲームキューブの3倍近い出足となり、同時期に発表されたPS3やXbox 360の累計売上を一瞬で超えていきます。
なぜ、Wiiはここまでのロケットスタートを切れたのでしょうか?
その背景にはニンテンドーDSの記録的な大成功がありました。
ニンテンドーDSは2004年12月に発売された携帯型ゲーム機で、2画面やタッチスクリーンの搭載などが特徴となっています。
発売当初こそはそれなりの人気に留まっていましたが、半年後に発売された「脳を鍛える大人のDSトレーニング」をきっかけに人気が加速。
おいでよどうぶつの森、マリオカートDS、New スーパーマリオブラザーズ、ポケットモンスター ダイヤモンド・パール
などなど、次から次へとメガヒット作が誕生します。
その結果、ニンテンドーDS自体が社会現象となり、子供はもちろん、大人にも親しまれるゲーム機として人気を博しました。
WiiはそんなニンテンドーDSの購買層をターゲットにした広告展開を行ないます。
白を基調とした爽やかな雰囲気、リモコンを振って遊ぶお手軽感、わかりやすいTVCM etc…
あまりゲームを遊ばないような方でも手にとってもらえるような広告展開を行なった結果、ロケットスタートを切ることに成功します。
ゲームソフトの売上も好調で、本体と同日に発売された「Wii Sports」は国内だけで350万本以上の大ヒットを記録。
海外に至っては本体に同梱されていたこともあって8,290万本という前代未聞の売上を打ち立てました。
「Wii Sports」は体感型のスポーツゲームで、
- テニス
- ゴルフ
- 野球
- ボーリング
- ボクシング
といった5種目を収録しています。
大ヒットした要因となるのが、直感的に遊べることです。
Wiiリモコンを振るだけでほとんどの操作を行えるうえ、ボールを跳ね返す時には効果音がリモコンのスピーカーから聴こえてくるので、スポーツの爽快感を気軽に体験することができました。
また、最大4人での対戦を行うこともできるので、家族や友達と一緒に遊ぶゲームとしても最適だったりします。
その際には人数分のWiiリモコンが必要になりますが、任天堂はそんな人のために「はじめてのWiiパック」というパッケージを発売します。
同作はWiiリモコンとゲームソフトの「はじめてのWii」をセットにしたパッケージです。
「はじめてのWii」自体は9種類のミニゲームを収録したシンプルな内容ですが、価格は約4,800円。
Wiiリモコン単品の価格が約3,800円であることを考慮に入れると非常にお買い得なパッケージになるので、国内だけで250万本以上の大ヒットを記録しました。
Wii Sports、はじめてのWii。
このようにWiiは本体・ソフトともに好調な売上を記録していましたが、一方では懸念点も見受けられました。
それは、ゲームファンをメインターゲットに据えたタイトルの売上がいま一歩であることです。
実は「Wii Sports」と同日には「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」が発売されました。
同品は任天堂スタッフが総力を上げて作り上げたアクションアドベンチャーゲームで、開発に3年弱。
携わったスタッフは実に100人以上という超大作です。
内容の方も全世界で大絶賛された「時のオカリナ」の流れを汲んだファン待望の新作だったんですが、国内での初週売上は約14万本。
累計売上は約60万本に留まってしまい、「時のオカリナ」(累計145万本)はもちろん、ゲームキューブで発売された「風のタクト」(累計74万本)を下回ってしまいます。
しかし、海外での売上は「時のオカリナ」を上回っていたので、当時は国内でのゼルダ人気が下火であることが主な要因だと思われていました。
2007年
爆発的に増える販売台数
年が明けて2007年。
Wiiの販売台数は順調に推移します。
100万台を突破したのかと思ったら200万台を突破。
200万台から300万台もあっという間に超えていき、発売から1年が経つ頃にはゲームキューブの国内累計売上402万台を超えてきました。
任天堂はそんなWiiの販売をさらに伸ばすべく、2007年末からキラータイトルを続々と供給します。
先陣を切ったのが「スーパーマリオ ギャラクシー」です。
同作は「スーパーマリオ」シリーズの最新作で、宇宙にある様々な星が舞台となっています。
操作はWiiリモコンとヌンチャクを組み合わせた物となっていて、モーション機能やポインティング機能をフルに活かしています。
国内での累計売上こそは約102万本と「Wii Sports」などの後塵を拝していましたが、ユーザー評価は非常に高く、Wiiの代表作の1つとなりました。
続いて発売されたのが「Wii Fit」です。
同作は健康を管理するゲームソフトで、同梱されている「バランスWiiボード」で体重を測ったり、様々なトレーニングを楽しむことができます。
当初は箱の大きさから慎重に発注をしているお店も目立っていましたが、自宅で本格的な運動が楽しめることから瞬く間に売り切れ店が続出。
あの「Wii Sports」に匹敵するほどのペースで売れ続け、国内での累計売上は350万台。
全世界累計に至っては2,267万台となり、世界一売れた体重計としてギネス認定されました。
2008年
人気シリーズの最新作が立て続けにヒット!
年が明けて2008年。
任天堂はさらなるビッグタイトルを続々と供給します。
まず発売されたのが「大乱闘スマッシュブラザーズX」。
同作はゲームキューブで最も売れた「大乱闘スマッシュブラザーズDX」に続く新作で、相手を場外にふっ飛ばして勝敗を競うルールを採用しています。
元々は任天堂キャラが集うお祭り感をアピールしていましたが、今作では他社キャラが参戦。
「メタルギアソリッド」のスネークや「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」のソニックがマリオたちと混ざって乱闘を繰り広げることができました。
また、シリーズ待望となるオンライン対戦機能も搭載。
遠く離れた友達とも対戦を行えるようになります。
このような話題性とWiiの勢いが合わさった結果、初週だけで80万本以上を販売。
前作の倍以上のペースで売れていき、累計売上も国内だけで242万本に達しました。
それから3ヶ月後には「マリオカートWii」が発売。
同作は人気レースゲーム「マリオカート」シリーズのWii版で、従来のボタン操作に加えて傾き操作が追加されました。
また、新たにバイクが追加。
従来の作品よりも派手なアクションができるようになりました。
売上の方も好調で、初週だけで60万本以上を販売。
「マリオカート」史上最速のペースで売れ続け、Wiiの定番タイトルとして人気を博します。
Wii Sports、はじめてのWii、Wii Fit、大乱闘スマッシュブラザーズX、マリオカートWii。
このようにWiiは発売から1年半でメガヒット作を立て続けに生み出していきました。
その結果、国内での累計販売台数は1年半で600万台を突破。
ソフトの累計販売本数は2,000万本を超えていき、圧倒的な存在感を見せつけます。
ヒット作が生まれず低迷
圧倒的な勢いを見せていたWiiですが、2008年後半からは陰りが見えてきます。
大きな要因となったのが、新作ソフトの売上が思うように伸びなかったことです。
任天堂は2008年末に2本のビッグタイトルをWii向けに供給しました。
1つめが「Wii Music」です。
同作はWiiリモコンを使っての楽器演奏を楽しめる音楽ソフトで、「Wii Sports」「Wii Fit」に続く「Wii」シリーズの第3弾として売り出されました。
プロデューサーは「スーパーマリオ」や「ゼルダの伝説」を生み出した宮本茂氏で、E3 2008のプレスカンファレンスでは大々的にアピールします。
そのくらい、任天堂としては力を入れて売り出したタイトルだったんですが、国内での累計売上は約42万本。
全世界での累計売上は約265万本に留まってしまい、期待ほどの成果をあげることができませんでした。
続いて発売されたのが「街へいこうよ どうぶつの森」です。
同作は動物たちが暮らす村の中で生活を贈るコミュニケーションゲームで、様々な施設が設置された街へ行けることをアピールしていました。
しかし、国内での累計売上は約126万本。
全世界累計売上は338万本に留まってしまい、DSで発売された「おいでよ どうぶつの森」を大きく下回る売上に終わってしまいました。
その結果、大量に仕入れていたゲームショップでは値崩れが発生。
一時期は1,000円以下で販売する店舗が目立っていました。
2009年
ソフト不足に
年が明けて2009年。
この頃になるとWiiの有力タイトルが不足してしまいます。
その打開策の1つとして発売されたのが「Wiiであそぶセレクション」です。
「Wiiであそぶセレクション」はゲームキューブで発売された人気タイトルをWiiリモコンの操作に最適化して発売したシリーズで、2008年末から2009年上半期にかけて発売されました。
ピクミン、マリオテニスGC、メトロイドプライム、ドンキーコング ジャングルビートなどなど。
いずれもゲームキューブソフトを遊んでこなかった層に一定の訴求をすることには成功しましたが、Wii市場を活性化させるほどの役割を担うことはできず、本体の販売台数はさらに鈍化。
春頃には本体の週間販売台数が2万台を割ってしまい、他社のゲーム機に注目が集まっていきます。
ここまでの話を聞かれた方の中には
と感じられたかもしれませんが、任天堂以外の会社が新作を出していなかった訳ではありません。
2008年から2009年にかけて年100本ペースで発売されましたが、どこのソフトメーカーもヒット作を生み出すことができませんでした。
Wii市場に合わせてパーティゲームを出すも任天堂の圧倒的なブランド力に太刀打ちできず、かと言って従来型のゲームを出しても魅力を上手く伝えることができずに埋もれてしまいます。
結局、頼みの綱となるのは任天堂の有力タイトルなんですが、新作の「Wii Music」や「街へいこうよ どうぶつの森」が思うように売れなかったことから失速してしまったんですね。
再始動
2009年下半期。
任天堂はWiiのテコ入れに力を入れていきます。
まず発売されたのが「Wii モーションプラス」です。
「Wii モーションプラス」はWiiリモコンの拡張コネクタに取り付ける周辺機器で、対応ソフトで使用することでより正確なモーション操作を行うことができました。
対応ソフトの第一弾となったのが「Wii Sports Resort」。
同作は大ヒットした「Wii Sports」の続編で、舞台がリゾートになり、スポーツの種目が大幅に増えました。
「Wii モーションプラス」がないと遊べませんでしたが、ゲームソフトにお値段据え置きで同梱することで解決。
累計売上は国内だけで300万本以上。全世界累計に至っては3,000万本以上となり、Wiiの新たな定番タイトルとなりました。
2009年8月1日にはカプコンから「モンスターハンター3」が発売。
同作は人気ハンティングアクションゲーム「モンスターハンター」シリーズのナンバリング3作目で、新たに水中エリアが追加されました。
購買層はゲームファン中心で、Wiiのメインユーザー層とは大きくかけ離れていましたが、モンハンと言えば超が付くほどの人気タイトルです。
任天堂としても相当な期待をしていたようで、同作の発売に合わせてゲームファンに向けた施策を打ち出すようになります。
モンハン3の発売日には新色のクロを発売。
従来のWiiとは真逆のカラーリングが話題を呼びました。
また、同日にはクラシックコントローラ Proを発売。
従来のクラシックコントローラからグリップなどが追加され、モンハンのように複雑な操作が求められるタイトルでも遊べるように改良されました。
その甲斐もあってか「モンハン3」は国内だけで115万本を販売。
前年に発売されたPSPの「モンスターハンター 2nd G」の422万本を大きく下回ってはいますが、ソフトメーカーが発売したWiiソフトとしては最大の売上を記録します。
そして2009年12月3日には「New スーパーマリオブラザーズWii」が発売。
同作はニンテンドーDSで発売された「New スーパーマリオブラザーズ」の流れを組む2Dアクションゲームで、最大4人での同時プレイが大きな特徴となっています。
TVCMには当時、爆発的な人気を博していたジャニーズグループ、嵐を起用。
メンバーが楽しそうに遊んでいる様子が大きな話題となり、爆発的な売上を記録しました。
発売週の売上は約93万本。累計売上は450万本を突破し、Wii史上最大のヒット作となります。
同時期には本体値下げが行われ、25,000円から20,000円になりました。
その結果、鈍化していたWii本体の販売ペースが再び加速。
年末商戦の売上は過去3年間の中で最大となり、巻き返しを図ることに成功します。
2010~2011年
ゲーマー向けソフトが大豊作
年が明けて2010年。
この頃になると任天堂が水面下で開発を進めていたゲーマー向けの大作が続々と発売されます。
先陣を切ったのが「斬撃のREGINLEIV」。
同作は北欧神話の世界を舞台にしたアクションゲームで、大量の敵を剣や魔法で打ち倒していきます。
開発は「地球防衛軍」で知られるサンドロットが担当。
ゲーマー向けのタイトルらしく出血表現や部位破壊・切断などの過激な表現が見受けられ、同じミッションを繰り返し遊べるような工夫も行われていました。
2010年6月10日には「ゼノブレイド」が発売。
同作は巨大な神の骸(むくろ)を舞台にしたRPGで、ロード時間を挟まずに広大なフィールドを駆け抜けることができます。
当初の注目度はさほど高くありませんでしたが、熱いストーリーやBGM、中毒性が高い戦闘システムなどがプレイしたユーザーの間で大絶賛。
日本ゲーム大賞2011では優秀賞を受賞し、メタスコアのメディアレビューでは平均92点。
ユーザースコアでは平均9.2という非常に高い評価となりました。
国内での累計売上は約16万本に留まっていますが、発売から10年以上が経った今でも語り継がれるほどの名作と言われています。
2011年1月27日には「ラストストーリー」が発売。
同作は「ファイナルファンタジー」の生み親である坂口博信さん率いるミストウォーカーが手掛ける大作RPGで、リアルタイムに進行する戦闘システムなどが特徴となっています。
少し前に発売された「ゼノブレイド」の高評価によって期待値が異様なくらい上がってしまい、その期待に応えられなかったことからネガティブな見方をされることもありましたが、オンラインでのマルチプレイなど見どころも多く、現在は徐々に再評価されるようになりました。
そして2011年5月26日には「パンドラの塔 君のもとへ帰るまで」が任天堂から発売。
こちらはガンバリオンが手掛けるアクションRPGで、2つのパートに分かれて進行します。
1つは謎解きを楽しめるダンジョンパート。
もう1つは獣の呪いかけられた美少女セレスとのコミュニケーションパートで、「ゼルダの伝説」や恋愛シミュレーションゲームを融合させたような内容が好評を博しました。
大量の敵を剣や魔法で打ち倒していく「斬撃のREGINLEIV」。
広大なフィールドを駆け抜けることができた「ゼノブレイド」。
リアルタイムに進行する戦闘システムが斬新だった「ラストストーリー」。
ヒロインの呪いを解いていくためにダンジョン探索を行う「パンドラの塔 君のもとへ帰るまで」。
このように任天堂は2010年から2011年にかけて新規のゲーマー向けタイトルを続々と発売しました。
当時の任天堂は
という認識がゲームファンの間では強まっていましたが、水面下ではしっかりと開発が行われていたんですね。
同時期には
- スーパーマリオギャラクシー2
- ゼルダの伝説 スカイウォードソード
- ドンキーコング リターンズ
- 星のカービィWii
- メトロイドアザーエム
といった人気シリーズの最新作も発売。
特に「スーパーマリオギャラクシー2」や「ゼルダの伝説 スカイウォードソード」はWiiリモコンの機能をフルに活かした傑作で、Wii後期を代表するタイトルとして好評を博しました。
2012年
発売タイトルが激減
年が明けて2012年。
Wiiの累計販売台数は1,200万台を突破し、全世界累計に至っては1億台に迫るほどの売上を記録しました。
これはファミリーコンピュータの6,191万台。
スーパーファミコンの4,910万台を大きく上回る数字で、任天堂が過去に発売した据え置き型ゲーム機では最大の売上だったりします。
しかし、この頃になるとWiiの発売タイトルが激減してしまいます。
2012年に発売されたWiiソフトは僅か10本。
その中には人気RPGシリーズの最新作、「ドラゴンクエストX」が含まれていましたが、まだ発売6年目であること。
国内だけで1,200万台以上も販売した大ヒットゲーム機であることを考慮に入れると異常なくらいソフトが発売されませんでした。
参考にこちらのデータをご覧ください。
赤の線がWiiの発売タイトル数の推移で、青の線がPS3。緑の線がXbox 360です。
こうしてみると、前半こそはWiiがリードしていますが、後半からは急に失速していますよね?
ゲームソフトというものは本来、売れているゲーム機に多く発売されるものなんですが、Wiiの場合は違いました。
PS3やXbox 360よりも売れていたにも関わらず、発売タイトル数に関しては最下位になってしまいます。
なぜ、発売タイトル数が激減してしまったのでしょうか?
根本的な問題として性能の低さがありました。
当時の時点でゲーム業界ではHD画質で遊べるのが主流となっていたんですが、WiiはHD出力に対応しておらず、描写能力も1世代前の水準に留まっています。
そうなると同じ内容のソフトを複数のゲーム機向けに発売するマルチプラットフォーム展開を行えなくなるので、Wiiで新作を発売するソフトメーカーが激減してしまったんですね。
そもそも、Wiiはコアなゲームファン向けのタイトルが売れにくい市場環境だったりします。
Wiiは確かに大ヒットしましたが、「Wii Sports」などの影響でホームパーティを楽しむためのゲーム機という側面が強くなり過ぎてしまい、多くの家庭ではWiiをリビングに固定していました。
それ故に長時間テレビを占領してしまいがちな1人用の大作ゲームが売れにくい市場になってしまい、売れるゲームの種類が限定されてしまったんですね。
こうした問題点が積み重なったことでWiiの発売タイトルは激減。
それに合わせて本体の販売台数も急速に鈍化してしまい、2012年の国内販売台数は約49万台。
2013年に至っては7万台にまで減少してしまい、同年の10月には本体の生産が終了しました。
先程も話したように、Wiiは間違いなく大ヒットゲーム機です。
しかし、発売から時間が経つ毎に性能の低さが足を引っ張ってしまい、反省点も多いゲーム機でした。
2021年:発売15周年
時は流れて2021年。
任天堂の据え置き型ゲーム機はWii U → Switchと世代交代を繰り返し、Wiiは15年も前のゲーム機となりました。
15年と言えば小学校低学年だった子供が就職をするほどの期間です。
そのためか近年は子供の頃にWiiを楽しまれた方の声が目立つようになっていき、Wiiに対して好意的な印象が強まっています。
ぼくはWiiが現役だった頃もネット活動をしていたんですが、当時の評判は必ずしも良いものではありませんでしたからね。
他機種と比べて性能が低い点、SD画質である点、売れるソフトが限定されている点など、何かと槍玉に挙げるケースが強く、任天堂ファンにとっては辛いものがありました。
任天堂としてもWiiの失速が大きな反省点だったようで、後継機のWii U、Switchでは徐々に改善していきます。
本体の性能を引き上げたり、ソフトメーカーが移植をしやすい設計にしたり。
その結果、Switchではあれだけ「売れない売れない」言われていたソフトメーカーのタイトルも売れるようになったので、Wii時代の反省は着実に活かされています。
任天堂は次世代のゲーム機を作る時、前世代機の反省を活かして作ることが多くありますが、今回、Wiiの歴史を振り返ることで改めて実感しました。
Wiiのソフトは今、遊んでも面白い物ばかりですので、本記事を読んで思い出した方はぜひ遊んでみてください。
隠れた良作も多いので、発掘してみると面白いかもしれませんよ?
おまけ:記事では触れられなかったネタのあれこれ
Wii ウェア
2008年春からサービスが開始されたWiiのダウンロード専売タイトル。
容量制限によってコンパクトなゲーム中心の販売でしたが、パッケージタイトルと比べてフットワークが軽いタイトルが発売されました。
しかし、全体的に小粒だったのか2年ほどで新作の発売が停滞。
隠れた良作も見られましたが、あまり大きな成果を挙げられませんでした。
モンスターハンター3の騒動
2007年の秋。「モンスターハンター3」の対応ハードがPS3からWiiに変更となり、各地で物議を醸します。
元々、「モンスターハンター」はコアゲーマーに人気のタイトルでしたから、そんなシリーズの最新作がカジュアルなイメージが強いWiiの専用タイトルになるのは衝撃的でした。
当時、「モンスターハンター」は任天堂ハードとは無縁だったので尚更。
ドラゴンクエストXの騒動
2008年末。「ドラゴンクエストX」の発表が大きな話題となりました。
話題となった主な要因は、まだ「IX」発売前だったこと。対応ハードがWiiであることの2点です。
それから3年後。ついに詳細が明らかになりましたが、シリーズ初のオンラインゲームであることが判明。
対応ハードの時点で賛否両論だったので、この件は相当な波紋を呼びました。
Wiiチャンネル
WiiのHOME画面にはいくつものチャンネルが並んでおり、そこから様々な機能を使うことができます。
各チャンネルは今で言うスマートフォンアプリのような物ですが、発想が素晴らしく感じました。
新しいWiiチャンネルは定期的に追加が無料で配信され、最終的には16以上のチャンネルが登場。
スマホアプリと比べたら少なく感じますが、当時はテレビチャンネルの1つとして見ていたのでそう感じることはありませんでした。
何よりも任天堂のゲーム機をゲーム以外の用途で使えることが珍しく感じましたからね。
Wii スピーク
「街へいこうよどうぶつの森」と同日に「Wii スピーク」という周辺機器が発売になりました。
TVに取り付けることでボイスチャット出来ましたが、対応ソフトはあまり増えず、早々に投げ売りされます。
余計な音を拾わなくて周辺機器としての出来は良かったんですが、同時期、パソコン向けのSkypeが台頭してたので、インパクトが弱かった・・・。
本記事の動画版
改めて見ると、本当に一大ブームを作ったハードですね。DSからの流れでライトユーザー獲得までは良い流れだったんでしょうけども、普及率が上がることでいろんなソフトの供給がある反面、ライト層が多くいから売れるソフトも偏ったままになり、先細りになったんでしょうかね。
ただ、誰でもすぐに操作できるパーティツールとしては今も他の追随を許さないと思います。我が家のwiiは押入れに眠っているのですが、実家に持って行って、里帰りの時にでも孫と遊ぶ用として活用しようかなー。