| 歴代ゲーム機ヒストリー

空前の大ヒットによってパラダイムシフトを巻き起こしたニンテンドーDSの歴史を振り返る

おはっく~!KENT(@kentworld2 )です!

ゲーム機の歴史を振り返る歴代ゲーム機ヒストリー。

今回は日本で最も売れたゲーム機、ニンテンドーDSにスポットを当てて行きたいと思います。

ニンテンドーDSはいかにして日本一のゲーム機になれたのか?

そこには任天堂の巧みな販売戦略が隠されていました。

目次

ニンテンドーDSとは?

ニンテンドーDS(以下、DS)とは、任天堂が2004年に発売した携帯ゲーム機です。

最大の特徴が、2画面とタッチスクリーン。

当時の携帯ゲーム機は1画面が基本で、画面が2つある携帯ゲーム機は1980年代前半に発売された「ゲーム&ウオッチ」以来でした。

しかもDSの場合、下画面が感圧式のタッチスクリーンになっているんです。

そのため専用のタッチペンを使って操作すれば筆を操作するような感覚を味わえるようになり、今までにないゲーム体験を味わえました。

さらにマイク機能、ワイヤレス機能を標準で搭載し、ゲームボーイアドバンスSPと同じく折りたたみ式&充電式の二次電池を採用。

マシンパワーもスーパーファミコンレベルからN64レベルまで引き上げられ、事実上の前世代機となるゲームボーイアドバンスから大きく拡張されました。

2003年:任天堂、窮地に陥る!?

PSPが発表!?

2003年、携帯ゲーム機市場に衝撃が走りました。

なんと、あのSIEがプレイステーション・ポータブル(以下、PSP)を発表し、携帯ゲーム機市場に参入を果たすことにしたんです!

当時の任天堂は据え置き機市場ではPS2に押されており、携帯機市場での売上が頼みでした。

それだけに頼みの綱である携帯機市場もSIEにシェアを奪われてしまう危険性があったんです。

実際、PSPの性能は当時の携帯ゲーム機としてはありえない水準でした。

GBAがスーパーファミコンレベルとするならば、PSPはPS1とPS2の中間レベル。

世代で表すと2世代近くも差があり、相対的にGBAソフトが地味に感じてしまうレベルだったんです。

任天堂はプレイステーションのブランド力で携帯機市場でも後塵を拝してしまうのか?

世間がそう騒ぐなか、最終兵器を発表してきました。

異質なゲーム機を発表!

2003年、任天堂は異質なゲーム機を開発中であることをアナウンスします。

当時の任天堂はゲームキューブ(以下、GC)とGBAの2本柱でした。

そこに異質なゲーム機を加えることで3本柱でやっていこうとしたんです。

異質なゲーム機とは果たして何なのか?

2003年までは謎に包まれていました。

2004年:窮地に陥った任天堂が攻めの姿勢を見せる

畳み掛けるように発表から発売へ!

2004年5月。任天堂はE3 2004にて異質なゲーム機の正体を発表します。

それがニンテンドーDS!

従来のゲーム機にはなかった2画面、タッチスクリーンの存在をアピールします。

同時期には対応ソフトも初公開。

「キャッチ!タッチ!ヨッシー!」「パックピクス」など、2画面&タッチスクリーンを活かした全く新しいゲームをアピールします。

しかし、世間の反応はそこまで良いものではありませんでした。

人間は2つの画面を同時に見ることは出来ない。

タッチ操作はボタン操作に比べて正確性に欠ける。

斬新さに惹かれている人も少なくはありませんでしたが、一方ではこんな意見も多かったんです。

畳み掛けるような情報ラッシュであっという間に発売!

任天堂のゲーム機と言えば発売延期を繰り返すことで有名でした。

特にN64は1995年末→1996年4月21日→1996年6月23日と発売日が延びに延びたものです。

一方、DSの場合はとてもスムーズに発売します。

2004年5月に正式発表したのかと思ったら同年7月に正式名称を発表。

同年9月には国内発売日、価格を発表。そして12月に発売を迎えます。

さらに10月には発表イベントを行い、11月には全国5都市で体験イベントを開催しました。

プロモーションには人気歌手・宇多田ヒカルさんを起用。

宇多田ヒカルさんの圧倒的なネームバリューを活かして知名度上げていきます。

何故、あの任天堂がここまで畳み掛けるようにDSを売り出したのでしょうか?

そこにはゲーム人口の拡大がありました。

2004年当時のコンシューマーゲーム市場は複雑化の流れが進んでおり、ゲーム離れが進んでいたんです。

ニンテンドーDSはそんな流れを打破するべく発売されます。

また、SIEへの対抗心もあったのでしょう。

前述の通り当時の任天堂は窮地に追いやられ、SIEに携帯機市場も制覇される恐れがあったんです。

さすがに携帯機市場もシェアを奪われるのは相当嫌だったのでしょう。

2004年9月にSIEがPSP向けの発表会を行う直前にDSの発売日・価格を急遽発表するという攻めの姿勢を見せてきます。

しかもそこで発表した発売日&価格がSIEにとっては都合が悪かったんです。

ニンテンドーDSの発売日は2004年12月2日で、価格は15,000円。

12月2日と言えば、初代プレイステーションの発売前日です。

まるでPSPが12月3日に発売されると見越しているような発売日じゃないですか?

15,000円という価格設定もSIEにとっては分が悪いものでした。

何故ならPSPはコストの高騰によって2万円以上することが確実視されていたからです。

ついに発売!

2004年12月2日、DSはついに発売されます。

任天堂からは「スーパーマリオ64 DS」「さわるメイドインワリオ」「大合奏バンドブラザーズ」「直感ヒトフデ」の4タイトルを発売。

名作と名高いN64「スーパーマリオ64」のリメイク版や当時人気だった「メイドインワリオ」シリーズ最新作などを発売し、気合十分でした。

発売週の売上は宇多田ヒカルさんを起用した派手なTVCM、日本5大都市での体験イベントなどのプロモーション展開が功を奏したのか44.1万台を販売。

事実上の前世代機となるGBAの61.2万台を下回ってしまったものの、品不足で供給が追いつかないPSPの約16.6万台を大きく上回るスタートを決めます。

その後も順調に売れ続け、DSは瞬く間に100万台を販売。

「スーパーマリオ64 DS」「さわるメイドインワリオ」もミリオンセラーとなり、スタートダッシュを決めることに成功しました。

2005年:怒涛の快進撃で大ブレイク!

やや伸び悩む販売台数

しかし、年明けからはやや雲行きが怪しくなります。

任天堂ハードの宿命でもありますが、年明けからは販売台数がガクッと下がったんです。

一方、供給が追いついてきたPSPは販売台数を伸ばしていきます。

週によってはDSを上回る週間販売台数を記録するようになり、一時期はこれがデフォルトになると思われていたんです。

nintendogs→脳トレから生まれた上昇気流

そんな流れが変わってきたのは2005年4月に発売された「nintendogs(ニンテンドッグス)」

本作はリアルな子犬とコミュニケーションを取れるゲームで、任天堂が贈る新規タイトルとして大々的にアナウンスされていました。

発売週の売上は約13万本とそこそこでしたが、その後もジワ売れを続けて累計売上は200万本以上の大ヒットとなります。

nintendogsはDSの代表作!

と言いたいところですが、「nintendogs」は前座に過ぎなかったんです。

DSの流れを変えた真の立役者。

それは、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」(以下、脳トレ)です!

本作は脳の活性化を目的としたゲームで、簡単な計算問題や音読などをこなしていきます。

当初はGB時代に見られた「シカクいアタマをマルくする。」のような学習ゲームだと思われていました。

が、タッチペンを使って簡単な問題をスラスラと解いていく楽しさが口コミで広がり、従来のゲーマー層とは大きくかけ離れた層を取り込むことに成功するんです!

任天堂はそれを見越して「エレクトロプランクトン」「DS楽引辞典」「やわらかあたま塾」などゲームの枠を越えた作品を次から次へと発売。

当初アナウンスされていた「異質なゲーム機」に相応しいタイトルを投入していきます。

巧みな販売戦略が実ってついに空前の大ブレイク!

下半期に入っても任天堂はDS向けに数多くの注目作を発売していきました。

ジャンプ スーパースターズ、おいでよ どうぶつの森、マリオカートDS、もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング。

これらのビッグタイトルに加え、前述の「nintendogs」「脳トレ」「やわらかあたま塾」などの定番タイトルによってDSは圧倒的なソフトラインナップをアピールしていきます。

その結果、2005年12月第4週には61.5万台を販売!

対応ソフトも飛ぶように売れ続け、本体の販売台数は瞬く間に400万台、500万台を突破しました。

こちらは2005年12月4~5週のゲームソフト売上ランキング。

首位こそはPS2「キングダム ハーツII」となっていますが、TOP10中7タイトルがDSソフトとなっています。

しかも並んでいる数字は40万、50万と2週間で売るような数字ではなく、どれだけ異次元なのかが分かることでしょう。

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2006年:無敵の勢いだった1年

DSが品薄に!?

2005年末に大ブレイクを果たしたDS。

その勢いは年が明けても留まることを知らず、ついに全国で品薄となってしまいます。

そして、この頃から任天堂に対するイメージが変わってきたんです。

それまでの任天堂は子供向けでした。

が、DSが一般層を取り込むようになってからはそういう認識も薄れていったんです。

DS Liteの発売で時のゲーム機に

2006年3月には新型のニンテンドーDS Liteを発売。

旧DSから軽量化を果たし、よりスタイリッシュなデザインへとリニューアルされました。

本ハードの登場によってDSはファッションアイテムの側面が増していき、販売台数はさらに上昇。

商戦期でもないのに週10万台ペースを維持し、それまでのゲーム機では見られなかった売上を記録するようになります。

そのためDSを持っていることがステータスの1つとなり、一般誌で流行り物として扱われることも増えていきました。

空前の大ヒット作が誕生!

2006年5月、社会現象となるDS市場に空前の大ヒット作が誕生します。

それがNew スーパーマリオブラザーズ!

2Dマリオとしては実に16年ぶりの完全新作で、ゲーム回帰層をターゲットに発売されました。

任天堂の思惑は見事にハマり、発売週だけで80万本以上を販売。

その後も派手に売れ続け、国内累計売上は約640万本となりました!

これは単独作品としてはFC「スーパーマリオブラザーズ」に次ぐ歴代2位の数字となります。

本作の爆ヒットによって大量のゲーム回帰層を取り込むことに成功し、コンシューマーゲーム市場にもリバイバルブームが本格的に起こりました。

任天堂は2Dアクションゲームを乱発し、スクウェア・エニックスはスーパーファミコン時代の名作をDS向けに次々と移植&リメイク。

最先端のゲームが人気を博しているPS2とは異なる市場が形成されます。

真打ちのポケモン最新作がついに発売!


2006年9月には「ポケットモンスター ダイヤモンド・パール」が発売。

「ポケットモンスター」シリーズと言えば任天堂の携帯機ではキラーコンテンツでした。

そのため本作も例によって爆ヒットを記録。

一時期はDSで最も売れたゲームソフトとなり、それまでジリ貧だったシリーズの流れに歯止めをかけます。

空前の任天堂バブルに!?

2006年12月2日には任天堂から据え置き機のWiiが発売。

DSの流れに沿った販売戦略を行ったことが功を奏して発売直後から爆発的な売上を記録します。

もちろん、DSも前年に引き続き爆発的な売上を記録。

同時期にはPS3/Xbox 360といった次世代機も発売されていましたが、全くものともしません。

2005年末のDSブレイクから1年。

この間に任天堂の株は飛躍的に上がり、一気に王者へと成し上がりました。

ドラクエのナンバリングタイトルがDSに!?

世間が任天堂フィーバーのなか、「ドラゴンクエスト」が大きな舵を切ります。

なんと、ナンバリングタイトルの「ドラゴンクエストIX」をDS向けに展開すると発表したんです!

これはコンシューマーゲーム市場の中で歴史的な出来事と言っても過言ではありません。

何故なら据え置き機で展開されていたシリーズの続編が携帯機で展開されることはあり得なかったからです。

据え置き機で展開されたシリーズの続編は据え置き機で!

コンシューマーゲーム市場では暗黙の了解を「ドラゴンクエスト」が打ち破ってくるとは!?

当時、ネット上では衝撃が走りました。

据え置き機と携帯機の力関係が変化!?

同時期、据え置き機と携帯機の力関係が変化します。

それまでは据え置き機が主戦場で、携帯機はサブ的な位置付けだったんです。

ところが携帯機の性能が高騰し、DSの大ブレイクによって立場が逆転してしまいます。

それを象徴したのがファミ通の発売スケジュール。

それまでは据え置き機向けのタイトルを真っ先に挙げていましたが、2006年頃から携帯機向けのタイトルを先に挙げ始めたんです。

時代は携帯機!

2006年頃からそんな流れが生まれ始め、「戦場のヴァルキュリア」「風来のシレン」など本編が据え置き機から携帯機へ移行するシリーズが増えていきます。

岩田聡氏、勇者となる

僅か1年で状況を一変させた任天堂。

その大きな立役者となったのが2002年に社長へ就任した故・岩田聡氏でした。

岩田社長はとても計算高い方で、なんでも分析をして行動に取りかかる人だったんです。

DSの場合、ゲーム人口の拡大を当初から掲げていました。

衰退するコンシューマーゲーム市場を再び盛り上げるにはどうすれば良いのか?

彼が見ていたのは対 SIE&PSPなんて短絡的なものではなく、もっと広い視野で物事を見ていたんです。

その証拠に彼が公の場でPSPなどのライバルゲーム機について語る時には「戦う土俵が違う」と報道陣をひと蹴りしていました。

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2007年:ブームの陰りが見られた中で現れた新星

知育ゲー乱発によって問題が発生!?

飛ぶ鳥を落とす勢いで突っ走った2006年のDS。

しかし、2007年頃から陰りが見え始めます。

代表的なのが、飽和化した知育ゲー市場。

「脳トレ」の大ヒット以降、DS市場には数多くの知育ゲーがサードパーティから発売されました。

その数は100を超える勢いで、DS売り場はもはやゲームコーナーとは思えなくなって行ったんです。

このような流れを受けて従来型ゲーム愛好家の間では不満が爆発。

新たに「ゲームらしいゲーム」という不思議な言葉が生まれます。

新たな新星が誕生!

そんな中で新たな新星がDS市場に誕生しました。

それがレベルファイブ!

レベルファイブは元々PS2向けの大作RPGを中心に手掛けていました。

それが2007年からはパブリッシャーとして展開をするようになったんです!

第一弾となったのがDS「レイトン教授と不思議な町」。

ゲーム自体は「脳トレ」の延長線上だったんですが、ストーリーやアニメーションを加えることで差別化を図ることに成功します。

「レイトン教授と不思議な町」は国内だけで100万本を販売し、一躍レベルファイブを人気ゲームメーカーとして成しあげました。

レベルファイブは間髪入れず「レイトン教授と悪魔の箱」「レイトン教授と最後の時間旅行」をDS向けに展開。

さらにDS「イナズマイレブン」を発売し、若年層を中心に爆発的な人気を得ることに成功します。

もう一つの新星が誕生!?

同時期にはもう一つの新生がDS市場に誕生しました。

それがイメージエポック!

第一弾としてシミュレーションRPGの「ルミナスアーク」を展開し、小ヒットを記録します。

その後も「セブンスドラゴン」などをDS向けに開発。

2010年にはパブリッシャーとして展開するも、2015年に販売不振のため倒産。

DS/PSP市場で多数のRPGを発売しましたが、レベルファイブとは対象的な結果になってしまいました。

2008年:ニンテンドーDSiで延命を図る!?

時は流れて2008年秋。

この頃になるとDS市場の飽和化がさらに進みます。

年に発売されるタイトル数は400以上と非常に多いものの、出るのは脳トレフォロワーやリバイバルシリーズばかり。

そのため後継機を望む声が増えてきたんですが、任天堂はニンテンドーDSi(以下、DSi)を発売して延命策を図ることにします。

DSiで特徴的だったのが、カメラ機能と内臓メモリ、SDメモリーカードスロット、インターネット機能の搭載。

DSがカメラの機能を果たすほか、専用のストアでダウンロードコンテンツをダウンロードすることが出来るようになったんです。

同時期に発売されたゲーム機はインターネット機能を標準搭載しており、追加データのダウンロードは出来て当然でした。

そんな中でDSは出来なかったので、マイナーチェンジ機のDSiを発売して追い付こうとしたんです。

また、当時はiPhoneが台頭していた頃で、携帯型メディアプレイヤーのパラダイムシフトが巻き起こっていました。

DSiはそういったことも視野に入れて発売したのだと思われます。

↑こちらは当時DSiの「うごくメモ帳」で描いたgifイラスト。

2009年:ソーシャルブームの流れに!?

ドラクエIXが社会現象に!?

マイナーチェンジ機のDSiを発売し、延命を図ってから1年後の2009年。

この年には前年以上に大ヒット作が発売されました。

代表的なのが「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」

2006年の発表から遅れに遅れて発売されましたが、400万本以上を売り上げシリーズ最大のヒット作となりました。

さらにおまけ要素としてゲーム内に搭載されていたすれ違い通信機能が大流行!

2009年夏頃に「ドラゴンクエストIX」のゲームカードが挿入されたDSをカバンに持ち歩く方が都内に続出し、社会現象となります。

DSの後継機となるニンテンドー3DSはすれ違い通信機能を強化してきましたが、それは「ドラゴンクエストIX」の影響が大きいのではないでしょうか?

トモダチコレクションが大ヒット!時代はソーシャルゲームへ!

同時期には「トモダチコレクション」が任天堂から発売。

本作はMii(アバター)同士のコミュニケーションを眺める新感覚のゲームになります。

登場するMiiは自分が好きなように変えられるので、自分だけのアフターストーリーを作れることで人気を博しました。

そう、一種のソーシャルゲームなんです!

同時期には携帯電話向けに「怪盗ロワイヤル」が展開されて人気を博しましたし、時代はソーシャルゲームの流れになっていきました。

時代に逆行して大画面のDSが発売!?

2009年11月、任天堂からDSのさらなるモデルチェンジ機が発売されます。

それがニンテンドーDSiLL!

従来のDSiから大型化し、大きな画面で楽しめるようになりました。

お年寄りに向けての展開でしたが、時代が小型化の流れだっただけに逆行していたのは否めません。

が、これが予想以上のヒットを記録。

後継機の3DSでもLLモデルは続投されますが、むしろそちらの方が売れるようになります。

スマートフォンも大型化の流れが進みましたし、今思えば時代を逆行するどころか先取りしていたと思えるようになってきました。

2010年:ポケモンが歴史的な記録を打ち立てる!?


2010年9月。

DS向けに完全新作の「ポケットモンスター ブラック・ホワイト」が発売されますが、これは当時としては珍事でした。

何故なら完全新作の「ポケットモンスター」本編がDS向けに発売されるのはこれで2作目だったからです。

が、DSが2006年当時よりも大幅に普及していたことから前作を上回る初週売上を記録します。

その数、なんと255万本!

これはコンシューマーゲーム史上最も多い初週売上となり、PS「ファイナルファンタジーVIII」(約250万本)が持つ記録を11年ぶりに塗り替えました!

DSはまたしてもゲーム史に名を刻むことに成功します。

2011年:ニンテンドー3DSへバトンタッチを果たそうとするも・・・

2011年2月26日には後継機のニンテンドー3DSが発売。

DSは本ハードへとバトンタッチを果たそうとしますが、そこは3,000万台以上普及したゲーム機。

3DSが発売されて以降も「ドラゴンクエストモンスターズジョーカー2」などの有力タイトルが発売されます。

一方、3DSは様々な要因によって販売台数が鈍化。

2011年8月11日には25,000円から15,000円に販売価格を大幅に下げていきます。

驚いたのが、旧DSシリーズよりも安いこと。

当時販売されていたDSシリーズで最安値はDSLの16,800円でした。

発売から僅か半年でそれよりも安く3DSを販売するとは、いかに任天堂が移行を早めたいのかが分かります。

2012年:ポケモンで有終の美を飾る!


2012年6月。

DS向けに「ポケットモンスター ブラック2・ホワイト2」が発売。

本作は「ポケットモンスター ブラック・ホワイト」の続編として発売されました。

3DSが発売されてから1年以上経ってのDSソフトということで前作ほどのヒットにはなりませんでしたが、それでも300万本以上の大ヒットを記録。

DSソフトとしては最後の大ヒットとなりました。

その3ヵ月後には最後のDSソフトとなる「特命戦隊ゴーバスターズ」が発売。

DSは完全に3DSへバトンタッチを果たします。

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全体のまとめ

以上!ニンテンドーDSの歴史を振り返ってみました!

個人的に前半の快進撃はとても印象に残っています。

任天堂がこれだけ攻めの姿勢を見せたのは長い歴史を振り返ってみてもこの時くらいではないでしょうか?

それ以外にもゲーム史の様々な歴史を塗り替えた印象で、DSがどれだけ影響力があったのかが分かります。

歴代ゲーム機ヒストリー記事のリンク一覧
FC SFC N64
GC Wii Wii U
Switch GB GBA
DS 3DS 64DD
PS1 PS2 PS3
PS4 PSP PSVITA
MD SS DC
Xbox Xbox 360 Xbox One
PCE WS


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コメント広場の住人(32)

  1. y.crash より:

    DSは自分は最初に「クラッシュ・バンディクー フェスティバル」を購入しましたねw しばらくそれだけですw
    クラッシュ以外はしばらくGBAソフトで済んでたっていうのがあったので。

    それからマリオカートDSにポケモンのダイヤモンドとHGSS、タッチカービィ以外のカービィにあとはDS-10買いましたねw DS-10は動画見てほしくなったんでw
    個人的にマリオカートはDSが一番好きです。直ドリが批判されやすいですけどあの仕様が凄い好きなんですよ。どうもクラッシュ・バンディクーレーシングをやりまくっていたせいか、テクニックを重視するレースゲームが好みになっていたみたいでw

    レイトン教授は3DSのソフトが発売されてから手を出した感じなんですよね。ブームに乗らないスタイルっていうかなんて言うかw

    初代DSは本体にひびが入ったっていうのがあって(液晶はほぼ無傷w)途中からDS Liteにしてましたね。
    DSiは正直GBAソフトができないってことで買わなかったんですよね・・・。
    いつまでも互換重視スタイルな自分ですw

    • kentworld より:

      またまたゲーム遍歴の紹介をありがとうございます!

      こうして見ると、DSは結構稼働した方なんじゃないでしょうか?

      テクニックによって差を付けられるゲームはそれはそれで良いと思いますが、マリオカートのコンセプトを考えるとね・・・

      でも、1人でプレイする分にはテクニック重視の方がぼくも好きです。

      互換機能ってマイナーチェンジ機で外されるケースが多いように感じます。

      GBAもミクロではGBソフトが非対応になりましたし。

  2. 青雲スカイ より:

    DSはライトが出てからの長い長い品薄状態が印象深いですね。
    近年ではSwitchが発売から年末まで品薄期間が続きましたが、DSライトは毎週10万台以上売れているのに全く品薄が解消されないという状態が1年以上続いていたような記憶があります。
    自分も当時はノーマルDSからDSライトに買い替えたくて、探すのに結構苦労しました。

    個人的にはDSよりも3DSの方が好きな作品は多いですが、脳トレブームやドラクエ9でのすれ違い通信ブームといった社会現象が何度も起きていたDSはやはり凄かったと思いますし、今になって振り返ってみると任天堂の携帯ゲーム機の歴史のピークがDSだったと言えそうです。

    • kentworld より:

      DSLの頃は入手困難でしたよね~!

      ぼくは発売前に何店も回って必死で予約しようとしていましたw

      あれだけ出荷しているのに供給が需要に追いつかないとは・・・

      DSほど社会現象となるゲーム機は今後現れるのかどうか?

      それだけの勢いがありましたもんね。

  3. ホンマ?トモフミ より:

    もはやDSはレジェンドハードですね〜。
    ポケモン本編の時期しか買ってくれないバカ親父にものすごくねだって「タッチ!カービィ」の時期にDSを買ってもらえたのはいい思い出♪
    マシンパワー的にはPS1っぽいかな。CGはローポリ過ぎましたが、ドットはGBAからよりブラッシュアップされた印象です。

    この時代にも反発意見はあったのですねwww かくいう僕も当時は今後はタッチ主体のゲームばかりになるのかなと幼いながら思ったものです。
    その時代はもう少し先の未来でしたがwww

    当時の僕はSCE=悪でしたので、当時はDSやWiiをめちゃくちゃ応援したものです。

    タッチジェネレーションでは、電子辞書を買ってもらうまではDS楽引辞典にとてもお世話になってました。
    スマホがない時代の古き良きソフトでしたよ〜。

    DSライトは半年以上、家で失くしたのもいい思い出ですwww

    Newマリ1はすごいわくわくしたなぁ。このNewマリ1が僕にとってのベストNewマリですよ!思い出補正によって最新作のNewマリUDXでも敵いません。

    スクエニのリバイバルもとてもお世話になりましたよ!クロノにDQIV〜VI、FFⅢ、サガ2などどれもおもしろかったなぁ〜。

    ポケモンDPはGBAのポケモンほどおもしろいとは思いませんでしたが、金銀リメイクのHGSSやBW以降は楽しめましたよ。

    今までナンバリングは据え置きでという風潮で携帯機は外伝作やリメイクしか出さないものでしたが、DQIXが固定概念をぶち壊してくれました!
    DQIXはローポリのせいで今遊ぶとキツいものがありますが、是非DQVIIIのように現行機やスマホでリメイクしてほしいです!キャラメイクができるのでゲーム性としてはDQIXが一番好きかな。

    レイトンも最初の3部作はおもしろかったなぁ。以降は蛇足ですけどねwww スマホに1を移植してくれてよかったですよ。

    DSiウェアのスタートでシャンティの復活やスチームワールドシリーズの登場など将来的にインディーズ作品の先駆けになったと思うのでこれも放っておけません!

    DSiLLがLLシリーズの始まりでしたね〜。この後、LLが主流になるとは思いもしませんでしたよ。

    • kentworld より:

      これだけ爆発的に売れたゲーム機はいまだかつてありません。

      タッチ!カービィの時期は一時的なDS氷河期でした。でも、その後すぐ上昇気流に乗って年末にブレイクしたんですよねぇ。

      新しい物が出たら否定する人って必ず居ると思うんですよ。むしろ、それが健全なのかもしれない。

      DS楽引辞典は欲しかったけど買いませんでした。あれは勉強の時に重宝しそうだったんですけどね~。今となってはスマホアプリで片付けられてしまうのが悲しい。

      DSLはコンパクトですが、半年以上も失くしていましたかw 見つけた時はさぞ嬉しかったでしょうね。

      Newマリオ1は正直なところ肩透かしだったんですが、今作でゲームを始めた人も多いでしょうし、そういう方にとっては神ゲーだと思います。本作に関しては多角的に見ないと分からない良さを感じました。

      ドラクエIXの影響力は相当なものだったと思います。本作が携帯機に移行したことがきっかけでそれまでの固定観念が崩れましたから。IXのリメイクはスマホでするのが最適でしょうね。

      レイトンは売れすぎたせいで4作目以降が決まったんですよね。

      DSiウェアは触れなくてすみません(汗) DSiやDSiLLは3DSの中継ぎとなる存在でしたね。

  4. なな より:

    DSはもうとにかくLRが壊れやすかったイメージしかないですねw
    僕の使い方が悪かったのか壊れやすいのか知りませんが、3回修理して3回ともLRが壊れましたw

  5. 匿名 より:

    初代DSの頃はまだダウンロード専用ソフトという概念がなかったから小粒のソフトも何でもかんでも全部パッケージで発売されていて売り場が賑やかで楽しかった。ダウンロード専用も手軽で良いんだけど、中古で色んなDSソフトを漁るのもそれはそれで好き。

    • kentworld より:

      あぁ、すっごい分かります!

      何でもかんでもパッケージタイトルになっていたからこそのごった煮感。ぼくも好きなんですよ~♪

  6. koji より:

    自分がDSを買ったのはDSの市場が絶頂期を過ぎたあとだったので、正直、DSについて語れる事はあまりないという(^_^;)
    たしか無性にメタルマックス2リローデットがやりたくなって、DSを買ったんですよ。
    そのあとDSで出てた神宮寺シリーズを一通りプレイしたりして楽しんでました。「きえないこころ」は名作でした。

    この間、中古屋のDSソフトコーナーでサクラ大戦のダンジョンRPG系のソフトを買うかちょっと迷ったり、アソビ大全を見つけて「これkentさんがレビューしてたソフトだ!」とウキウキしたりしてました。
    DSソフトコーナーの探索もなかなか楽しいです。

    • kentworld より:

      kojiさんがメタルマックス2リローデットの頃に初めてDSに手を出したのは今となっては意外な事実ですね~。

      DSもかなりのタイトルが発売されたので、売り場で隠れた名作を発掘するのは楽しいです♪

      アソビ大全はかなり気に入っていますが、レビューしているところは少ないでしょうねw

  7. AVC-M370 より:

    社長は人を蹴っちゃいかんだろう。

    画面の大型化は情報量の増加に伴う。
    スマホは、初めはメール程度にしか使わない為に必要性が薄いガラケーの3インチより大きい4インチ程度に十分と感じる訳だ。
    そして色々なアプリを持ち出せるイノベーションに満足していたが、次第に情報密度が多いことに気づき、画面の小ささが気になる様になり、本来丈にあったサイズが求められる様になった結果かと。
    DSはそれがLLだったと言うことだな。
    まあ個人的には教育系ソフトでのタッチペンの書き味的にLLが正解だと思った。
    漢字がDSDSLDSi画面でのペンの精度に追い付かない。

    そしてDSiは中途半端だったな。
    DSi専用アプリを使っているユーザーは別にそれはそれで良いと思う。
    問題はDSソフト。
    DSLiteより微妙なサイズで画面が大きくなっているため比べると見た目が悪くなってしまうことだな。
    LLは倍加が巧いからか粗さは目立つが違和感がない。
    因みにPSPはgoで見た方が小さくされるため粗が目立たなくなる。

    DSは今でも稀に教育系や脳トレソフトを使っている人を見掛けることもある。
    やはり需要としては終始この方面の道具のイメージであったのだろうな。

    • kentworld より:

      失礼しました。誤字が多かったので訂正しておきました。

      情報量が多いからこそ画面は大型化するんですよね。据え置き機のタイトルが大画面推奨になったのも同じようなものだと思います。

      DSの場合は大画面の方がタッチペンで文字を描きやすいというのはあるかも。

      DSiは色々と中途半端でしたねぇ。当時からあまり高く評価されていませんでした。

      まあ、3DSの橋掛けとなったのは事実ですし、うごくメモ帳はすごく楽しみましたが。次回はPSPの特集をする予定で、そこではgoについても触れますよ~。

      DS=脳トレのイメージは強いですね。発表当時は想像も出来ませんでした。

      • AVC-M370 より:

        字を書く枠を意識できるユーザーと言うかゲーマーなのだろうか、この辺りは小さくともスイスイ書けるみたいだが、小さい子やドリル等をやっていない層はまず枠を意識しない状態だった。
        教えても中々理解して貰えなかったりな。
        LLを触らせると物理的に大きくなる枠のお陰でハマるようだった。
        うごメモも恐らく味は良くなったのではないだろうか。

        PSPはやらない方が、いや何でもない。

        • kentworld より:

          なるほど、枠を意識出来ない層も居るのですね。そういうのは自然と身に付いてしまうものなので参考になりました。

          LLモデルを買ったのは3DSからなんですよ~。今やLLに馴染んでいるので、DSの頃から手を出しても良かったと思います。

          え?PSPをやったらヤバイですかね?w

  8. KAZU より:

    当時は携帯ゲーム機が全盛期でしたね。GBAまでは子供のものというイメージが強かったと思いますが、DSの頃は老若男女が電車でゲームやってましたね。懐かしい。
    DSはシリーズもの以外も充実してましたね。タシテンやプロジェクトハッカーなどは後に中古で買って楽しみました。
    本体ではDSiが一番好きでした。デザイン、大きさ、重さ、ボタンの押し心地など最高でした。ただボタンの調子が悪くなりがちで、初めて修理に出した任天堂ゲーム機でした。

    • kentworld より:

      今となってはGBA以前の風潮が信じられないくらいです。それだけDSは流れを変えてくれました。

      売れたゲーム機だけあって新しい試みのタイトルが満載でしたよね!

      DSってどのモデルも一長一短あるので一番は決めにくいですが、デザイン的にはDSLが一番かな~

  9. ほにょ より:

    DSの頃から完全にゲームから距離をおくようになったこともありますが、GBAのときにも書いたように僕の中でのDSの評価はあまり高くありません。正直、2画面とタッチパネルというハードの特徴をちゃんと生かし切ったソフトってそんなにあったかなぁと、不勉強な僕は思ってしまいます。

    もちろんNintendogsや川島教授の脳トレソフトは大ヒットしましたし、単なるゲーム機以上の幅広い可能性を示したと思います。個人的にはシンセサイザーの名機の音源がまるまる入っていて作曲ができたり、楽器の音合わせに使うチューナーやメトロノームなどのアプリがセットになっているソフトが面白いと思いました。でも結局は携帯ゲーム機とスマホ/PDAの境界線を自ら壊しに行ったことで、成功とは裏腹に携帯ゲーム機というジャンルそのものを消滅に導いてしまったような気がします。

    印象に残っているゲームソフトは、ルナシリーズの最新作である「ルナ~ジェネシス~」やジャレコ最後のソフトとなった「ワイズマンズワールド」、ディズニーが作ったポケモンと言える「スペクトロブス」シリーズとかですね。RPGばっかりですが。NEC-HEの残党が作った「くまたんち」は近所の家電量販店にあったんですが、買おうと思っているうちにそこが閉店になってしまって。次に見かけたときにはおいそれと手を出せないほどプレミアが付いていました。惜しいことをしたと思います。

    • kentworld より:

      2画面とタッチパネルの使い方に四苦八苦したメーカーが多かった記憶です。

      初期の頃は安易に使用して駄作を生み出してしまうケースが多かったですし。Wiiにも通ずる話なんですが、任天堂でさえもハードの特徴を使い切るのに苦労されていましたから。

      そんな中でnintendogsや脳トレは上手く生かしていたと思います。スマホ/PDAの境界線を自ら崩しに行った。それはあるかもしれませんね。

      ソフトの多様性はあると思うので、ゲームショップ巡りをしたらきっとほにょさんが好むタイトルは沢山眠っていると思います。それらを発掘するのも楽しいと思いますよ~。

  10. 匿名 より:

    DSは画期的で前例のない素晴らしいハードでしたが、あまりにも売れ過ぎましたね
    ロンチでも年末商戦期でもないのにハードが週販10万とか20万とか幾らなんでも売れすぎです
    流石の任天堂もここまで売れるとは思っていなかったのでしょう
    そのためにあらゆる計画が狂ってしまい後継機の投入が遅れて次世代機市場で苦戦する結果になったと思います
    DSi、3DSともにあと2年早く投入していれば市場の流れは全然違ったでしょう
    ただDSの世界的な大ブームによりスマホが登場したのは間違いないでしょうし、そう考えるとゲーム史だけでなく人類史上に大きな影響を及ぼしたハードだと言えるのではないでしょうか

    • kentworld より:

      DSの売れ方を見ていると常に年末商戦なのかと錯覚してしまいますw

      売れすぎた故の弊害はありましたねぇ・・・

      スマホが登場したのはDSがきっかけ。

      考えたことはありませんでしたが、そう考えると本当に凄いゲーム機なんだと思います。

  11. みそかつ より:

    DSですか〜
    僕が初めて買った携帯機は3dsだったのですが、Newスーパーマリオブラザーズとトモダチコレクションがやりたくて、いとこに借りてやってました~( ^∀^)
    DSはタッチパネルや知育ゲームなど、ゲームの歴史を塗り替えたと言って過言ではないようなステキなハードでした(๑˃̵ᴗ˂̵)

    • kentworld より:

      DSの思い出をありがとうございます!

      いとこから借りてプレイしていましたか。なんだか微笑ましいエピソードですね♪

      仰るとおりDSはゲームの様々な歴史を塗り替えました。

  12. くっぞこ より:

    こんにちは。
    DSは、初期の「君のためなら死ねる」「パックピクス」
    の印象が強いですね~
    初代DSからDSiLLに買い替えましたが、
    DSiLLは今も気に入っていて、
    DSのゲームはDSiLLで遊んでいますし、
    DSiウェアは3DSにお引越しさせずに
    DSiLLに入れたままにしています(笑)

    • kentworld より:

      ぼくも初期の頃によく出ていたデモンストレーション的なタイトルが印象に残っていますw

      DSiウェアは安価で販売出来ることもあって比較的攻めた意欲作が多かった印象です。

      うちは3DSに移行させてしまいましたがw

  13. かにくず より:

    DSvsPSPのあの感じはもう味わえないんだろうなぁ
    私の回りではWiiとDSとPSPは基本装備でしたねw
    カービィは遊びまくりました

    • kentworld より:

      まるでPS VS SSを彷彿するような熱い争いでしたよねぇ。

      次があるとすればPS5 VS Xbox720ですが、日本じゃ厳しいか。

  14. KA より:

    当時携帯機の時代が本当に到来するとは思ってもませんでした、DSと言えば二画面やタッチ操作に目が行きがちでしばらくの間性能はGBAに毛が生えた程度だと思ってましたけど64クラスまで上がってたのですね。

    DSを購入した動機は実は親が脳トレをしたいということでした、多分続かないと思っていましたから自分でプレイするソフトということでピクロスDSも一緒に購入しました、案の定脳トレはあまり長く続きませんでしたからピクロスも買っておいて良かったです。

    その後懸賞でDSiが当たってしまいました、せっかくなので立体ピクロスを買いました。DSiはGBAの互換が切られてたのに値段が高くなってたのはカメラの追加などで原価が高くなったのかな。2010年頃にDSiウェアを色々買い漁っていました、その中で比較的高かったけどミニミニ再行進にハマりました、あとこのブログでオススメのDSiウェアの記事でアッタコレダが紹介されていてこのソフトに興味が出てきました。何気にDS iウェアのアイコンはアニメーションするんですね、その中でソリティアの勝数表示はうまい使い方でした。

    DSを手に入れた頃はゲーム熱は消火状態でリハビリの為にピクロスなどのパズルゲームを中心にプレイしていて3DS発売までに他に持っていたのはウルトラスーパーデラックスやマリルイ3くらいでした、なので自分の中では3DSやswitchまでの繋ぎのポジションになりました、3DS以上に隠れた名作が眠っていそうなのでDSソフトも探して見たいと思います。

    今年でDS発売15周年ですね、この時代からの携帯機の進化には驚かされました。

    • kentworld より:

      ぼくもDS以前の携帯機はサブポジション的な立ち位置だったので、DSから立場が逆転したことに驚きました!

      スーパーマリオ64をオリジナル版以上のクオリティで出せていることから実際にはN64以上の性能はあったんじゃないかと思います。GBAからの流れで2Dゲームが目立っていましたけどね。

      ピクロスDSはタッチ操作が快適でしたが、複雑なステージになるとやりにくかった記憶が。

      立体ピクロスは良かったですね!あれはDSの名作だと思います。

      DSiウェアの記事、懐かしい!アッタコレダはジャイロセンサーを使ったゲームの先駆けなんじゃないかと思います。

      DSiウェアのアイコンはアニメーションするから地味にお気に入り。

      DSソフトの発掘も面白いと思います。3DS以上に沢山の隠れた名作がゲームショップに眠っているでしょうからね~。

  15. より:

    このゲーム機ではまず、あのレジェンド64タイトルのリメイク版を、親にクリスマスプレゼントして貰いました。因みに中2です。広大で膨大なあの探索ゲームのリメイクは、ボリュームも十分。後に一本道物ブームになってしまい生まれたあの3Dマリオとはかなりのボリューム違いです。まあ、3DSのあれも、斬新だったのでよしとしていますが。
    受験生の時期を挟んだ為一年間ゲームは買えず。そして2006年春には、黄色い星の王子様のアクションゲーム第4弾を買いました。背景が3Dポリゴンで表現されるようになり、かなり感動したのを覚えています。難易度が「低過ぎる」カービィもこの年に発売。ネズミ盗賊団を追いかける話で、ストーリーもドタバタで、色々滅茶滅茶な部分もありました(笑)そして!忘れちゃいけない、あのフル3Dグラフィックの2Dマリオ第1弾が発売!DSソフト売り上げ一位を記録!あの作品はやってて普通に楽しく、Wiiでも楽しく、3DSもぶっ飛んでて楽しめましたが、Wii Uではソフト状況の芳しくなさとSNSによるいざこざ等の事もあり、楽しい思い出は…あんまり無い 汗 でも、Switchに移植されそっちは楽しめました。
    翌年には、赤ちゃん乗せて恐竜が旅するアレの第2弾。しかし、楽しいアイテム無し、ミニゲームも報酬が1UPだけ、綿の敵に触れたら音楽が面白くなるという要素も無し、難易度鬼畜、など色々あり、飽きるのは早めでした。3DSにもあの感じ、受け継がれてしまい、こちらも飽きは早めでした(笑)結論!あのシリーズで一番はスーファミ!GBA版でもなく、スーファミ一択!僕としては。
    更に翌年には、上記の星の王子様のゲームの最終作品発売。ボスのBGMがしつこい感じではなくなり、割と聞いてて飽きない物に変わりました。年末。桜井氏が出したスーファミカービィのリメイクが発売。これもボリューミーで、ずっと遊んでました。最後に買ったDSソフトは、3DS発売後に出た「ピクミンみたいなカービィ」。Wiiのミッキーと同じ日に確か出たと思いました。因みにSwitchに出たメルルもこの年でしたね。印象的なゲームは普通に多く、思い出のハードです。

    • kentworld より:

      スーパーマリオ64DSは、クリスマスプレゼントにひったりなボリューム感がありましたね。ぼくも当時は楽しんでいましたよ~。

      1年間ゲームを買えなかったのは辛かったと思いますが、その分、たっぷり楽しめたと思います。

      この頃はDSの2Dアクションゲームを色々買われていたのですね。

      これだけプレイされていると、Wii Uのあの作品は飽きてしまうかもw

      Wiiのミッキー発売週は気になるゲームが目白押しだった記憶です。あつめて!カービィもその一本でした・・・

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