| 歴代ゲーム機ヒストリー

携帯機の過渡期に発売されたゲームボーイアドバンス(GBA)の歴史を振り返る!

どうも!KENT(@kentworld2 )です!

今回は、ゲームボーイアドバンスの歴史を振り返っていきたいと思います。

2001年3月21日に発売されたゲームボーイアドバンス、略してアドバンスは国内だけで1,696万台。

全世界累計で8,151万台を売り上げるほどの大ヒットとなりました。

が、携帯ゲーム機の過渡期に発売された関係で現役だった期間は短めで、販売台数が多い割にはやや影が薄い存在だったんですね。

そんなアドバンスも近年は再評価の見方が強まっていて、ゲームソフトの販売価格が高騰しています。

何故、アドバンスは再評価されたのでしょうか?

今回はアドバンスを西暦順に振り返っていき、どのようにして再評価されたのかを語っていきますので、ぜひ、最後までご覧になってください。

ゲームボーイアドバンスとは?

ゲームボーイアドバンスとは、ゲームボーイに続く任天堂の携帯ゲーム機で、2001年3月21日に発売されました。

最大の特徴は、32ビットCPUの搭載、3万2千色同時発色というものがあります。

その影響で描写能力は前世代機のゲームボーイから飛躍的に向上し、据え置き機でいう、スーパーファミコンソフトの移植がしやすくなりました。

ゲームボーイで好評だった通信機能は最大4人同時プレイに対応。

ゲームソフトによっては1本のカートリッジとアドバンス専用の通信ケーブルを使うことでマルチプレイを行えたので、より手軽に通信機能を利用することができました。

極めつけとなるのがゲームボーイとの互換機能。

ゲームボーイソフトは当時の時点で1,000タイトル以上が発売になっていましたが、そのほとんどをアドバンスでも遊ぶことができます。

それでいて発売当時の価格は税別9,800円と非常に安かったので、アドバンスの大ヒットは確実なものと思われていました。

ここからはアドバンスを西暦順に振り返っていきます。

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1999~2000年:追い風に乗る中での発表

アドバンスの存在が明らかになったのは1999年秋。

当時は「ポケットモンスター赤・緑」の大ヒットによってゲームボーイ市場が息を吹き返し、第二の盛り上がりを見せていました。

ポケモンの関連作はもちろん、

  • 遊☆戯☆王デュエルモンスターズ
  • ドラゴンクエストモンスターズ
  • メダロット

などなど、サードパーティ各社からも新たなヒット作が生まれ、据え置き型ゲーム機とはまた違った文化を築き上げていきます。

そんな中、任天堂は次世代ゲームボーイ。ことゲームボーイアドバンスを2000年8月に発売すると発表。

32ビットCPUの搭載、ワイドカラー液晶の採用、携帯電話・PHSとの連動によるネットワークサービスなどをアピールしていました。

残念ながら半年ほど延期になりましたが、世間でのアドバンスの期待度は非常に高く、歓迎を持って発売を迎えられます。

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2001年:怒涛のタイトルラッシュも大ヒット作は不作?

怒涛の発売ラッシュ!

2001年3月21日。アドバンスがついに発売されました。

同日に発売されたタイトルは以下の30本。

・スーパーマリオアドバンス(初週22.0万)
・F-ZERO FOR GAMEBOY ADVANCE (初週11.6万)
・パワプロクンポケット3 (初週7.5万)
・遊☆戯☆王ダンジョンダイスモンスターズ(初週6.1万)
・くるくるくるりん(初週5.7万)
・バトルネットワーク ロックマンエグゼ(初週4.3万)
・ミスタードリラー2 (初週4.3万)
・ナポレオン(初週2.6万)
・悪魔城ドラキュラ Circle of the Moon (初週2.2万)
・コナミワイワイレーシングアドバンス(初週1.2万)
・モンスターガーディアンズ(初週1.0万)
・爆裂ドッジボールファイターズ
・アドバンスGTA
・EZ-TALK 初級編 1
・EZ-TALK 初級編 2
・EZ-TALK 初級編 3
・EZ-TALK 初級編 4
・EZ-TALK 初級編 5
・EZ-TALK 初級編 6
・全日本GT選手権
・トゥイティーのハーティーパーティー
・ウイニングポスト for ゲームボーイアドバンス
・JGTO公認 GOLF MASTER ~JAPAN GOLF TOUR GAME~
・Jリーグポケット
・プレイノベル サイレントヒル
・ファイヤープロレスリングA
・チューチューロケット!
・ぼくは航空管制官
・ピノビィーの大冒険
・桃太郎まつり

本体と同日にこれだけのゲームが発売されたのは当時としては前代未聞の本数で、大きな話題になりました。

ラインナップも豪華で、任天堂からは「スーパーマリオ」「F-ZERO」最新作など4タイトル。

コナミからは「パワプロクンポケット」「遊戯王」などの8タイトル。

そして、カプコンからは「ロックマンエグゼ」が本体と同日に発売されました。

何故、これだけ多くのタイトルが本体と同日に発売されたのでしょうか?

要因としては3つあります。

1つめは、アドバンスに対する期待値の高さです。

当時は前世代機となるゲームボーイ、およびゲームボーイカラーの人気が非常に高く、ミリオンセラーが続出していました。

「ポケットモンスター金・銀」は720万本。

「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ4」は250万本。

「ドラゴンクエストモンスターズ テリーのワンダーランド」は235万本。

アドバンスが発売を目前に控えている中でも大ヒット作が次から次へと生まれている状況で、本体も飛ぶように売れていたんですね。

アドバンスはそんなゲームボーイの勢いに乗る中での発売だったので、自然と期待が集まっていました。

2つめは、開発期間に余裕があったからです。

任天堂はサードパーティに開発キットを早い段階から供給していたようで、2000年8月の時点で1,000枚単位を配っていたという話もあります。

それ故に発売前からエミュレータが公開されてしまったようですが、ロンチタイトルが充実した大きな要因となりました。

3つめは、スーパーファミコンソフトの延長線上で作れたことです。

アドバンスは2Dに特化したマシン設計となっていて、アーキテクチャはスーパーファミコンに近いものだと言われています。

当時の時点で2Dゲームのノウハウはかなり溜まっている状況だったので、比較的、ソフト開発がしやすい状況だったんですね。

本体は売れるもソフトは…

満を持して発売されたアドバンス。

発売週の売上は61.2万台に達し、プレイステーション2に続く、歴代2位のスタートダッシュを決めることに成功します。

一方、ゲームソフトに関してはやや鈍い出足で、同日に発売された30タイトルの初週売上を合計しても本体の初週売上には達しませんでした。

何故、本体が売れてソフトの売上がイマイチだったのかと言いますと、ゲームボーイとの互換機能を搭載していたからです。

既に持っているゲームボーイソフトを遊べたので、本体だけを買う人も目立っていたんですね。

任天堂はそんな状況を打破すべく、有力タイトルを間髪入れずに発売します。

2001年6月にはスーパーファミコンで人気を博したシミュレーションRPG「タクティクスオウガ」の外伝作を。

7月には人気レースゲームシリーズの最新作「マリオカート アドバンス」を。

そして8月には超大作RPG「黄金の太陽 開かれし封印」を発売します。

特筆したいのが、「マリオカート」シリーズの最新作を発売したことです。

「マリオカート」は当時の時点で人気が高く、据え置き機で発売した前作、前々作の売上は歴代1位を記録していました。

そんな「マリオカート」シリーズの最新作がアドバンスで満を持して発売。

されたのですが、据え置き機の「マリオカート」とは違い、対戦をするには人数分の本体と通信ケーブルが必要であることが響いたのでしょうか?

売上本数は94万本とミリオンセラーにはあと一歩のところで届きませんでした。

カプコンから新規のヒット作が誕生!

任天堂から期待したほどのヒット作が誕生しない中、カプコンから新規のヒット作が2タイトルも誕生します。

まず、ヒットしたのが「ロックマンエグゼ」です。

本作は2Dアクションゲーム「ロックマン」から派生した作品ではありますが、ゲームシステムや世界観は全て刷新。

従来の「ロックマン」よりもRPGの要素を強め、カードゲームのようにデッキを組んで戦うシステムを採用し、ストーリーは現実世界と電脳世界を行き来して事件を解決していく形になりました。

メディアミックスも積極的に行われ、漫画、アニメ、映画も展開。

人気漫画雑誌、「コロコロコミック」との強力なバックアップがあったこともあって小中学生を中心に人気を博し、売上本数は作品を重ねる毎に伸ばしていきます。

1作目こそは21万本に留まっていますが、2作目は45万本。3作目は50万本。

2バージョンで発売された4作目に至っては93万本を販売し、アドバンスソフトの歴代6位に入るほどの大ヒットを記録しました。

続いてヒットしたのが、「逆転裁判」です。

本作は裁判を題材にしたアドベンチャーゲームで、プレイヤーは弁護士の成歩堂龍一となって無実の罪に問われている被告人を裁判で無罪にするのが目標となっています。

一見すると堅苦しい題材に見えますが、個性豊かなキャラクター、アクションゲームのように爽快な演出によって裁判をエンターテイメントに仕立て上げることに成功。

ゲームシステム・ストーリーも作品を重ねる毎に洗練されていき、特に3作目はアドベンチャーゲーム史に名を残すほどの名作となりました。

売上本数も1作目こそは6万本で留まってしまいましたが、2作目は11万本。3作目は16万本を販売。

その後も廉価版・移植版で売上を伸ばしていき、シリーズの全世界累計売上は800万本を超えました。

ゲームキューブと連動!

2001年秋、任天堂は据え置き型ゲーム機、ゲームキューブを発売します。

同ハードはN64の後継機ではありますが、周辺機器「GBAケーブル」を通じたアドバンスとの連動にも力を入れていました。

アドバンスとの連動をするにあたって最初に発売されたのが「どうぶつの森+」です。

同作はどうぶつたちが暮らす村の中でスローライフを送るコミュニケーションゲームですが、アドバンスと連動することで島に行くことができました。

その後も「ファイナルファンタジークリスタルクロニクル」「ゼルダの伝説 4つの剣+」など、ゲームキューブとアドバンスを連動したタイトルが続々と発売。

TVとアドバンス。2つの画面を活用することで新しい遊びを実現します。

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2002年:ようやくミリオンセラーが誕生!

伝説のスタフィーが大ヒット!

2002年9月6日。任天堂から「伝説のスタフィー」が発売されました。

本作はスタフィーが主人公の2Dアクションゲームで、入り組んだ海の世界を探索していくゲームデザインが特徴となっています。

新規のタイトルでしたが、スタフィーのキュートなキャラクターデザイン。

ベッキーさんが歌唱するCMソングが話題となり、累計売上は42万本と新規のタイトルとしては大ヒットを記録しました。

その後も新作が年に1タイトルペースで発売されていき、一時期は「星のカービィ」と並ぶ人気を博します。

真打ちのポケモンが発売!

アドバンスが発売されてから1年半が経過した2002年秋。

本体の販売台数は600万台を突破します。

一方、ゲームソフトに関しては「ロックマンエグゼ」「逆転裁判」「伝説のスタフィー」などの新たな人気シリーズは生まれていましたが、ミリオンセラーとなったタイトルは1本もありませんでした。

そんな中、2002年11月21日に「ポケットモンスター ルビー・サファイア」が発売され、メガヒットを記録します。

同作は人気育成RPG「ポケットモンスター」の第3世代にあたるタイトルで、前世代からグラフィックやサウンドが大幅に強化されました。

また、新ルール「ダブルバトル」によって最大4人での通信対戦も実現。

対応機種がゲームボーイからアドバンスになったことでの恩恵を味わえる作りとなっていました。

ユーザーからの期待値も高く、売上本数は発売週から100万本以上を販売。

なんと、発売週の時点でアドバンスソフト史上最高の売上を記録します。

その後も順調に売上を伸ばし、最終的な販売本数は544万本を記録。

アドバンスソフトの中ではダントツで高い売上を記録しました。

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2003年:新境地を開拓!

ゲームボーイアドバンスSPが発売

2003年2月14日。任天堂はアドバンスのマイナーチェンジ機、ゲームボーイアドバンスSPを発売します。

本ハードで特徴的なのが、折りたたみ式の形状を採用し、よりスマートなデザインになったことです。

当時は折りたたみ式の携帯電話が普及していたので、その流れを携帯ゲーム機に持っていこうとしたんですね。

液晶にはフロントライトを採用。

従来の携帯ゲーム機よりも画面が見やすくなり、暗い部屋でも遊べるようになりました。

電源は内蔵リチウムイオンバッテリーを付属のACアダプターで充電する形式に刷新。

乾電池を買い足さずにゲームを楽しめるようになりました。

この流れは後に発売されたニンテンドーDSにも引き継がれたので、SPはアドバンスのマイナーチェンジ機ではありますが、任天堂の携帯ゲーム機の歴史を語るうえでは欠かせないモデルだったりします。

アイデア勝負のゲームが大ヒット!

2003年3月、「メイドインワリオ」という新たな人気シリーズがアドバンスから誕生します。

本作はミニゲーム集ではありますが、

  • 5秒以内に終わる点
  • ランダムで挿入される点
  • 内容がシュールである点

などが当時としては画期的で、累計62万本を記録するほどの大ヒットとなりました。

その後も「あつまれ メイドインワリオ」「まわるメイドインワリオ」「さわるメイドインワリオ」などの後継作を続々と発売。

ワリオの新たな人気シリーズとして定着しました。

本シリーズで特筆したいのが、アイデア勝負のゲームであることです。

2003年当時、家庭用ゲーム市場では重厚長大の流れが進んでいました。

グラフィックはより美しく、繊細に。

ゲームシステムはより複雑に、ボリュームはより多くすることが求められ、ゲームソフトの開発費が高騰化していました。

「メイドインワリオ」の場合、重厚長大とは真逆の路線で、

グラフィック・ゲームシステムはシンプルで。ボリュームは控えめ。だけど充実感はある

という、当時のゲーム業界に一石を投じるような内容でした。

元々、任天堂はゲームが重厚長大していく流れを危惧しており、アイデア勝負のゲームが売れる土俵を作ろうとしていたんですが、本作はそんな任天堂を象徴とするようなタイトルです。

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2004年:携帯機市場にパラダイムシフトが巻き起こる!

ポケモン本編が2タイトルも発売!

まず発売されたのが「ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン」。

本作は「ポケットモンスター 赤・緑」のリメイク作で、グラフィック・システムが「ルビー・サファイア」基準になり、大幅に強化されました。

また、チュートリアルやクリア後の要素も強化。初心者から上級者までが楽しめる内容となりました。

続いて発売されたのが「ポケットモンスター エメラルド」。

本作は「ルビー・サファイア」のマイナーチェンジ版ではありますが、「バトルフロンティア」というクリア後のやり込み要素が凶悪で、多くの廃人プレイヤーを生み出しました。

2タイトルに共通して言えることは、アドバンスの新たな周辺機器、「ワイヤレスアダプタ」に対応していることです。

「ワイヤレスアダプタ」は当初、「ファイアレッド・リーフグリーン」に同梱されていたんですが、この機器を活用することで無線通信が可能になりました。

無線通信機能は後に発売されたニンテンドーDSでは標準搭載されたので、携帯ゲーム機の過渡期を象徴するような周辺機器と言えますね。

ファミコンミニが大ヒット!

2004年2月14日、ファミコンミニシリーズが展開されました。

同シリーズはファミリーコンピュータ生誕20周年を記念したもので、

  • アドバンスでファミコンの人気タイトルを遊べる点
  • 当時のパッケージをミニチュア化した箱にカートリッジが同梱されている点

などが特徴となっています。

そんな「ファミコンミニ」シリーズですが、予想以上の大ヒットとなり、「スーパーマリオブラザーズ」に至っては100万本以上を販売しました。

大ヒットの背景にはレトロゲームブームというものがあります。

当時はレトロゲームにも需要が集まっていました。

お笑いタレントよゐこの有野晋哉が懐かしのゲームに挑戦する番組「ゲームセンターCX」の放送が始まり、ファミコンの廉価モデル:ニューファミコンがコンスタントに売れているような状況でしたからね。

「ファミコンミニ」はそんな需要とピッタリハマり、発売された30タイトルのほとんどがヒットを記録。

人気シリーズがリメイク・復興される流れを生み出します。

急速に移り変わる携帯機市場

ファミコンミニのブームが巻き起こるなか、携帯機市場が急速に移り変わろうとしていました。

大きな要因となったのがニンテンドーDSとプレイステーション・ポータブルの発売です。

当時の携帯ゲーム機市場は任天堂の一人勝ちと言えるような状況でした。

そんな中、ライバルのソニーは携帯ゲーム機市場に参入すると発表。

プレイステーション・ポータブル。略してPSPを2004年末に発売します。

同ハードはゲームボーイアドバンスを遥かに上回るほどの描写能力を持っており、あのPS1とPS2の中間に位置するほどの性能を誇りました。

ゲーム機の売上は性能の高さでは決まらないとは言え、相手は当時、絶大な人気を誇っていたプレイステーションの携帯機です。

アドバンスにとっては圧倒的に不利な状況でしたが、任天堂も黙ってはおらず、同時期には新型ゲーム機「ニンテンドーDS」を発表。

アドバンスから性能が向上したことに加え、2画面、タッチスクリーン、マイク、ワイヤレス通信機能も搭載しているとアピールします。

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2005年:DS発売後も延命策を図るが…

DSやPSPが発売されて存在感が薄まってしまったアドバンス。

しかし、任天堂はアドバンスの販売にも力を入れていき、DSの発売後も

  • 傾きセンサー内臓の「ヨッシーの万有引力」
  • アドバンスが携帯音楽プレイヤーになる周辺機器「プレイやん」
  • マイナーチェンジ機「ゲームボーイミクロ」
  • シンプルな映像とテクノ風のBGMが特徴的な「bit Generations」シリーズ

などの意欲的なソフト・周辺機器・新モデルを発売します。

特に「ゲームボーイミクロ」は初期のアドバンスを小型化したスマートなデザインが注目を集め、一部では任天堂の携帯ゲーム機史上最高傑作と言われるほど高い評価を得ることができました。

が、DSはそれ以上の注目を集めていたので、アドバンスの存在感は徐々に薄まっていきます。

当初、任天堂はDSとアドバンスを共存させていく意向でしたが、DSが大ヒットしたことで考えが徐々に変わったのでしょうか?

発売タイトルは目に見えて減っていき、2006年のE3ではアドバンスの後継機はしばらくないことを発表。

DSが事実上の後継機となります。

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2006年:最後のヒット作が誕生!

アドバンス発売から5年を迎えた2006年。

この年には31本の新作が発売されました。

これは2005年の79本。2004年の185本と比べたら大幅な下落だったりします。

新作の発売も2006年11月30日発売の「ファイナルファンタジーVI アドバンス」を最後に途絶えてしまい、アドバンスの市場は急速に縮小していきました。

そんな中、2006年には任天堂から2本のヒット作が誕生します。

1本目は「MOTHER 3」。

本作は現代風の世界を舞台にしたRPGシリーズの3作目で、章立てのストーリーが特徴となっています。

当初はN64ソフトとして発売される予定でしたが、開発は難航。

紆余曲折を経て、発表から実に9年もの時を経てアドバンスで発売されました。

そんな背景があることもあって発売週から20万本以上を販売。累計売上は36万本を超えました。

2本目は「リズム天国」。

本作は音楽のリズムに合わせて対応するボタンを押していくゲームで、いわゆる音ゲーに近いシステムを採用しています。

特徴的なのが、マーカーなどの表示がなく、様々なシチュエーションが用意されていることです。

その影響でミニゲームのような感覚で楽しむことが可能で、

  • 「メイドインワリオ」スタッフによるコミカルな演出
  • モーニング娘。で知られるつんくさんが手掛ける楽曲の良さ

と相まって口コミで人気が広がっていき、最終的には32万本の販売を記録しました。

後にDSで発売された続編の「リズム天国ゴールド」に至っては191万本を販売。一躍、人気シリーズに成長します。

どれもこれも初代「リズム天国」があったからこそだと思うので、アドバンスは最後の最後で大きな功績を残したと言えるのではないでしょうか?

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2021年:発売20周年

2021年3月21日。アドバンスが発売されてから20年を迎えました。

その生涯は携帯ゲーム機の過渡期に発売されたこともあって約5年と短いものでしたが、近年は再評価され始め、専用ソフトの販売価格は高騰化。

「牧場物語 再会のミネラルタウン」「ポケモン不思議のダンジョンDX」など、アドバンスソフトのリメイク作が増えていき、TwitterなどのSNSでは当時、子供だった方々がアドバンスのソフトを懐かしそうに語る流れが加速しています。

何故、アドバンスは再評価されたのでしょうか?

要因としては3つあると思っています。

1つめは、アドバンスのソフトを遊べる環境が減ってきていることです。

アドバンスソフトの一部はWii Uバーチャルコンソールで配信されましたが、Wii Uは2017年1月31日に生産が終了してしまいました。

一応、今でもWii Uの入手は容易ではありますが、同ハードの注目度は低く、アドバンスソフトを遊べるという事実は意外と知れ渡っていません。

そういった事情もあってアドバンスソフトの販売価格は徐々に高騰化してきており、そのニーズを掴むためかアドバンスソフトのリメイク作が増えてきています。

代表的なのが「牧場物語 再会のミネラルタウン」や「ポケモン不思議のダンジョンDX」。

ですが、それ以外にも「逆転裁判」や「ロックマンゼロ」は何度も移植作やリマスター版が発売されていきましたし、隠れた名作と名高い「ユグドラ・ユニオン」の先日、Switch版が配信されました。

アドバンスでしか楽しめないタイトルはまだまだ多いので、今後もリメイクや新作の発売が期待できます。

2つめは、当時、子供だった世代が大人になり、発信力を持ったことです。

アドバンスは当時の小中学生を中心に人気を博していました。

あれから20年。当時、小中学生だった子供は立派な大人になり、ネット上で発信する力を身に付けています。

かくいうぼくもその1人で、今ではYouTubeやブログなどを通じてアドバンスの話題を発信することができるようになりました。

今回の記事・動画もアドバンスが再評価される流れをさらに加速させることを目標に制作しています。

3つめは、インディーズゲームの台頭によって2Dゲームに注目が集まっていることです。

アドバンスが現役だった頃は据え置き機の3Dゲームが主流だったこともあり、2Dゲームは時代遅れという見方もありました。

一方、近年は「アンダーテール」「ホロウナイト」「セレステ」など、数え切れないほど良質な2Dゲームがインディーズから生まれています。

そういった流れがあることから昔、発売された良質な2Dゲームを発掘する流れが加速してきており、2Dゲームが豊作なアドバンスにも注目が集まっていると思うんですよね。

当時は埋もれてしまったアドバンスソフトも、リメイクなどで改めて発売したら当時よりも評価されるかも知れません。

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全体のまとめ

ここまでアドバンスの歴史を振り返っていきました。

アドバンスの生涯は携帯ゲーム機の過渡期に発売された関係で短いものでしたが、発売されたタイトルの中には良作も多く、今、遊んでも楽しめます。

「逆転裁判3」「ロックマンエグゼ3」「リズム天国」「メイドインワリオ」。

今回は紹介できませんでしたが、「ボクらの太陽」「キャッスルヴァニア 暁月の円舞曲」「ロックマンゼロ3」「ファイアーエムブレム 烈火の剣」など、今でも通用するほどの良作を生み出してきました。

後世にもこの良さを伝えるため、Switchなどでアドバンスソフトを展開してほしい。

今はそう思っています。

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本記事の動画版

 

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  1. mon より:

    手のひらにSFCを持ち込めるというのは衝撃だった
    今見ると初代は滅茶苦茶暗いけど、電源入れたときに出てくるロゴがカラフルでお気に入りだったなー

    • kentworld より:

      ポケットSFCは当時としては凄い魅力的でしたよね!

      初めて電源入れた時はカラフルなアイキャッチに感動しました!w

  2. 匿名 より:

    スワンクリスタルは後継機とはまた違うのではないかと

  3. むぐお より:

    個人的にはgbaは大好きですね
    シンプルだしドラキュラシリーズやメトロイドやFEなど名作も多く結構はまりました
    gbaで驚いたのは3d表現ですね
    当時でドライバー3ってゲームがオープンワールドになっていたのに驚きました
    バイオハザード2もデモかなんかで動いてるのをみたことがあります

    • kentworld より:

      何気にロンチの時点で悪魔城ドラキュラが出ているんですよね。

      2Dのメトロイドも2作出ていますし、今となってはリアルタイムでプレイするべきだったと思っています。

      当時は3Dゲーム至上主義だったもので・・・w

      ドライバー3はどこかで見たことありますが、GBAなのに無茶し過ぎですねw

  4. 匿名 より:

    アドバンスSPのバックライト機能は個人的には衝撃的だったなぁ
    布団の中でも遊べるキャッホォォと思ってそのまま寝落ち→親に見つかり叱られるorセーブせずに充電切れ

    イヤーいい思い出だなー()

    • kentworld より:

      今思うとGBASPは歴史の残る名機でしたね。

      ってそんな思い出があったんですか・・・w なんとも微笑ましいw

  5. ベベベリ より:

    通信ケーブル、懐かしい響き!

    スクウェアの任天堂ハード復帰、発売中止となったMOTHER3の復活などもありましたね。

    ソフトでは他にもボクらの太陽みたいな携帯機らしいユニークなものも。

    • kentworld より:

      書き忘れていましたが、ポケモンのリメイクからワイヤレス通信対応の周辺機器が出てきたんですよね。

      スクウェアやMOTHERの件も触れておきたかったw

  6. y.crash より:

    GBAはかなり需要あるんでいまだに保有してます。
    GBの互換があったのでGBを手放しても大丈夫でしたし、GBAソフトも実は結構やっていたんで。
    GBAでは初めてやったのはポケモンだったんですよ。
    ちょうどルビーサファイアです。ポケモンで一番ハマったシリーズだったんで。
    クラッシュももちろんやりましたよ。日本で発売されたクラッシュのアドバンス全部。
    ワリオ様はワリオランドアドバンスはしっかりとやりましたんで。
    他にもハム太郎や牧場物語、アニスのアトリエとか。
    自分の中だと一番任天堂のゲーム機で使ったゲーム機ですね。
    未だにSPは現役ですし。

    ミクロは買おうかとも思ったんですが、GBとの互換がないっていうのがどうにも手を出しにくい部分だったんですよね・・・。
    って、前にも互換機能があれば嬉しいって言ったこともありますけど、GBA時代からすっごい重視してたんですね自分・・・。

    • kentworld より:

      GBAはGBソフトもプレイ出来ることから今でも残す価値がありますよね!

      GBAで初めてプレイされたのはポケモンでしたか。世代的にも直撃だったのかな?

      そうそう、クラッシュが進出したことも当時は衝撃的でした。

      ワリオと言えばメイドインワリオの他にもワリオランドの新作もGBAで出ましたね。

      ミクロはぼくもイマイチ惹かれなかったんですが、最近はインテリアとして惹かれるようになりました。

      なるほど・・・この頃から互換を重視されていたんですねw 筋が通っています。

  7. アカリョシカ より:

    GBAとか懐かしいなー。
    去年17年ぐらい使ってた初代GBAのブラックの本体が動かなくなってしまったw
    中古でGBASPを2台買ったから別にいいんだけどね♪

    この頃確かゲームからちょこっとだけ離れてた時期だけど、発売からちょっと経ってからお年玉で本体とマリオアドバンス2とマリオカートアドバンス買ったなー。
    今見ると画質悪いけど当時は携帯機でSFCのゲームが出来るってことでウキウキだったw

    ポケモンルビーサファイアは前作の金銀クリスタルと互換が無かったのと、今までのポケモンのほとんどが出てこない(データは存在してるけど改造以外でゲットできない)ってのを聞いてたから、ポケモン好きだったけどスルーしたなー。
    ファイアレッド・リーフグリーンで復帰したけどねw
    あとそのあとに中古でサファイアも買った。

    ここに名前上がってないから多分そこまで売れてないんだろうけどw、マジカルバケーションにめっちゃハマってプレイしてたなー。
    他にもマザー1+2とマザー3も好きだったな。
    特にマザー2は5週ぐらいしたw

    サード製の2~4人用の通信ケーブルを持ってたから、マリカとマリオアドバンス(乱闘)以外にもボンバーマンやぷよぷよの対戦をよくやってたなー。
    高校のときの数学の時間にw

    なんだかんだで俺の中で歴代3~5位ぐらいによく遊んだゲーム機だったと思う。
    あと初代GBAは携帯機部門においてはL・Rボタンの押しやすさ1位だと思うわ。

    • kentworld より:

      この頃はゲームから少し離れていましたか。

      ぼくも冷めかけていた時期でしたね~。やっぱりそういう時期ってあるんだと思います。

      当時のワクワク感は忘れられませんよね!SFCクラスのゲームが携帯出来ることにロマンを感じていました♪

      ポケモンはルビー・サファイアで互換を切ってしまったけど、その後は戻ったので良かったです。

      初代のリメイクもファンの回帰に繋がったのかもしれませんね。

      マジカルバケーションは確か30万本も売れていなかったと思います。

      2001年末に発売されてやや埋もれてしまいました。でも、GBAはRPGの名作も多いと思います。

      通信対戦、当時はよくやっていたんですね!

      ぼくは全然やっていなかったので羨ましいですw

      言われてみるとL・Rボタンの押しやすさは大きなポイントかも!?

      うちのGBAは言う事聞かなくなりましたがw

  8. Ryou より:

    GBA特集ktkr!とはいうもののソフト群に初めて
    触れたのはDS発売年である2004年頃になりますね。
    初めて買ったソフトは確かサモンナイト クラフト
    ソード2でしかも発売日に買ったけれど、DSに互換
    が付くという話を聞いてプレイはDSが出るまで我慢
    した覚えがある。その後FE、メトロイド、カービィ、
    黄金の太陽と旧作を漁っていったなぁw

    そういやGBASPもこれまでの携帯ゲーム機の常識を
    覆しましたよね。それはやはり電池式からバッテリー
    に変わった事ですな。多少値が張ったけれども電池に
    対する出費を考えたら安いモンですね。

    最後の名作であるリズム天国は勿論、発売時から
    気になってたけれど購入したのは1ヶ月ほど経って
    からですな。元々曲にあわせてノるのが好きな事も
    あってこのゲームはきっと合うだろうと直感&レビュー
    の絶賛も後押しして買ったら大正解!好きなシリーズ
    としてもTOP5に君臨するタイトルになりますたな。
    Switchとの相性も爆発的に良いし、サイクル的にも
    新作がいつ出てもおかしくないとおもうんだがなぁ。
    出るとしたらこれまで全作品、夏に出てるけれど・・。

    • kentworld より:

      そうだったんですか!?

      そうなると意外なくらい遅いんですね。しかもGBAソフトをDSでプレイされていたとはw

      でも、後追いで色々プレイされたようですね。

      GBASPは今思うとDSの前進とも言えるかなと思います。

      リズム天国はRyouさんにとっては欠かせないシリーズですよね!

      実際、世間でも影響力は大きいと思うので触れていました。

      確かに当時はネット上でリズム天国の絶賛レビューが溢れていた記憶です。

      どのくらいの影響力があったのか気になりますね。

      リズム天国の新作・・・Switchに出したら売れそうな気がします。

  9. 匿名 より:

    バイオレッドっていうとまるでbiohazardな血の色みたいですけど、バイオレットですねw
    GBAってそんな短命でしたっけ?
    個人的には初代の画面が暗すぎるのとデザインが子供向けっぽ過ぎるのと対応ソフトが移植に毛の生えた劣化移植ばかりでイマイチやる気が起きませんでしたね
    (ネオポケばかりやってました)
    そんな流れを急展開させたのがSPの登場
    蓋を閉めて持ち運べるとか当時あまりにも未来的で大人が持ち歩いても全然違和感なくて格好よくて大喜びでした
    GBミクロも小さくてお気にいり
    通勤時にプレイやんでビデオみるのが日課でした

    • kentworld より:

      しまった!バイオレットでしたねw

      GBAは気が付いたらDSに切り替わっていましたw

      当時はネオポケばかりでしたか・・・触れられなくてすみません。

      GBASPのスタイリッシュなデザイン。分かりますよ!ノーマルGBAと比べてもカッコいいですよね!

      この辺りから携帯機のイメージも変わってきたと思います。

  10. タロン より:

    GBA好きには堪らない歴史ヒストリーでした!

    今でこそアドバンスソフトの収集をしていますが、当時はさほど興味もなく
    GBASPのタイミングで買った記憶がありますね

    メイドインワリオや、メトロイドゼロミッションをプレイした覚えがあります

    当時の携帯機は子供のおもちゃの側面が強い印象で
    サードパーティも可愛い絵柄のタイトルが多いですね
    当時小学生の世代には絶大な支持を受けるハードと思います

    一方でPSPやDSは次世代の携帯機として
    発表当時から注目していました

    発売当時は品切が続いて賑わっていたのを覚えてます

    10年ほど前にGBミクロを手に入れてから
    GBAの収集を始めましたが
    手軽で遊べる良作が100円位でザクザク買えちゃう感覚がたのしくなっちゃったんですよねw

    3Dの黎明期を前に、小さなハードの限界まで挑戦した
    2D表現の全盛期となったハードは後にも先にもアドバンスだったなと
    そう思わせるほど魅力的なソフト達が多いハードでした

    • kentworld より:

      ありがとうございます!この記事はタロンさんに直撃するのかなと思っていましたよw

      タロンさんはGBASPのタイミングで手を出されたんですね。

      今でこそ携帯機は大人がプレイしても抵抗ないと思いますが、当時はかなり低年齢層向けでした。

      流れが変わったのはGBASP辺りからでしょうかね。

      PSPやDSの頃は子供っぽいイメージが既に無くなっていたと思います。

      2004年12月は両ハードの発売で盛り上がっていましたよね!PS VS SSの1994年12月を彷彿しました。

      GBミクロは今となっては買わなかったことを後悔していますw リサイクルショップでたまに見かけますが高いんですよねぇ。

      5,000円以内で売っているところを見かけたら買おうかなと思っていますw

      GBAソフトはぼくも最近集めるようになったので安価で買えるのは有り難く思っています。

      そうそう、GBAはほぼ2Dゲームオンリーなので、2D表現の限界に挑戦した作品が多いんですよね。

      そういう作品を探す楽しみがあるのもGBAの良いところだと思います。

  11. ホンマ?トモフミ より:

    おお!GBAですか。
    僕にとってゲーム好きが加速したのがこのゲーム機です。
    当時は幼いながらもゲームボーイの画面は古めかしいと思っていたので、携帯機でスーファミクラスのゲームができる感動は凄まじかったですよ!
    でも買ってもらったのはポケモンルビサファの時期なのでキラーヒットの登場って言われた頃なんですよね〜(^^;;
    父がポケモン好きだったのでその時期にやっと買ってもらえました。

    今考えるとローンチソフトをたくさん展開して旧世代機との互換付きってユーザーには嬉しいけど、メーカー的には売り上げが分散されるし新作ソフトが移植ばかりだとなかなか売れないのでそこが任天堂的には教訓になってしまいましたね。さすがに3DSやWiiUのローンチはGBAとは対照的で逆にやりすぎちゃいましたけど…。

    逆裁は当時、裁判って題材で難しそうだけどなんだか楽しそうって印象でした(小4の頃)

    GBASPがなんだかDSの布石って感じもしました。当時はバックライトがマジでありがたかった。今では当たり前なのがほんとにヤバイな〜。

    当時の任天堂は頼みの綱の携帯機市場もPSに脅かされようとしてたのでDSの時期はほんとに展開が必死だったのが伺えます。当時の任天堂はSCEとの情報戦術も繰り広げてましたねwww

    ファミコンミニ、懐かしい〜!これでファミコンの存在を知りました。初代スーマリを父が買いましたが、完全に自分のものにしてましたよwww
    リンクの冒険のルールが当時、意味わからなかったのはいい思い出(笑)チュートリアルはあって当たり前と思ってたので洗礼をすごく受けましたwww
    当時のケントさんの捻くれはかわいいなぁwww「(当時の)どう森はそんなに売れてないんだよ!察しろ!」って当時の自分だったら口論になってそう。

    GBAは確かに短命でしたね。でも僕は当時小学生の時期だったので、そんなに早くDSに移り変わったと思わなかったなぁ〜。やはり子どものときは時間の流れが遅いですね。いい時期に触れることができたと思います。当時はむしろDSやPSPが後継機がなかなか出ない印象でした。GBAの早い移り変わりに慣れてたのでwww

    今は皮肉なことに3DS、Switch、スマホで3本柱を計画してたらSwitchのあまりにも凄まじいヒットで3DSが今年度で少なくともファーストからの供給が終わろうとしてますね。ゲームボーイ、DSそれにSwitchと大雑把ですが、携帯機の移り変わりを子どもの多感な時期から体験できてよかったですよ!
    願わくばGBAもミニファミコンの流れでなんらかの形で復刻してほしいです!
    GBA/ゲームキューブはマイナーな世代だからこそ注目されてほしいと思います。

    • kentworld より:

      トモフミさんにとってもこの記事は待望だったかなと思います!ようやくGBAを特集出来てスッキリです♪

      ゲームボーイはファミコンと同レベルのグラフィックでしたもんね。

      GBAになってからは2Dゲームをプレイする分には師匠のないレベルになってトモフミさんにも丁度良いんじゃないかと思います。

      ってトモフミさんもポケモンの頃に手を出したんですね。何だかんだでポケモンの影響力は凄いなぁ。

      ロンチは正直食い合ってしまいました。互換性もあったことで需要が分散してしまったんですね。

      3DS/Wii Uのロンチは・・・任天堂だけを見ると控えめだった記憶です。

      逆転裁判はぼくも同じような感じで見ていました。初めて知ったのはニンドリの特集です。当時から光るものを感じていましたが、20年以上も続くシリーズになるとは思いませんでしたw

      GBASPはマイナーチェンジ機とは言え後のDSに大きな影響を与えたと思います。

      DSとPSPの発売初期は火花を散らしていましたよね!

      あんなに必死な任天堂は初めてみましたw

      あのくらいの攻めをまた見せてほしい!ファミコンミニは今となってはミニファミコンと混合しそうですねw

      え?口論になっていそうですか?怖いなぁw 今もそうですが、中二病になると捻くれてしまうんですよw

      今の3DSはGBA末期を彷彿します。やっぱり、方向性が被っていると共存するのは難しいんですね・・・

      GBA世代も大人になったことですし、何らかの形で復刻されたら需要があると思います。

      • ホンマ?トモフミ より:

        父は最初に出るゲームは初期不良があるという持論でなかなか買ってもらえなかったんですよね(^^;;
        なのでDSのときは「タッチ!カービィ」の時期になんとか説得して買ってもらいました。Wiiは母がとても興味深々で発売日に買ってもらえたのはいい思い出です。

        ケントさんは任天堂ファンなので、ファミコンミニを鼻で笑うのはちょっと共感できるところもあるかな。
        正直、ミニファミコンやミニスーファミが出たときは僕も側はともかく気軽に遊ぶなら3DSやWiiUのVCでいいじゃんと思う気持ちもありましたからね。捻くれたくなるのはわかりますよ。

        • kentworld より:

          あぁ・・・初期不良ですか。まあ、あながち間違いではないんですけどね~なんだかもったいない話です。

          DS/Wiiの脳トレフィットネスブームは親に説得する時の心強い味方でしたよねw

          ファミコンミニを鼻で笑っていたのはマウントを取るためだったのもありましたw

          でも、ミニファミコンやミニスーファミもそうですが、これらはインテリア的な付加価値が大きいことを最近になって理解できましたw

  12. ほにょ より:

    GBAは名機でしたよね。確かにリメイクや移植も多かったけど、オリジナルの名作もたくさんありましたし、SFCの時代以来市場のメインストリームから外れかけていた任天堂に、本来ありうべき姿を取り戻させたハードだったと思います。

    加えて据え置き機が洋ゲーの価値観に蹂躙されていく中、ドメスティックな2Dのゲームの最後の砦って感じもしました。他の方もおっしゃっているように旧ゲームボーイのソフトも遊べたし、ほんとに使い勝手のいいハードでしたね。

    だから、そういう互換性を削ってまでSPとかミクロとかを矢継ぎ早に出したのは解せなかったです。そこまでしてハードの買い換えを促す必要があったのかと。そこは大任天堂らしくどっしり構えていてほしかった。専用バッテリーよりも乾電池の方が入手も簡単ですし。

    だから、本当にDSって出す必要あったのかな?と思うんですよ。もしDSが出ていなかったらアドバンスは10年選手で行けたと思う。それぐらいの長いスパンを見据えた、日本の携帯ゲームのスタンダードになるハードだったと思うんですけどね。PSPがどうこうじゃなく、任天堂が自分で終わらせちゃった感じが拭えないんですよ。

    思い出深いソフトはいろいろありますけど、桃太郎まつりに始まって、スウィートクッキーパイ、ロボポン2、おしゃれプリンセス、ハチエモン、青の天外…でも桜国ガイストは別格かもしれません。

    • kentworld より:

      オリジナルの名作も徐々に増えていきましたよね。

      SFCが好きな人って多いので、そんなエッセンスが詰まったGBAはかなり魅力的だと思います。

      仰る通り2Dゲーム最後の砦みたいな感じでしたね・・・DSに入ると半分くらいは3Dゲームになってしまいましたし。

      任天堂はDSでもDSiからGBAの互換性を切っていたんですよね。新型はコストがかさむから優先順位が低い機能をカットしてしまうんだと思います。

      DSが出た頃の任天堂は必死だったんですよ~。携帯機市場の牙城だけは崩されたくないと。そんな想いをDS初期の施策を見て思いました。

      任天堂にとってPSPの存在はかなり大きかったんじゃないかと思います。

      そして、最後にはまたまた気になるタイトルの陳列どうもですw

  13. jb より:

    GBASPは個人的にかなりお気に入りの携帯機です。充電式で電池いらず、バックライトで画面が見やすい、GBとの互換有り、この三つが好きなポイントです。買ってしばらくはGBの旧作ソフトで遊んでました。画面が明るいと古いソフトでも新鮮に遊べましたね。

    新作で一番プレイしたのはFFTアドバンスですかね、FFTが携帯できると知ってすぐにSPセットを買ったなー。当時はコンビニで買えたんですよね、ゲーム機が。内容は正直思ってたのと違ったけど(縛りプレイを強要するようなゲーム)、時間を忘れてプレイしてました。充電もかなり長い時間持った記憶があります。

    • kentworld より:

      GBASP、人気ですね!

      GBとの互換はDSにはないので、そのうえで画面が見やすいとなったら大きなポイントかも。

      確かに画面が明るいと古いソフトも新鮮で楽しみやすいです。

      お気に入りのゲームはFFTアドバンスですか。当時、話題になっていましたもんね。

      ぼくは同系統のゲームではタクティクスオウガ外伝を楽しんでいた記憶です。

  14. 匿名 より:

    当時は携帯機と据置機の間の壁が一気に薄くなったような感覚がありました。SFCソフトの移植達成と32000色のカラー液晶はそれだけ衝撃的でしたね!
    個人的にはDS系列よりもSwitchに近い感じがします

    ただ半端な古さのハードなので実機以外で遊べるソフトがあまりないのは困りものですね……
    変にアンバサダーP対象者への誠意(?)を見せずにさっさとGBAのVC化を推し進めてほしかった

    • kentworld より:

      同時に表示出来る色の数がGBから飛躍的に増しましたもんね!

      そろそろSwitchにもGBAのソフト資産を活かせる環境を本格的に作ってほしいところです。

  15. KA より:

    発売年の年末にGBAを買いました、専用ソフトよりGBの互換に惹かれていてどちらかと言うとGBソフトをプレイしてたことが多かったです、GBAでふしぎの木の実をプレイするとちょっとした特典もありましたね。本体と同時に購入したマリオカートをプレイしてGBからかなり進化したことに驚きました、SFCと素っ気ないゲームを持ち運べる時代になったと。
    現役時の購入タイトル数は3本でしかも3本ともマリオシリーズでした、この頃はコンシューマーゲームから離れ始めてきた時でしたから。なので所持していた任天堂ハードの中で思い入れは薄めでした、見逃した名作も多くありそうなので余裕が出来てきたら中古のソフトやVCを探ってみてみたいと思います。

    ファミコンミニはバーチャルコンソールの前身みたいなだけでなくてファミコン20周年の企画の一つとしても捉えられましたね、ファミコンカラーのGBASPもありましたし、ミクロのファミコンモデルはちょっと欲しいなと思いました。

    実はSPは6年前に中古で手に入れました、明るさは今の基準だと無いよりマシでしたが発売当時は衝撃的だったんだなと思いました。充電式になったのもこのモデルからでしたから上記のライトと合わさって最近まで続いた携帯機の時代到来の前兆にも感じられます。

    当初DSはGBAと別路線とされていたのかDSが出た後もGBAに関してもテコ入れしてたのですね、それでもDSの大ヒットで結局はGBAの次世代機になってしまいましたが…この関係は今のswitchと3DSの関係に似てる気がしました。

    • kentworld より:

      KAさんも当初はGBの互換メインでプレイされていましたか!

      そうそう、ふしぎの木の実はGBAでプレイするとちょっとした特典があったんですよ。

      ああいう仕掛けは良かったですね!

      本体と同時に買われたのはマリオカートでしたか。そして現役時に買われたソフトはすべてマリオ関連だったとは。

      見逃した名作はまだまだ沢山あると思います。今は安価で買えるので余裕があれば是非!当ブログでもおすすめ特集とかしたいですねー♪

      ファミコンミニは20周年の一環みたいなもので単発の予定だったところを好評のため第2弾第3弾と続けて行ったんですね。

      バックライトもこの10年間にだいぶ進化しました。

      今のバックライトに慣れるとGBASPでも暗く感じますね。今の3DSは末期のGBAと激しく被ります。

      願わくば3DS末期を飾る名作が任天堂から発売されることですが・・・

  16. 読者 より:

    中二だった2001年に発売され、高二の年末2004年にDSにバトンタッチする。そんな自分の一番多感だった学生時代にガッツリ直撃の世代(笑)
    自分にとって一番思い入れのあるハードです。
    記事を読んで、またコメント欄の熱い意見を見て自分も色んな事を思い出しました。当時のニンドリは月2回発行でDVDや体験版がオマケに付いてきてたなぁとかカードeのポケモンカードやぶつ森のカード集めてたなぁとか。あとspのライトの便利さは衝撃でした。GBAミクロの高級感、モノとしての所有欲を満たしてくれる存在感も素晴らしかった。当時遊戯王にもハマってたので特典カード目当てでソフトも買ってたな~w

    大人になってからGBA名作でググって、評判の良いものを収集してる時期がありました。FEやカービィもこの時期の完成度高いんですよね。ぴちぴちピッチとかデジキャラットのキャラゲーもすごく完成度高くて今遊んでも面白いです。リヴィエラ、ネットサル、桜国ガイスト、キャラバンハート、どーもくん、キンハーチェインオブメモリーズ…ほんと学生がワクワクする作品が多かったです。

    今GBAソフトを買うと感動するんですよね。紙製の箱にソフトと一緒にちゃんと取説も入ってる。こんなの当たり前のことだったのに。これからの若い人は生まれた時にすでにPS4があるような世代だけど、フロントライトが付いたってだけで感動してしまった世代もいたという事も憶えていてあげてくださいw
    スマホ画質に慣れてる世代が今見たら「なにこのグラ?粗すぎ」みたいに思うかもですが、当時を実際に生きてた人にだけ実感できる思い入れみたいなものがあるんですよね~。

    • kentworld より:

      そうなると、思春期真っ只中の時期に発売されたんですね!

      って一番思い入れのあるハードだったんですか!?

      コメント欄ではかなり熱い書き込みが多くて改めて本ハードの根強い人気を実感しました。

      カードeも集められていたんですか!?

      ニンドリも読まれていたとは・・・かなり熱心に楽しまれていたことが伝わってきます。

      GBAソフトの完成度はぼくも最近になって再評価しています。

      2Dゲームの究極を目指していると言うか、特にカービィをプレイしてそんな気がしました。

      それにしても、キャラゲーにも色々手を出されていたとは!?デ・ジ・キャラット懐かしいですw

      紙製の箱に説明書の組み合わせはGBAやGC辺りが最後なんでしょうかね・・・今はプラスチックケースで説明書なしだから時代の流れを感じますw

  17. Conker the Squirrel($皿$)💵 より:

    GBAは発売日に買いましたが、対応ソフトは買いませんでした。
    何故かと言うと同時期に発売されたGB「ゼルダの伝説 ふしぎの木の実 大地の章」を買ったからです。
    ↑自分もです。GBAでプレイするとショップアドバンスが開き、特別なアイテムを購入することができたんですよね。
    VC版ではGBC扱いなのでショップアドバンスが開かないのが残念でした(泣)。
    プレイするならやっぱりオリジナル版ですよ。
    まあセーブするには中の電池を交換しなければならないんですけどね(泣)。
    懐かしいGBAは名機で名作神ゲーが多く面白かった。
    本体はGBAバイオレット、SPファミコンカラー、『MOTHER3』特製ゲームボーイミクロを買いました。
    ソフトは、
    ファミコンミニシリーズ
    ハドソンベストコレクションシリーズ
    スーパーマリオアドバンスシリーズ
    星のカービィシリーズ
    メトロイドシリーズ
    MOTHERシリーズ
    F-ZEROシリーズ
    ロックマンエグゼシリーズ
    ボクらの太陽シリーズ
    遊☆戯☆王 ダンジョンダイスモンスターズ
    マリオ&ルイージRPG
    マリオカートアドバンス
    カスタムロボGX
    レア社の
    バンジョーとカズーイの大冒険〜グランティの復讐
    バンジョーパイロット
    Sabre Wulf
    It’s Mr. Pants
    をプレイしました。
    http://n-styles.com/image/pamphlet/nsw2001_03.jpg
    レア社は任天堂を離れマイクロソフトに異動した後も、任天堂のGBAソフトを作っていたのは驚きました、この4つは日本未発売で海外のみ発売のGBAソフトです。
    なんで日本はこんなに発売中止のレア社ゲームが多いんせしょうか不思議でしょうがないです。
    レア社好きの日本人にとっては本当にガッカリですよね。
    GBC、N64、GBA、DSの一部のソフトで、日本未発売タイトルが多過ぎる(怒)。
    GBAケーブルはゲームボーイプレイヤーでゲームボーイアドバンスをコントローラとして使ったり、メトロイドプライムでメトロイドフュージョンと連動したり、カスタムロボ バトルレボリューションでカスタムロボGXと連動したり、風のタクトでチンクルシーバーでリアルファイトになったり、ロックマンX コマンドミッションでトレジャーナビを使ったり必須アイテムでした。
    ゲームボーイプレイヤーは当時はGB、GBAソフトを大画面で遊べるのは凄く感動しました。
    欠点はスーパーゲームボーイ対応のモノクロソフトは、ただの非対応ソフトと同じ扱いになり専用フレーム無し、汎用カラーになってしまいます。
    後発機なんだしスーパーゲームボーイの機能は搭載してほしかったです。
    今はレトロフリークなどいろんな互換機があるいい時代になったものです。

    • kentworld より:

      Conker the Squirrelさんも当時はゼルダに夢中だったんですねw

      バーチャルコンソール版はぼくも買いましたが、そう言えばアドバンス専用の部屋が開かないんでしたっけ・・・ここはちょっと残念ですね。

      購入タイトルの陳列をありがとうございます!こうしてみると守備範囲が広い!

      レア社のゲームは欠かせませんよね!ぼくも見つけたら買いたいな~特にバンジョーとカズーイの大冒険は気になりますw

      本当に何故日本では発売しなかったのか理解に苦しみますよ~。

      GBAケーブルは4つの剣+が安売りして沢山買ったので数だけは持っています。

      ぼくは「どうぶつの森+」の連動が思い出深いかな~♪

      ゲームボーイプレイヤーはGBAソフトをTVでプレイ出来るのは良かったんですが、オマケ要素は地味でしたね。

      おそらく、余裕がなかったんだと思います。

  18. 匿名 より:

    スワンクリスタルは2002年だからちょっとずれてるんじゃないですかね?

  19. かにきめら より:

    私としたらGBAと言ったらマジカルバケーションですね
    ハード一年目でドットグラフィックが最高レベルまで到達してしまった
    あとは通信ケーブルがラストになりました、今では通信技術の進歩でワイヤレス当然ですがあのケーブルを介しての通信も楽しかった

    他のソフトではメトロイドフュージョンやスパロボとかも思い入れ深いですね

    ただ操作キーにSFCで言うYとXに相当するボタンがなかったのが移植とかではネックになっていた気がしますね、音質もソフトによって差がつくのも致し方なかったでしょうか?

    wiiUだけでなくなんとか3DSとかでもVC配信してほしかったですね。

    • kentworld より:

      マジカルバケーションのグラフィックはブラウニーブラウンの作風がとても良く現れていますよね!

      キャラクターデザインといい、あのほんわかした雰囲気は惹かれます♪

      そう言えば通信ケーブルの無茶な要素もありましたっけw

      GBAってXYボタンがなかったんですよね。そこは移植の際にネックだったと思います。

      音質もSFCと比べたらイマイチで完全な移植作は難しかったんですよね・・・今となっては移植度を比較する楽しみもありますが。

  20. がは より:

    クリエイターが表現したいことを100とすると、ハードがそのうち20くらいしか実現できないほうが、かえって面白さの本質だけを抽出し、それ以外のぜい肉をそぎ落とすこともあるんですねぇ。

  21. A・T より:

    GBA懐かしいですね!当時プレイしたときは、進化したグラフィックなどに近未来感を感じていましたね~。
    GBASPは見た目がかっこよくてお気に入りのハードでした。

    当時発売されていたソフトの中でも、スライムもりもりドラゴンクエストは一番のお気に入りでした。ゆるい世界観とかわいらしいモンスターたち、分かりやすいアクションの本作が大好きで、友達と通信プレイしたり、授業ノートにスラもりのモンスターたちを描き込んでたりしていました(笑
    あとはMOTHERシリーズにもこのころからはまりましたね。MOTHER1+2とMOTHER3は何周したかわからないほどやり込みました。
    それとファミコンミニが発売されたときにゼビウスをプレイしたのですが、旧作とは思えないほど面白かったですね。ただ、ボスのアンドアジェネシスによる弾幕攻撃が当時の幼い自分には厳しくて、何度やられたことか…。今でもあの弾幕はトラウマです…
    GBAにはいろいろな思い出が詰まっていて、今でも好きなハードですね。

    • kentworld より:

      GBAって21世紀に発売された初のゲーム機なんですよね。そういう意味でも次世代感がありました。

      スライムもりもりドラゴンクエストを気に入られていましたか!?

      あのゲーム、ぼくも気になっていたんですが、3しか手を出していないんですよ~。

      1もプレイしてみたいな♪

      MOTHERがGBAで復活したのは印象的でした。3はN64で予定されていたものの中止になってしまいましたからね。

      ファミコンミニではゼビウスをプレイされていましたか!?

      シューティングゲームのボスって怖いですよね・・・いやらしい攻撃をしてきたり、見た目が凶暴だったりして。

  22. らす2 より:

    我が青春のロックマンエグゼ、ゼロとかなり楽しませてもらった想い出深いハードです。
    ただやっぱり移植作や互換性のせいで当時から真新しさに欠ける印象でしたね。
    この時期はやっぱりPSPの登場が大きかったですね。

    • kentworld より:

      ロックマンエグゼとゼロが生まれたのもGBAなんですよね。

      GBAは派手さという意味では地味な感じがしました。

      それだけこの頃は時代が急速に移り変わっていたんですね。

      GB→GBA→PSPと僅か5年の間にここまで進化するとはw

  23. ジョエリー より:

    初めて手にしたゲーム機がGBAだったので、とても思い出深いハードですね。
    ただ持っていたソフトがポケットモンスタールビー一本だけだったので、文字通り専用機になってました笑
    それでもルビーを何周もプレイして何回も殿堂入りして何百時間も楽しめたので、大好きなゲーム機です。

    • kentworld より:

      専用機でも1タイトルの重みがあれば満足出来る。

      それを実感させてくれるコメントだと思います。

      実際、そういう方は多いのかもしれませんね。

  24. くっぞこ より:

    こんにちは。
    GBAは発売日に手に入れましたが液晶が暗かった印象が強いですね(笑)
    当時会社の寮に住んでいたんですけど、
    天井が高い部屋だったので照明が暗く、
    部屋で遊ぶには見づらかったです(笑)
    逆転裁判の1作目は、まだゲームを予約して買う習慣が無い頃で
    近所のお店に売って無くて、たまたま入った近所のセブンイレブンの
    レジのところに置いてあって驚いた記憶がありますね~(笑)

    • kentworld より:

      あぁ・・・そうなるとプレイするのが大変そうですね。

      かと言って外でもプレイしにくいですし・・・

      携帯機にバックライトが標準搭載されて本当に良かった!

      セブンイレブンのレジで逆転裁判が販売されていた頃があったんですね。

  25. りんご より:

    ゲームボーイアドバンスなぜかファイナルファンタジータクティクスに嵌っていた思い出です。ラジオドラマを当時やっていてそれも楽しみにしていたなーと…3D酔いする自分にはこの頃の方が制約なく楽しめてた気がします笑
    KH3ラプンツェルに入りました。トイボックスすごいですね!最初のゲームの宣伝がかっこよすぎてわーってなりましたw

    • kentworld より:

      ファイナルファンタジータクティクスにハマっていましたか!?

      3Dゲームって3D酔いがネックですもんね。確かにGBAでは2Dゲーム中心で酔いに悩まされることはありませんでした。

      キングダムハーツIIIはそこから凄いワールドがどんどん出てきます。トイ・ボックスのCMはカッコ良すぎておおおお!と叫んでしまいましたよw

  26. ワタ より:

    ゲームボーイアドバンスは自分史上一番発売日が待ち遠しかったゲーム機でした。2000年のニンテンドースペースワールドで初めて一般公開されたときに、実際にプレイしてGBCからのあまりのグラフィックの進化に衝撃を受け、これが次世代機のパワーか、と感動したものです。もちろん発売日に購入したのですが、グラフィックの進化もさることながら、サウンドの進化も印象的でしたね。
    GBAって、今となってはイマイチ歴代の任天堂ハードの中で地味な印象ですが、自分にとっては色々と思い出深いハードです。

    • kentworld より:

      おお!ニンテンドースペースワールド2000に参加されたんですか!?

      いいなぁ・・・そうそう、その場で初お披露目されて話題になっていたんですよ。

      ぼくはニンドリで雰囲気だけ味わっていましたw

      GBAの一生は短かったけど、濃い人生でしたね。

  27. グリグラ より:

    当時買ってほしくても買ってもらえず、友人が毎年新しいロックマンエグゼをプレイしていたのを眺めていた羨望のゲーム機でした。ゲームボーイアドバンスの話となるとその友人の顔とロックマンエグゼが思い浮かびますw

    • kentworld より:

      なんだかぼくにとってのスーパーファミコンと激しく被りますねw

      スーパーファミコンはなかなか買ってもらえず友達の家で指を加えてスーパーマリオワールドを眺めていましたからw

  28. より:

    このゲーム機で持っていたソフトは、マリオアドバンス1、カービィ夢の泉、大迷宮、ファミコンミニの初代マリオでした。当時は色付きの画面に夢中になりました。まだ画面は明るくなかったので、照明の下に画面を持って行って見易くしたり、電池が切れそうになったら何度も入れ替えてみたり(笑)
    妹が欲しがったゲームとして、スタフィーがありました。初代です。当時一緒に遊び、ハマグリのキャラの敵キャラ解説に笑ったり(笑)
    初代PSで発売されたアトリエの派生作品が一つ出てもいたハードです。ワンダースワンで発売されたゲームの続編でした。当時はまだアトリエは完全な万人向けっぽいイメージも有るような感じでしたので、服装が今よりも落ち着いていて、ヨーロッパな感じ、RPGな感じの方が強いですね。年齢区分も「A」でした。ですがあのキノコ姫のアトリエに於いて… 泣

    • kentworld より:

      このゲーム機が発売された頃はゲームボーイがカラーになってからまだ3年も経っていませんからね~

      この頃は携帯機の進化が目覚ましかった。

      スタフィーは当時子供向けに感じて毛嫌いしていたんですが、今は一周回ってきたのでいつかやってみたいです。

      携帯機向けのアトリエシリーズも密かに出ていましたね。

      何気に任天堂の携帯機では毎回発売されているじゃないですか!?

  29. 匿名 より:

    GBASPはフロントライトですね。。。
    管理人様は間違えてなくて流石です。
    液晶もいきなりバックライトになったわけでなくワンクッションおいてるんですね。

  30. より:

    Wii Uに比べたら、これも又普通に任天堂はアイデアを練っているゲーム多いと思います。例えばワリオが主役のゲームだって出ています。ドンキーのだって番外編出ています。末期にはマリオのピンボールゲーム出たり、兄弟でRPGするゲームだって。他、ゼンマイおもちゃをゴールに導くアレも。まだこの当時は実際に主人公を直接操作、という物でしたね。ヨッシーのゲームもセンサー使った物が一つ。新しいゲームは普通に多いゲーム機です。Wii U以前のハードを見ると、やはり残した功績は多いですね。Wii Uはイカやステージ作り出るまで目立った功績作れませんでしたから。
    ボンバーマンも、アニメ放映されてた事もあってそれのゲームも出てましたね。主人公のお兄ちゃんが主役のゲームが。勿論、ゲームオリジナルボンバーマンも。爆ボン2のような3Dイメージイラストが印象的です。
    サクセスが作ってコナミが発売した野球選手育成するアレも、普通に出てましたし。他社にも、それなりに功績残してるっぽいゲームは多いですね。

    • kentworld より:

      Wii Uは確かに保守的でしたが、スプラトゥーンが全部持っていったと思うんですよ。

      それだけスプラトゥーンは大きなヒットでした。

      星さんがスプラトゥーンにハマっていたらまた印象が変わっていたかも。

      その人にとって突き刺さるようなゲームが一本あるかないかで印象って全然変わってきますから。

  31. 匿名 より:

    GBASPは今遊んでも十分現役に足る良くできたハードでした
    当時は衝撃的でしたね
    任天堂からこんなスタイリッシュな携帯ゲーム機がでるなんて
    背広の内ポケットにいれて恥ずかしくないゲーム機はあれが最初で最後じゃないかな

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