2019/02/02/20:00 | 歴代ゲーム機ヒストリー

ドカッと売れてサッと消えたゲームボーイアドバンス(GBA)の歴史を振り返る!

おはっく~!kentworld(@kentworld2 )です!

3月21日はゲームボーイアドバンスの誕生日!

という訳でちょっと早いですが今回の記事ではゲームボーイアドバンス(以下、GBA)の歴史を振り返っていきたいと思います。

ゲームボーイアドバンスとは?

GBAとは1989年に発売されたゲームボーイシリーズの後継機になります。

ゲームボーイが発売されてから12年。

その間にはゲームボーイカラー、ゲームボーイポケットなど数多くの新型が発売になりました。

しかし、それらはマイナーチェンジ機で本当の意味での新ハードではなかったんです。

そんな中で発売されたのがGBA!

ゲームボーイの名前を冠していますが、マシンパワーが飛躍的に向上しました!

例えで言うならファミコンがスーパーファミコン(以下、SFC)になったような感じ。

実際、そう捉えていた方が多いのか本機ではSFCソフトの移植作が大量に発売されました。

SFCは僕にとっても思い入れの強いゲーム機なので、そんな名作たちが携帯機で蘇ろうとしていたのは嬉しかったです。

2001年:怒涛のタイトルラッシュも大ヒット作は不作?

同時発売タイトルは史上最大の25本!

GBAを語るうえで欠かせないのが同日に発売されたソフトの本数!

なんと以下の25タイトルが一度に発売されたんです!

・スーパーマリオアドバンス(初週22.0万)
・F-ZERO FOR GAMEBOY ADVANCE (初週11.6万)
・パワプロクンポケット3 (初週7.5万)
・遊☆戯☆王ダンジョンダイスモンスターズ(初週6.1万)
・くるくるくるりん(初週5.7万)
・バトルネットワーク ロックマンエグゼ(初週4.3万)
・ミスタードリラー2 (初週4.3万)
・ナポレオン(初週2.6万)
・悪魔城ドラキュラ Circle of the Moon (初週2.2万)
・コナミワイワイレーシングアドバンス(初週1.2万)
・モンスターガーディアンズ(初週1.0万)
・爆裂ドッジボールファイターズ
・アドバンスGTA
・EZ-TALK 初級編 1~6
・全日本GT選手権
・トゥイティーのハーティーパーティー
・ウイニングポスト for ゲームボーイアドバンス
・JGTO公認 GOLF MASTER ~JAPAN GOLF TOUR GAME~
・Jリーグポケット
・プレイノベル サイレントヒル
・ファイヤープロレスリングA
・チューチューロケット!
・ぼくは航空管制官
・ピノビィーの大冒険
・桃太郎まつり

発売週の売上データが分かるタイトルには数字も付けてみましたが、どうでしょうか?

同じ週に初動20万本クラスのタイトルが1本。

10~15万本クラスが1本。5~10万本クラスが3本。

4万本クラスが2本って今となってはなかなか考えられないことではないでしょうか?

何故これだけ多くのタイトルが一度に発売されたのかと言うと、それだけGBAの期待値が高かったからです。

当時はゲームボーイカラーの人気が非常に高く、ミリオンセラーが続出していました。

「ポケットモンスター金・銀」は約700万本。

「ドラゴンクエストモンスターズ」は約200万本。

「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ4」は約250万本。

ハード末期にも関わらずこれだけのヒットを連発していたので、後継機となるGBAには自然と期待が集まっていたんですね。

本体の初週売上も歴代2位を記録!

GBAの高い期待度は発売タイトル数だけではなく発売週の売上にも現れていました。

なんと、発売週に61.2万台(※)も売り上げたんです!

※ファミ通調べ。

これはPS2に次ぐ歴代2位の出足で、スタートダッシュから飛ばしていきました。

しかし・・・

期待値の割に大ヒット作が生まれない事態に!?

発売週から飛ばしたGBA。

一見すると好調に見えましたが、そうとも言えないところがありました。

それは対応ソフトの売上です。

「スーパーマリオアドバンス」などのヒット作は生まれたんですが、本体売上の割には伸びなかったんですね。

実際、ソフト売上にゲーム機の売上を割ったタイレシオは発売週の段階では1を割っていました。

何故、対応ソフトの売上が伸びないのか?

大きく分けて2つがあると思います。

1つは他機種からの移植作が目立っていたこと。

例えば「スーパーマリオアドバンス」はファミコンの「スーパーマリオUSA」と「マリオブラザーズ」をカップリング移植した内容だったんです。

移植作だと新鮮味に欠けるので、新作ほど売れることは滅多にありません。

もう1つはGBとの互換性があったこと。

その影響でGBAソフトを買わなくても本体さえあれば持っているGBソフトを楽しむことが出来たんですね。

かくいうぼくもGBAは発売日に買いましたが、対応ソフトは買いませんでした。

何故かと言うと同時期に発売されたGB「ゼルダの伝説 ふしぎの木の実 大地の章」を買ったからですw

しばらくの間、GBAではゼルダを始めとするGBソフトを楽しんでいました。

夏商戦でリローンチを図るが・・・

GBAが発売されてから4ヵ月後の夏商戦。

ここでGBAはリローンチを図ろうとします。

以下、GBAが送り出した2001年夏商戦向けの主力タイトルです。

・遊戯王デュエルモンスターズ5EXPERT1
・マリオカートアドバンス
・タクティクスオウガ外伝 The Knights of Lodis
・黄金の太陽~開かれし封印~
・ワリオランドアドバンス~ヨーキのお宝~

「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」に「マリオカート」シリーズ最新作と文句なしのラインナップですよね?

しかし、これだけのタイトルを揃えながらもミリオンセラーは現れませんでした。

特に「マリオカートアドバンス」の不振は予想外だった小売の方も多いのではないでしょうか?

実際、当時は少し値崩れしていました。

敗因としては通信ケーブルと人数分の本体とソフトがないとまともに対戦出来ない(※)ことが挙げられます。

※1カートリッジプレイには対応していたものの制約があった。

このようにGBAは本体の売上台数の割にはソフトが売れないというイメージが付いていました。

2002年:ようやく大ヒット作が誕生!

真のキラータイトルが発売!

GBA発売から1年半以上が過ぎた2002年11月。

この時点で本体売上は600万台を突破していましたが、ミリオンセラーとなったタイトルは1本も発売されていません。

そんな中で発売されたのがポケットモンスター ルビー・サファイア!

初週から100万本以上の売上を記録し、最終的には500万本以上の大ヒットとなったんです!

これでも前作比で見ると劣っているんですが、ようやくGBAの代表作が現れました。

サードパーティからもヒット作が誕生!

ポケモンでGBAフィーバーが巻き起こっていたなか、カプコンからも大ヒット作が生まれました。

それがロックマンエグゼ!

1作目こそは中ヒットで終わりましたが、2作目以降は50万本以上の大ヒット作となったんです!

何故、ロックマンの派生作品がここまで売れたのでしょうか?

それはメディアミックス展開やゲーム性にありました。

漫画はもちろん、アニメや劇場映画などそれまでのシリーズ作品では行ってこなかった展開をしたおかげで低年齢層を取り込めたんですね。

また、従来のロックマンにトレーディングカードの要素を加えたことも息の長い人気になる要因となりました。

当時は大ヒットしませんでしたが、「逆転裁判」が生まれたのもGBAだったりします。

初代「逆転裁判」の累計売上は約5万本でしたが、2作目、3作目と作品を重ねる毎に累計売上は倍増しました。

そして、ニンテンドーDS時代に入ってからは50万本クラスの大ヒットシリーズに化けたんですね。

2003年:新境地を開拓するも先行き不安に!?

ゲームボーイアドバンスSPが発売

2003年2月にはマイナーチェンジ機のゲームボーイアドバンスSP(以下、GBASP)が発売。

本体のデザインが折りたたみ型になったほか、暗いところでも画面が見やすい液晶になりました。

今でこそ携帯ゲーム機は暗いところでも画面が見やすくなっているのが当たり前になっていますが、当時はあまり無かったので本機はとても魅力的でしたね。

今、初代GBAやGBの画面を見たらあまりの暗さに驚くと思いますよw

昔は携帯機は目に悪いと良く言われていましたが、GBASP以前の携帯機を触ってみると納得します。

折りたたみ式のデザインといい、マイナーチェンジ機とは言え後の任天堂ハードのターニングポイントと言えるゲーム機です。

新たな人気シリーズが誕生!

103

2003年3月には「メイドインワリオ」シリーズの1作目が発売。

本作は5秒で終わるシュールなプチゲームを次々とプレイするゲームになります。

当時の任天堂は京都の頑固職人みたいな感じだったので、初めて本作を見た時は「なんじゃこりゃ!?」と思いましたね。

そのインパクトは瞬く間に口コミで広がり、最終的には60万本以上の大ヒット作になりました。

GBAに最大の危機が!?

2003年5月にはSIEから新携帯プラットホームのプレイステーション・ポータブル(以下、PSP)が発表。

本ハードは大容量のUMDを採用し、PS2と比べても遜色のないマシンスペックを実現しました。

GBAと比較すると実に2世代近くの性能差があったので、当時は「GBA、ヤバいんじゃ」という声が沢山挙がっていたのを覚えています。

任天堂は据え置き機に続いて携帯機でもSIEに主導権を握られてしまうのか!?

世間がそう騒ぐなか、任天堂は同時期に「異質なゲーム機」を開発中であることを発表しました。

それがニンテンドーDS!

正式にお披露目されたのは翌年の2004年になりますが、任天堂は任天堂でGBAの次を考えていたんですね。

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2004年:携帯機市場にパラダイムシフトが巻き起こる!

ファミコンミニがブームに!

2003年、ファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)は生誕20周年を迎えました。

それに合わせて発売されたのがファミコンミニ!

ファミコンソフトをGBA向けに移植しただけではなく、当時のパッケージを再現したケースを付けて売り出されました。

懐かしさがウケたのかファミコンミニは発売直後から人気が爆発!

「スーパーマリオブラザーズ」に至っては約2年で100万本を販売するほどの大ヒットとなりました!

あまりの人気に2004年5月には第2弾が。2004年8月には第3弾が発売。

中には「がんばれゴエモン」など思わぬ注目を浴びたタイトルも生まれ、続編の発売にも繋がりました。

そんなファミコンミニですが、個人的にはあまり良い印象がありません。

何故なら同時期に発売された「どうぶつの森」シリーズで対応ソフトをプレイすることが出来たからです。

「どうぶつの森」をやり込めばプレイ出来るタイトルを箱付きとは言え2,000円で売るとは!?

なんて捻くれてみていました。

(当時の時点で中二病だったんですw)

急速に移り変わる携帯機市場

ファミコンミニのブームが巻き起こるなか、携帯機市場が急速に移り変わろうとしていました。

その大きな要因となったのがニンテンドーDSとPSP。

ニンテンドーDSは任天堂が3本目の柱として展開するゲーム機で、PSPはSIEが贈るプレイステーションの携帯機になります。

特にPSPはPS2をやや下回るくらいのマシンパワーを持っていたので驚異的でした。

もし、任天堂がGBAの普及台数を良いことに悠長な構えをしていたらどうなっていたことか。

GBAはカートリッジの扱いやすさ、ロード時間の速さという利点はありましたが、対PSPとして見たら不利になっていたことでしょう。

そんなこともあって任天堂の新型携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」は2004年12月2日に発売されました。

GBA発売から僅か3年9ヵ月の発売とは早すぎますが、当時は3本目の柱として売り出していたので共存させるつもりだったんですね。

ちなみに携帯機のライバルとしては同時期に「スワンクリスタル」というゲーム機も存在しました。

こちらは「ワンダースワン」の新型として投入されたんですが、全く売れず短命に終わっています。

本ハードの失敗によりバンダイはゲーム機事業から撤退するのでした・・・。

2005年:ニンテンドーDS発売後も延命策を図るが・・・

ニンテンドーDSが発売され、存在感が薄まってしまったGBA。

しかし、当時の任天堂はニンテンドーDSとGBAは共存させるつもりでした。

その証拠にニンテンドーDS発売後も以下のような施策を行ったんです。

・傾きセンサー対応ソフトの発売。
・マイナーチェンジ機「ゲームボーイミクロ」の発売。
・「bit Generations」シリーズの展開。

しかし、いずれも大きな成果を挙げることは出来ませんでした。

その一方で2005年末にはニンテンドーDSが大ブレイクを果たし、GBAの存在感は薄まるばかりです。

ニンテンドーDSとGBAは共存するハズでしたが、結果的にニンテンドーDSがGBAの後継機となるのでした。

2006年:最後の名作が誕生!

2006年に入る頃のGBAは末期状態でしたが、任天堂が最後にとんでもない名作を生み出したんです!

それがリズム天国!

本作はリズムアクションゲームになりますが、グラフィックがミニゲーム風であることが特徴となっています。

シンプルなゲーム性やコミカルな演出がウケたのか、GBA末期発売ながらも30万本を超えるヒットとなりました。

そして、3年後に発売されたDS版では200万本クラスの爆ヒットを記録します。

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全体のまとめ

以上!GBAの歴史を振り返ってみました!

GBAはスタートダッシュこそは良かったんですが、急速に進む携帯機市場の流れについて行けず短命に終わってしまいましたね。

しかし、短い人生の中でも「逆転裁判」「ロックマンエグゼ」「リズム天国」など新規IPを生み出すことに成功しました。

なので、本ハードが携帯ゲーム機市場に大きな爪痕を残したのは間違いありません。

おまけ:GBAとGCの連動

GBAとゲームキューブ(以下、GC)は同じ年(2001年)に発売されました。

その影響もあって両機種は切っても切り離せない関係にあったと思います。

まず触れたいのが、初期に発売された本体のカラーはどちらもバイオレットである点。

その後もオレンジ、ブラックカラーが両機種で発売され、あまり本体カラーには拘らない僕もついコーディネイトをしたくなってしまいました。

GBAとGCの連動機能も大きなポイントです。

一部のGCソフトではGBAにデータを転送しておまけ要素を楽しんだり、GBAの画面とGCの画面を使ったゲームを楽しむことが出来ました。

すべて揃えるのが大変だったためかあまり定着しませんでしたが、プレイしている時は贅沢な娯楽だと思っていましたよw

今ではワイヤレス通信機能によって当時よりも連動の敷居は下がっているので後継機でも定着してほしかったんですが・・・。

あと、忘れてはならないのが「ゲームボーイプレイヤー」です。

本機をGC本体の底部に取り付けることでTV画面でもGBAソフトをプレイすることが出来ました。

位置付け的にはSFCの「スーパーゲームボーイ」みたいな感じ。

この周辺機器といい、GCはGBAの勢いに頼った戦略が目立っていました。

例えばGBAで人気だった「メイドインワリオ」を僅か7ヵ月でGC向けに移植したり、GBAで大ヒットしたポケモンシリーズのツールソフト(ポケモンボックス)をGC向けに発売したりして。

▼各ゲーム機の生涯をまとめた歴代ゲーム機ヒストリー記事のリンク一覧

FC SFC N64
GC Wii Wii U
Switch GB GBA
DS 3DS 64DD
PS1 PS2 PS3
PS4 PSP PSVITA
SS DC Xbox
Xbox360 XboxOne WS



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コメント広場の住人(62)

  1. mon より:

    手のひらにSFCを持ち込めるというのは衝撃だった
    今見ると初代は滅茶苦茶暗いけど、電源入れたときに出てくるロゴがカラフルでお気に入りだったなー

    • kentworld より:

      ポケットSFCは当時としては凄い魅力的でしたよね!

      初めて電源入れた時はカラフルなアイキャッチに感動しました!w

  2. 匿名 より:

    スワンクリスタルは後継機とはまた違うのではないかと

  3. むぐお より:

    個人的にはgbaは大好きですね
    シンプルだしドラキュラシリーズやメトロイドやFEなど名作も多く結構はまりました
    gbaで驚いたのは3d表現ですね
    当時でドライバー3ってゲームがオープンワールドになっていたのに驚きました
    バイオハザード2もデモかなんかで動いてるのをみたことがあります

    • kentworld より:

      何気にロンチの時点で悪魔城ドラキュラが出ているんですよね。

      2Dのメトロイドも2作出ていますし、今となってはリアルタイムでプレイするべきだったと思っています。

      当時は3Dゲーム至上主義だったもので・・・w

      ドライバー3はどこかで見たことありますが、GBAなのに無茶し過ぎですねw

  4. 匿名 より:

    アドバンスSPのバックライト機能は個人的には衝撃的だったなぁ
    布団の中でも遊べるキャッホォォと思ってそのまま寝落ち→親に見つかり叱られるorセーブせずに充電切れ

    イヤーいい思い出だなー()

  5. ベベベリ より:

    通信ケーブル、懐かしい響き!

    スクウェアの任天堂ハード復帰、発売中止となったMOTHER3の復活などもありましたね。

    ソフトでは他にもボクらの太陽みたいな携帯機らしいユニークなものも。

    • kentworld より:

      書き忘れていましたが、ポケモンのリメイクからワイヤレス通信対応の周辺機器が出てきたんですよね。

      スクウェアやMOTHERの件も触れておきたかったw

  6. y.crash より:

    GBAはかなり需要あるんでいまだに保有してます。
    GBの互換があったのでGBを手放しても大丈夫でしたし、GBAソフトも実は結構やっていたんで。
    GBAでは初めてやったのはポケモンだったんですよ。
    ちょうどルビーサファイアです。ポケモンで一番ハマったシリーズだったんで。
    クラッシュももちろんやりましたよ。日本で発売されたクラッシュのアドバンス全部。
    ワリオ様はワリオランドアドバンスはしっかりとやりましたんで。
    他にもハム太郎や牧場物語、アニスのアトリエとか。
    自分の中だと一番任天堂のゲーム機で使ったゲーム機ですね。
    未だにSPは現役ですし。

    ミクロは買おうかとも思ったんですが、GBとの互換がないっていうのがどうにも手を出しにくい部分だったんですよね・・・。
    って、前にも互換機能があれば嬉しいって言ったこともありますけど、GBA時代からすっごい重視してたんですね自分・・・。

    • kentworld より:

      GBAはGBソフトもプレイ出来ることから今でも残す価値がありますよね!

      GBAで初めてプレイされたのはポケモンでしたか。世代的にも直撃だったのかな?

      そうそう、クラッシュが進出したことも当時は衝撃的でした。

      ワリオと言えばメイドインワリオの他にもワリオランドの新作もGBAで出ましたね。

      ミクロはぼくもイマイチ惹かれなかったんですが、最近はインテリアとして惹かれるようになりました。

      なるほど・・・この頃から互換を重視されていたんですねw 筋が通っています。

  7. アカリョシカ より:

    GBAとか懐かしいなー。
    去年17年ぐらい使ってた初代GBAのブラックの本体が動かなくなってしまったw
    中古でGBASPを2台買ったから別にいいんだけどね♪

    この頃確かゲームからちょこっとだけ離れてた時期だけど、発売からちょっと経ってからお年玉で本体とマリオアドバンス2とマリオカートアドバンス買ったなー。
    今見ると画質悪いけど当時は携帯機でSFCのゲームが出来るってことでウキウキだったw

    ポケモンルビーサファイアは前作の金銀クリスタルと互換が無かったのと、今までのポケモンのほとんどが出てこない(データは存在してるけど改造以外でゲットできない)ってのを聞いてたから、ポケモン好きだったけどスルーしたなー。
    ファイアレッド・リーフグリーンで復帰したけどねw
    あとそのあとに中古でサファイアも買った。

    ここに名前上がってないから多分そこまで売れてないんだろうけどw、マジカルバケーションにめっちゃハマってプレイしてたなー。
    他にもマザー1+2とマザー3も好きだったな。
    特にマザー2は5週ぐらいしたw

    サード製の2~4人用の通信ケーブルを持ってたから、マリカとマリオアドバンス(乱闘)以外にもボンバーマンやぷよぷよの対戦をよくやってたなー。
    高校のときの数学の時間にw

    なんだかんだで俺の中で歴代3~5位ぐらいによく遊んだゲーム機だったと思う。
    あと初代GBAは携帯機部門においてはL・Rボタンの押しやすさ1位だと思うわ。

    • kentworld より:

      この頃はゲームから少し離れていましたか。

      ぼくも冷めかけていた時期でしたね~。やっぱりそういう時期ってあるんだと思います。

      当時のワクワク感は忘れられませんよね!SFCクラスのゲームが携帯出来ることにロマンを感じていました♪

      ポケモンはルビー・サファイアで互換を切ってしまったけど、その後は戻ったので良かったです。

      初代のリメイクもファンの回帰に繋がったのかもしれませんね。

      マジカルバケーションは確か30万本も売れていなかったと思います。

      2001年末に発売されてやや埋もれてしまいました。でも、GBAはRPGの名作も多いと思います。

      通信対戦、当時はよくやっていたんですね!

      ぼくは全然やっていなかったので羨ましいですw

      言われてみるとL・Rボタンの押しやすさは大きなポイントかも!?

      うちのGBAは言う事聞かなくなりましたがw

  8. Ryou より:

    GBA特集ktkr!とはいうもののソフト群に初めて
    触れたのはDS発売年である2004年頃になりますね。
    初めて買ったソフトは確かサモンナイト クラフト
    ソード2でしかも発売日に買ったけれど、DSに互換
    が付くという話を聞いてプレイはDSが出るまで我慢
    した覚えがある。その後FE、メトロイド、カービィ、
    黄金の太陽と旧作を漁っていったなぁw

    そういやGBASPもこれまでの携帯ゲーム機の常識を
    覆しましたよね。それはやはり電池式からバッテリー
    に変わった事ですな。多少値が張ったけれども電池に
    対する出費を考えたら安いモンですね。

    最後の名作であるリズム天国は勿論、発売時から
    気になってたけれど購入したのは1ヶ月ほど経って
    からですな。元々曲にあわせてノるのが好きな事も
    あってこのゲームはきっと合うだろうと直感&レビュー
    の絶賛も後押しして買ったら大正解!好きなシリーズ
    としてもTOP5に君臨するタイトルになりますたな。
    Switchとの相性も爆発的に良いし、サイクル的にも
    新作がいつ出てもおかしくないとおもうんだがなぁ。
    出るとしたらこれまで全作品、夏に出てるけれど・・。

    • kentworld より:

      そうだったんですか!?

      そうなると意外なくらい遅いんですね。しかもGBAソフトをDSでプレイされていたとはw

      でも、後追いで色々プレイされたようですね。

      GBASPは今思うとDSの前進とも言えるかなと思います。

      リズム天国はRyouさんにとっては欠かせないシリーズですよね!

      実際、世間でも影響力は大きいと思うので触れていました。

      確かに当時はネット上でリズム天国の絶賛レビューが溢れていた記憶です。

      どのくらいの影響力があったのか気になりますね。

      リズム天国の新作・・・Switchに出したら売れそうな気がします。

  9. 匿名 より:

    バイオレッドっていうとまるでbiohazardな血の色みたいですけど、バイオレットですねw
    GBAってそんな短命でしたっけ?
    個人的には初代の画面が暗すぎるのとデザインが子供向けっぽ過ぎるのと対応ソフトが移植に毛の生えた劣化移植ばかりでイマイチやる気が起きませんでしたね
    (ネオポケばかりやってました)
    そんな流れを急展開させたのがSPの登場
    蓋を閉めて持ち運べるとか当時あまりにも未来的で大人が持ち歩いても全然違和感なくて格好よくて大喜びでした
    GBミクロも小さくてお気にいり
    通勤時にプレイやんでビデオみるのが日課でした

    • kentworld より:

      しまった!バイオレットでしたねw

      GBAは気が付いたらDSに切り替わっていましたw

      当時はネオポケばかりでしたか・・・触れられなくてすみません。

      GBASPのスタイリッシュなデザイン。分かりますよ!ノーマルGBAと比べてもカッコいいですよね!

      この辺りから携帯機のイメージも変わってきたと思います。

  10. タロン より:

    GBA好きには堪らない歴史ヒストリーでした!

    今でこそアドバンスソフトの収集をしていますが、当時はさほど興味もなく
    GBASPのタイミングで買った記憶がありますね

    メイドインワリオや、メトロイドゼロミッションをプレイした覚えがあります

    当時の携帯機は子供のおもちゃの側面が強い印象で
    サードパーティも可愛い絵柄のタイトルが多いですね
    当時小学生の世代には絶大な支持を受けるハードと思います

    一方でPSPやDSは次世代の携帯機として
    発表当時から注目していました

    発売当時は品切が続いて賑わっていたのを覚えてます

    10年ほど前にGBミクロを手に入れてから
    GBAの収集を始めましたが
    手軽で遊べる良作が100円位でザクザク買えちゃう感覚がたのしくなっちゃったんですよねw

    3Dの黎明期を前に、小さなハードの限界まで挑戦した
    2D表現の全盛期となったハードは後にも先にもアドバンスだったなと
    そう思わせるほど魅力的なソフト達が多いハードでした

    • kentworld より:

      ありがとうございます!この記事はタロンさんに直撃するのかなと思っていましたよw

      タロンさんはGBASPのタイミングで手を出されたんですね。

      今でこそ携帯機は大人がプレイしても抵抗ないと思いますが、当時はかなり低年齢層向けでした。

      流れが変わったのはGBASP辺りからでしょうかね。

      PSPやDSの頃は子供っぽいイメージが既に無くなっていたと思います。

      2004年12月は両ハードの発売で盛り上がっていましたよね!PS VS SSの1994年12月を彷彿しました。

      GBミクロは今となっては買わなかったことを後悔していますw リサイクルショップでたまに見かけますが高いんですよねぇ。

      5,000円以内で売っているところを見かけたら買おうかなと思っていますw

      GBAソフトはぼくも最近集めるようになったので安価で買えるのは有り難く思っています。

      そうそう、GBAはほぼ2Dゲームオンリーなので、2D表現の限界に挑戦した作品が多いんですよね。

      そういう作品を探す楽しみがあるのもGBAの良いところだと思います。

  11. ホンマ?トモフミ より:

    おお!GBAですか。
    僕にとってゲーム好きが加速したのがこのゲーム機です。
    当時は幼いながらもゲームボーイの画面は古めかしいと思っていたので、携帯機でスーファミクラスのゲームができる感動は凄まじかったですよ!
    でも買ってもらったのはポケモンルビサファの時期なのでキラーヒットの登場って言われた頃なんですよね〜(^^;;
    父がポケモン好きだったのでその時期にやっと買ってもらえました。

    今考えるとローンチソフトをたくさん展開して旧世代機との互換付きってユーザーには嬉しいけど、メーカー的には売り上げが分散されるし新作ソフトが移植ばかりだとなかなか売れないのでそこが任天堂的には教訓になってしまいましたね。さすがに3DSやWiiUのローンチはGBAとは対照的で逆にやりすぎちゃいましたけど…。

    逆裁は当時、裁判って題材で難しそうだけどなんだか楽しそうって印象でした(小4の頃)

    GBASPがなんだかDSの布石って感じもしました。当時はバックライトがマジでありがたかった。今では当たり前なのがほんとにヤバイな〜。

    当時の任天堂は頼みの綱の携帯機市場もPSに脅かされようとしてたのでDSの時期はほんとに展開が必死だったのが伺えます。当時の任天堂はSCEとの情報戦術も繰り広げてましたねwww

    ファミコンミニ、懐かしい〜!これでファミコンの存在を知りました。初代スーマリを父が買いましたが、完全に自分のものにしてましたよwww
    リンクの冒険のルールが当時、意味わからなかったのはいい思い出(笑)チュートリアルはあって当たり前と思ってたので洗礼をすごく受けましたwww
    当時のケントさんの捻くれはかわいいなぁwww「(当時の)どう森はそんなに売れてないんだよ!察しろ!」って当時の自分だったら口論になってそう。

    GBAは確かに短命でしたね。でも僕は当時小学生の時期だったので、そんなに早くDSに移り変わったと思わなかったなぁ〜。やはり子どものときは時間の流れが遅いですね。いい時期に触れることができたと思います。当時はむしろDSやPSPが後継機がなかなか出ない印象でした。GBAの早い移り変わりに慣れてたのでwww

    今は皮肉なことに3DS、Switch、スマホで3本柱を計画してたらSwitchのあまりにも凄まじいヒットで3DSが今年度で少なくともファーストからの供給が終わろうとしてますね。ゲームボーイ、DSそれにSwitchと大雑把ですが、携帯機の移り変わりを子どもの多感な時期から体験できてよかったですよ!
    願わくばGBAもミニファミコンの流れでなんらかの形で復刻してほしいです!
    GBA/ゲームキューブはマイナーな世代だからこそ注目されてほしいと思います。

    • kentworld より:

      トモフミさんにとってもこの記事は待望だったかなと思います!ようやくGBAを特集出来てスッキリです♪

      ゲームボーイはファミコンと同レベルのグラフィックでしたもんね。

      GBAになってからは2Dゲームをプレイする分には師匠のないレベルになってトモフミさんにも丁度良いんじゃないかと思います。

      ってトモフミさんもポケモンの頃に手を出したんですね。何だかんだでポケモンの影響力は凄いなぁ。

      ロンチは正直食い合ってしまいました。互換性もあったことで需要が分散してしまったんですね。

      3DS/Wii Uのロンチは・・・任天堂だけを見ると控えめだった記憶です。

      逆転裁判はぼくも同じような感じで見ていました。初めて知ったのはニンドリの特集です。当時から光るものを感じていましたが、20年以上も続くシリーズになるとは思いませんでしたw

      GBASPはマイナーチェンジ機とは言え後のDSに大きな影響を与えたと思います。

      DSとPSPの発売初期は火花を散らしていましたよね!

      あんなに必死な任天堂は初めてみましたw

      あのくらいの攻めをまた見せてほしい!ファミコンミニは今となってはミニファミコンと混合しそうですねw

      え?口論になっていそうですか?怖いなぁw 今もそうですが、中二病になると捻くれてしまうんですよw

      今の3DSはGBA末期を彷彿します。やっぱり、方向性が被っていると共存するのは難しいんですね・・・

      GBA世代も大人になったことですし、何らかの形で復刻されたら需要があると思います。

      • ホンマ?トモフミ より:

        父は最初に出るゲームは初期不良があるという持論でなかなか買ってもらえなかったんですよね(^^;;
        なのでDSのときは「タッチ!カービィ」の時期になんとか説得して買ってもらいました。Wiiは母がとても興味深々で発売日に買ってもらえたのはいい思い出です。

        ケントさんは任天堂ファンなので、ファミコンミニを鼻で笑うのはちょっと共感できるところもあるかな。
        正直、ミニファミコンやミニスーファミが出たときは僕も側はともかく気軽に遊ぶなら3DSやWiiUのVCでいいじゃんと思う気持ちもありましたからね。捻くれたくなるのはわかりますよ。

        • kentworld より:

          あぁ・・・初期不良ですか。まあ、あながち間違いではないんですけどね~なんだかもったいない話です。

          DS/Wiiの脳トレフィットネスブームは親に説得する時の心強い味方でしたよねw

          ファミコンミニを鼻で笑っていたのはマウントを取るためだったのもありましたw

          でも、ミニファミコンやミニスーファミもそうですが、これらはインテリア的な付加価値が大きいことを最近になって理解できましたw

  12. ほにょ より:

    GBAは名機でしたよね。確かにリメイクや移植も多かったけど、オリジナルの名作もたくさんありましたし、SFCの時代以来市場のメインストリームから外れかけていた任天堂に、本来ありうべき姿を取り戻させたハードだったと思います。

    加えて据え置き機が洋ゲーの価値観に蹂躙されていく中、ドメスティックな2Dのゲームの最後の砦って感じもしました。他の方もおっしゃっているように旧ゲームボーイのソフトも遊べたし、ほんとに使い勝手のいいハードでしたね。

    だから、そういう互換性を削ってまでSPとかミクロとかを矢継ぎ早に出したのは解せなかったです。そこまでしてハードの買い換えを促す必要があったのかと。そこは大任天堂らしくどっしり構えていてほしかった。専用バッテリーよりも乾電池の方が入手も簡単ですし。

    だから、本当にDSって出す必要あったのかな?と思うんですよ。もしDSが出ていなかったらアドバンスは10年選手で行けたと思う。それぐらいの長いスパンを見据えた、日本の携帯ゲームのスタンダードになるハードだったと思うんですけどね。PSPがどうこうじゃなく、任天堂が自分で終わらせちゃった感じが拭えないんですよ。

    思い出深いソフトはいろいろありますけど、桃太郎まつりに始まって、スウィートクッキーパイ、ロボポン2、おしゃれプリンセス、ハチエモン、青の天外…でも桜国ガイストは別格かもしれません。

    • kentworld より:

      オリジナルの名作も徐々に増えていきましたよね。

      SFCが好きな人って多いので、そんなエッセンスが詰まったGBAはかなり魅力的だと思います。

      仰る通り2Dゲーム最後の砦みたいな感じでしたね・・・DSに入ると半分くらいは3Dゲームになってしまいましたし。

      任天堂はDSでもDSiからGBAの互換性を切っていたんですよね。新型はコストがかさむから優先順位が低い機能をカットしてしまうんだと思います。

      DSが出た頃の任天堂は必死だったんですよ~。携帯機市場の牙城だけは崩されたくないと。そんな想いをDS初期の施策を見て思いました。

      任天堂にとってPSPの存在はかなり大きかったんじゃないかと思います。

      そして、最後にはまたまた気になるタイトルの陳列どうもですw

  13. jb より:

    GBASPは個人的にかなりお気に入りの携帯機です。充電式で電池いらず、バックライトで画面が見やすい、GBとの互換有り、この三つが好きなポイントです。買ってしばらくはGBの旧作ソフトで遊んでました。画面が明るいと古いソフトでも新鮮に遊べましたね。

    新作で一番プレイしたのはFFTアドバンスですかね、FFTが携帯できると知ってすぐにSPセットを買ったなー。当時はコンビニで買えたんですよね、ゲーム機が。内容は正直思ってたのと違ったけど(縛りプレイを強要するようなゲーム)、時間を忘れてプレイしてました。充電もかなり長い時間持った記憶があります。

    • kentworld より:

      GBASP、人気ですね!

      GBとの互換はDSにはないので、そのうえで画面が見やすいとなったら大きなポイントかも。

      確かに画面が明るいと古いソフトも新鮮で楽しみやすいです。

      お気に入りのゲームはFFTアドバンスですか。当時、話題になっていましたもんね。

      ぼくは同系統のゲームではタクティクスオウガ外伝を楽しんでいた記憶です。

  14. 匿名 より:

    当時は携帯機と据置機の間の壁が一気に薄くなったような感覚がありました。SFCソフトの移植達成と32000色のカラー液晶はそれだけ衝撃的でしたね!
    個人的にはDS系列よりもSwitchに近い感じがします

    ただ半端な古さのハードなので実機以外で遊べるソフトがあまりないのは困りものですね……
    変にアンバサダーP対象者への誠意(?)を見せずにさっさとGBAのVC化を推し進めてほしかった

    • kentworld より:

      同時に表示出来る色の数がGBから飛躍的に増しましたもんね!

      そろそろSwitchにもGBAのソフト資産を活かせる環境を本格的に作ってほしいところです。

  15. KA より:

    発売年の年末にGBAを買いました、専用ソフトよりGBの互換に惹かれていてどちらかと言うとGBソフトをプレイしてたことが多かったです、GBAでふしぎの木の実をプレイするとちょっとした特典もありましたね。本体と同時に購入したマリオカートをプレイしてGBからかなり進化したことに驚きました、SFCと素っ気ないゲームを持ち運べる時代になったと。
    現役時の購入タイトル数は3本でしかも3本ともマリオシリーズでした、この頃はコンシューマーゲームから離れ始めてきた時でしたから。なので所持していた任天堂ハードの中で思い入れは薄めでした、見逃した名作も多くありそうなので余裕が出来てきたら中古のソフトやVCを探ってみてみたいと思います。

    ファミコンミニはバーチャルコンソールの前身みたいなだけでなくてファミコン20周年の企画の一つとしても捉えられましたね、ファミコンカラーのGBASPもありましたし、ミクロのファミコンモデルはちょっと欲しいなと思いました。

    実はSPは6年前に中古で手に入れました、明るさは今の基準だと無いよりマシでしたが発売当時は衝撃的だったんだなと思いました。充電式になったのもこのモデルからでしたから上記のライトと合わさって最近まで続いた携帯機の時代到来の前兆にも感じられます。

    当初DSはGBAと別路線とされていたのかDSが出た後もGBAに関してもテコ入れしてたのですね、それでもDSの大ヒットで結局はGBAの次世代機になってしまいましたが…この関係は今のswitchと3DSの関係に似てる気がしました。

    • kentworld より:

      KAさんも当初はGBの互換メインでプレイされていましたか!

      そうそう、ふしぎの木の実はGBAでプレイするとちょっとした特典があったんですよ。

      ああいう仕掛けは良かったですね!

      本体と同時に買われたのはマリオカートでしたか。そして現役時に買われたソフトはすべてマリオ関連だったとは。

      見逃した名作はまだまだ沢山あると思います。今は安価で買えるので余裕があれば是非!当ブログでもおすすめ特集とかしたいですねー♪

      ファミコンミニは20周年の一環みたいなもので単発の予定だったところを好評のため第2弾第3弾と続けて行ったんですね。

      バックライトもこの10年間にだいぶ進化しました。

      今のバックライトに慣れるとGBASPでも暗く感じますね。今の3DSは末期のGBAと激しく被ります。

      願わくば3DS末期を飾る名作が任天堂から発売されることですが・・・

  16. 読者 より:

    中二だった2001年に発売され、高二の年末2004年にDSにバトンタッチする。そんな自分の一番多感だった学生時代にガッツリ直撃の世代(笑)
    自分にとって一番思い入れのあるハードです。
    記事を読んで、またコメント欄の熱い意見を見て自分も色んな事を思い出しました。当時のニンドリは月2回発行でDVDや体験版がオマケに付いてきてたなぁとかカードeのポケモンカードやぶつ森のカード集めてたなぁとか。あとspのライトの便利さは衝撃でした。GBAミクロの高級感、モノとしての所有欲を満たしてくれる存在感も素晴らしかった。当時遊戯王にもハマってたので特典カード目当てでソフトも買ってたな~w

    大人になってからGBA名作でググって、評判の良いものを収集してる時期がありました。FEやカービィもこの時期の完成度高いんですよね。ぴちぴちピッチとかデジキャラットのキャラゲーもすごく完成度高くて今遊んでも面白いです。リヴィエラ、ネットサル、桜国ガイスト、キャラバンハート、どーもくん、キンハーチェインオブメモリーズ…ほんと学生がワクワクする作品が多かったです。

    今GBAソフトを買うと感動するんですよね。紙製の箱にソフトと一緒にちゃんと取説も入ってる。こんなの当たり前のことだったのに。これからの若い人は生まれた時にすでにPS4があるような世代だけど、フロントライトが付いたってだけで感動してしまった世代もいたという事も憶えていてあげてくださいw
    スマホ画質に慣れてる世代が今見たら「なにこのグラ?粗すぎ」みたいに思うかもですが、当時を実際に生きてた人にだけ実感できる思い入れみたいなものがあるんですよね~。

    • kentworld より:

      そうなると、思春期真っ只中の時期に発売されたんですね!

      って一番思い入れのあるハードだったんですか!?

      コメント欄ではかなり熱い書き込みが多くて改めて本ハードの根強い人気を実感しました。

      カードeも集められていたんですか!?

      ニンドリも読まれていたとは・・・かなり熱心に楽しまれていたことが伝わってきます。

      GBAソフトの完成度はぼくも最近になって再評価しています。

      2Dゲームの究極を目指していると言うか、特にカービィをプレイしてそんな気がしました。

      それにしても、キャラゲーにも色々手を出されていたとは!?デ・ジ・キャラット懐かしいですw

      紙製の箱に説明書の組み合わせはGBAやGC辺りが最後なんでしょうかね・・・今はプラスチックケースで説明書なしだから時代の流れを感じますw

  17. Conker the Squirrel($皿$)💵 より:

    GBAは発売日に買いましたが、対応ソフトは買いませんでした。
    何故かと言うと同時期に発売されたGB「ゼルダの伝説 ふしぎの木の実 大地の章」を買ったからです。
    ↑自分もです。GBAでプレイするとショップアドバンスが開き、特別なアイテムを購入することができたんですよね。
    VC版ではGBC扱いなのでショップアドバンスが開かないのが残念でした(泣)。
    プレイするならやっぱりオリジナル版ですよ。
    まあセーブするには中の電池を交換しなければならないんですけどね(泣)。
    懐かしいGBAは名機で名作神ゲーが多く面白かった。
    本体はGBAバイオレット、SPファミコンカラー、『MOTHER3』特製ゲームボーイミクロを買いました。
    ソフトは、
    ファミコンミニシリーズ
    ハドソンベストコレクションシリーズ
    スーパーマリオアドバンスシリーズ
    星のカービィシリーズ
    メトロイドシリーズ
    MOTHERシリーズ
    F-ZEROシリーズ
    ロックマンエグゼシリーズ
    ボクらの太陽シリーズ
    遊☆戯☆王 ダンジョンダイスモンスターズ
    マリオ&ルイージRPG
    マリオカートアドバンス
    カスタムロボGX
    レア社の
    バンジョーとカズーイの大冒険〜グランティの復讐
    バンジョーパイロット
    Sabre Wulf
    It’s Mr. Pants
    をプレイしました。
    http://n-styles.com/image/pamphlet/nsw2001_03.jpg
    レア社は任天堂を離れマイクロソフトに異動した後も、任天堂のGBAソフトを作っていたのは驚きました、この4つは日本未発売で海外のみ発売のGBAソフトです。
    なんで日本はこんなに発売中止のレア社ゲームが多いんせしょうか不思議でしょうがないです。
    レア社好きの日本人にとっては本当にガッカリですよね。
    GBC、N64、GBA、DSの一部のソフトで、日本未発売タイトルが多過ぎる(怒)。
    GBAケーブルはゲームボーイプレイヤーでゲームボーイアドバンスをコントローラとして使ったり、メトロイドプライムでメトロイドフュージョンと連動したり、カスタムロボ バトルレボリューションでカスタムロボGXと連動したり、風のタクトでチンクルシーバーでリアルファイトになったり、ロックマンX コマンドミッションでトレジャーナビを使ったり必須アイテムでした。
    ゲームボーイプレイヤーは当時はGB、GBAソフトを大画面で遊べるのは凄く感動しました。
    欠点はスーパーゲームボーイ対応のモノクロソフトは、ただの非対応ソフトと同じ扱いになり専用フレーム無し、汎用カラーになってしまいます。
    後発機なんだしスーパーゲームボーイの機能は搭載してほしかったです。
    今はレトロフリークなどいろんな互換機があるいい時代になったものです。

    • kentworld より:

      Conker the Squirrelさんも当時はゼルダに夢中だったんですねw

      バーチャルコンソール版はぼくも買いましたが、そう言えばアドバンス専用の部屋が開かないんでしたっけ・・・ここはちょっと残念ですね。

      購入タイトルの陳列をありがとうございます!こうしてみると守備範囲が広い!

      レア社のゲームは欠かせませんよね!ぼくも見つけたら買いたいな~特にバンジョーとカズーイの大冒険は気になりますw

      本当に何故日本では発売しなかったのか理解に苦しみますよ~。

      GBAケーブルは4つの剣+が安売りして沢山買ったので数だけは持っています。

      ぼくは「どうぶつの森+」の連動が思い出深いかな~♪

      ゲームボーイプレイヤーはGBAソフトをTVでプレイ出来るのは良かったんですが、オマケ要素は地味でしたね。

      おそらく、余裕がなかったんだと思います。

  18. 匿名 より:

    スワンクリスタルは2002年だからちょっとずれてるんじゃないですかね?

  19. かにきめら より:

    私としたらGBAと言ったらマジカルバケーションですね
    ハード一年目でドットグラフィックが最高レベルまで到達してしまった
    あとは通信ケーブルがラストになりました、今では通信技術の進歩でワイヤレス当然ですがあのケーブルを介しての通信も楽しかった

    他のソフトではメトロイドフュージョンやスパロボとかも思い入れ深いですね

    ただ操作キーにSFCで言うYとXに相当するボタンがなかったのが移植とかではネックになっていた気がしますね、音質もソフトによって差がつくのも致し方なかったでしょうか?

    wiiUだけでなくなんとか3DSとかでもVC配信してほしかったですね。

    • kentworld より:

      マジカルバケーションのグラフィックはブラウニーブラウンの作風がとても良く現れていますよね!

      キャラクターデザインといい、あのほんわかした雰囲気は惹かれます♪

      そう言えば通信ケーブルの無茶な要素もありましたっけw

      GBAってXYボタンがなかったんですよね。そこは移植の際にネックだったと思います。

      音質もSFCと比べたらイマイチで完全な移植作は難しかったんですよね・・・今となっては移植度を比較する楽しみもありますが。

  20. がは より:

    クリエイターが表現したいことを100とすると、ハードがそのうち20くらいしか実現できないほうが、かえって面白さの本質だけを抽出し、それ以外のぜい肉をそぎ落とすこともあるんですねぇ。

  21. A・T より:

    GBA懐かしいですね!当時プレイしたときは、進化したグラフィックなどに近未来感を感じていましたね~。
    GBASPは見た目がかっこよくてお気に入りのハードでした。

    当時発売されていたソフトの中でも、スライムもりもりドラゴンクエストは一番のお気に入りでした。ゆるい世界観とかわいらしいモンスターたち、分かりやすいアクションの本作が大好きで、友達と通信プレイしたり、授業ノートにスラもりのモンスターたちを描き込んでたりしていました(笑
    あとはMOTHERシリーズにもこのころからはまりましたね。MOTHER1+2とMOTHER3は何周したかわからないほどやり込みました。
    それとファミコンミニが発売されたときにゼビウスをプレイしたのですが、旧作とは思えないほど面白かったですね。ただ、ボスのアンドアジェネシスによる弾幕攻撃が当時の幼い自分には厳しくて、何度やられたことか…。今でもあの弾幕はトラウマです…
    GBAにはいろいろな思い出が詰まっていて、今でも好きなハードですね。

    • kentworld より:

      GBAって21世紀に発売された初のゲーム機なんですよね。そういう意味でも次世代感がありました。

      スライムもりもりドラゴンクエストを気に入られていましたか!?

      あのゲーム、ぼくも気になっていたんですが、3しか手を出していないんですよ~。

      1もプレイしてみたいな♪

      MOTHERがGBAで復活したのは印象的でした。3はN64で予定されていたものの中止になってしまいましたからね。

      ファミコンミニではゼビウスをプレイされていましたか!?

      シューティングゲームのボスって怖いですよね・・・いやらしい攻撃をしてきたり、見た目が凶暴だったりして。

  22. らす2 より:

    我が青春のロックマンエグゼ、ゼロとかなり楽しませてもらった想い出深いハードです。
    ただやっぱり移植作や互換性のせいで当時から真新しさに欠ける印象でしたね。
    この時期はやっぱりPSPの登場が大きかったですね。

    • kentworld より:

      ロックマンエグゼとゼロが生まれたのもGBAなんですよね。

      GBAは派手さという意味では地味な感じがしました。

      それだけこの頃は時代が急速に移り変わっていたんですね。

      GB→GBA→PSPと僅か5年の間にここまで進化するとはw

  23. ジョエリー より:

    初めて手にしたゲーム機がGBAだったので、とても思い出深いハードですね。
    ただ持っていたソフトがポケットモンスタールビー一本だけだったので、文字通り専用機になってました笑
    それでもルビーを何周もプレイして何回も殿堂入りして何百時間も楽しめたので、大好きなゲーム機です。

    • kentworld より:

      専用機でも1タイトルの重みがあれば満足出来る。

      それを実感させてくれるコメントだと思います。

      実際、そういう方は多いのかもしれませんね。

  24. くっぞこ より:

    こんにちは。
    GBAは発売日に手に入れましたが液晶が暗かった印象が強いですね(笑)
    当時会社の寮に住んでいたんですけど、
    天井が高い部屋だったので照明が暗く、
    部屋で遊ぶには見づらかったです(笑)
    逆転裁判の1作目は、まだゲームを予約して買う習慣が無い頃で
    近所のお店に売って無くて、たまたま入った近所のセブンイレブンの
    レジのところに置いてあって驚いた記憶がありますね~(笑)

    • kentworld より:

      あぁ・・・そうなるとプレイするのが大変そうですね。

      かと言って外でもプレイしにくいですし・・・

      携帯機にバックライトが標準搭載されて本当に良かった!

      セブンイレブンのレジで逆転裁判が販売されていた頃があったんですね。

  25. りんご より:

    ゲームボーイアドバンスなぜかファイナルファンタジータクティクスに嵌っていた思い出です。ラジオドラマを当時やっていてそれも楽しみにしていたなーと…3D酔いする自分にはこの頃の方が制約なく楽しめてた気がします笑
    KH3ラプンツェルに入りました。トイボックスすごいですね!最初のゲームの宣伝がかっこよすぎてわーってなりましたw

    • kentworld より:

      ファイナルファンタジータクティクスにハマっていましたか!?

      3Dゲームって3D酔いがネックですもんね。確かにGBAでは2Dゲーム中心で酔いに悩まされることはありませんでした。

      キングダムハーツIIIはそこから凄いワールドがどんどん出てきます。トイ・ボックスのCMはカッコ良すぎておおおお!と叫んでしまいましたよw

  26. ワタ より:

    ゲームボーイアドバンスは自分史上一番発売日が待ち遠しかったゲーム機でした。2000年のニンテンドースペースワールドで初めて一般公開されたときに、実際にプレイしてGBCからのあまりのグラフィックの進化に衝撃を受け、これが次世代機のパワーか、と感動したものです。もちろん発売日に購入したのですが、グラフィックの進化もさることながら、サウンドの進化も印象的でしたね。
    GBAって、今となってはイマイチ歴代の任天堂ハードの中で地味な印象ですが、自分にとっては色々と思い出深いハードです。

    • kentworld より:

      おお!ニンテンドースペースワールド2000に参加されたんですか!?

      いいなぁ・・・そうそう、その場で初お披露目されて話題になっていたんですよ。

      ぼくはニンドリで雰囲気だけ味わっていましたw

      GBAの一生は短かったけど、濃い人生でしたね。

  27. グリグラ より:

    当時買ってほしくても買ってもらえず、友人が毎年新しいロックマンエグゼをプレイしていたのを眺めていた羨望のゲーム機でした。ゲームボーイアドバンスの話となるとその友人の顔とロックマンエグゼが思い浮かびますw

    • kentworld より:

      なんだかぼくにとってのスーパーファミコンと激しく被りますねw

      スーパーファミコンはなかなか買ってもらえず友達の家で指を加えてスーパーマリオワールドを眺めていましたからw

  28. より:

    このゲーム機で持っていたソフトは、マリオアドバンス1、カービィ夢の泉、大迷宮、ファミコンミニの初代マリオでした。当時は色付きの画面に夢中になりました。まだ画面は明るくなかったので、照明の下に画面を持って行って見易くしたり、電池が切れそうになったら何度も入れ替えてみたり(笑)
    妹が欲しがったゲームとして、スタフィーがありました。初代です。当時一緒に遊び、ハマグリのキャラの敵キャラ解説に笑ったり(笑)
    初代PSで発売されたアトリエの派生作品が一つ出てもいたハードです。ワンダースワンで発売されたゲームの続編でした。当時はまだアトリエは完全な万人向けっぽいイメージも有るような感じでしたので、服装が今よりも落ち着いていて、ヨーロッパな感じ、RPGな感じの方が強いですね。年齢区分も「A」でした。ですがあのキノコ姫のアトリエに於いて… 泣

    • kentworld より:

      このゲーム機が発売された頃はゲームボーイがカラーになってからまだ3年も経っていませんからね~

      この頃は携帯機の進化が目覚ましかった。

      スタフィーは当時子供向けに感じて毛嫌いしていたんですが、今は一周回ってきたのでいつかやってみたいです。

      携帯機向けのアトリエシリーズも密かに出ていましたね。

      何気に任天堂の携帯機では毎回発売されているじゃないですか!?

  29. 匿名 より:

    GBASPはフロントライトですね。。。
    管理人様は間違えてなくて流石です。
    液晶もいきなりバックライトになったわけでなくワンクッションおいてるんですね。

  30. より:

    Wii Uに比べたら、これも又普通に任天堂はアイデアを練っているゲーム多いと思います。例えばワリオが主役のゲームだって出ています。ドンキーのだって番外編出ています。末期にはマリオのピンボールゲーム出たり、兄弟でRPGするゲームだって。他、ゼンマイおもちゃをゴールに導くアレも。まだこの当時は実際に主人公を直接操作、という物でしたね。ヨッシーのゲームもセンサー使った物が一つ。新しいゲームは普通に多いゲーム機です。Wii U以前のハードを見ると、やはり残した功績は多いですね。Wii Uはイカやステージ作り出るまで目立った功績作れませんでしたから。
    ボンバーマンも、アニメ放映されてた事もあってそれのゲームも出てましたね。主人公のお兄ちゃんが主役のゲームが。勿論、ゲームオリジナルボンバーマンも。爆ボン2のような3Dイメージイラストが印象的です。
    サクセスが作ってコナミが発売した野球選手育成するアレも、普通に出てましたし。他社にも、それなりに功績残してるっぽいゲームは多いですね。

    • kentworld より:

      Wii Uは確かに保守的でしたが、スプラトゥーンが全部持っていったと思うんですよ。

      それだけスプラトゥーンは大きなヒットでした。

      星さんがスプラトゥーンにハマっていたらまた印象が変わっていたかも。

      その人にとって突き刺さるようなゲームが一本あるかないかで印象って全然変わってきますから。

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