2016/06/06/20:00 | M☆G☆Mコラム, 歴代ゲーム機ヒストリー

祝!N64発売20周年!王者からの転落。復調。盗用と壮絶な人生を歩んだN64の一生を振り返る!

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2016年6月23日はN64の発売20周年記念日です。
プレイステーションやセガサターン、ドリームキャストなどと熱い戦いを繰り広げたゲーム機ですが、
その一生はとても過酷なもので、今では考えられないくらい壮絶でした。
今回の記事ではそんなN64の一生を振り返っていきたいと思います。
長文なので、続きは「続きを読む」をクリックしてご覧ください。

関連記事:祝!プレイステーション20周年!~ゲームの歴史を変えたゲーム機を振り返る~
関連記事:祝!セガサターン20周年!永遠の2番手ハードについて振り返ってみた

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▼時代は2Dから3Dへ!3Dゲームに特化した新型ゲーム機!

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NINTENDO64(ニンテンドウろくじゅうよん)は、
任天堂が発売したスーパーファミコンの後継機です。
最大の特徴は、3Dポリゴンの演算能力と描写品質が高い事。
そして、64ビットCPUとアナログスティックです。

当時はビット戦争が盛んで、ビット数が多い=高性能というイメージでした。
そんな中でファミコンのブランドをあえてなくし(仮名称はウルトラファミコン)、
ビット数を前面に押し出したNINTENDO64という名称で発売したんですね。

アナログスティックが標準搭載されている関係で、
3D空間を自由に移動するゲームが遊びやすくなった事も大きな特徴です。
十字キーを使って3D空間を移動するゲームはちょっと無理がありますからね・・・。

世間的にもこのゲーム機から3Dアクションの歴史が始まったという認識が強いと思います。
確かにそれ以前にも「バーチャファイター」や
「トゥームレイダー」などの3Dゲームがヒットしていましたが、
お茶の間に浸透しているとまではいえず、
ライトユーザーにとってはまだゲームと言えば2Dだったんですね。

そんな中であの「スーパーマリオ」が3Dアクションになって本体と同時発売されたのですから、
世間に与えた衝撃は大きかったと思います。これからの時代はポリゴン!3Dゲーム!
1990年代中盤のゲーム業界は、そんな風潮が強くありました。

▼1994~1995年:時代がCD-ROM機に移る中、モタモタする任天堂

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1990年代中盤は、まだゲームと言えば任天堂一強という時代でした。
しかし、プレイステーションやセガサターンの登場によって少しずつ任天堂の牙城が崩れていったんです。
当時はまだスーパーファミコンが現役で年に300タイトル前後を発売し、
ミリオンセラータイトルも沢山生み出していましたが、
CD-ROM機の大容量&低価格&音声・ムービー多用ゲームに太鼓打ちするのは徐々に厳しくなっていき、
特に大人ユーザーの間では既に時代遅れの印象があったと思います。

サードパーティ離れが加速したのもこの頃からでした。
当時の任天堂は一強なのを良い事にスーパーファミコンソフトを1本1万円以上で販売し、
サードパーティにも厳しい制度を設け、かなり傲慢な態度だったんです。

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そんな中でプレイステーションのSIE(SCE)はサードパーティに
150万円という格安の価格で開発機材を提供するなどして
参入敷居を大幅に下げた関係で大量のソフトメーカーが流れて行きました。
代表的なところでいうと「リッジレーサー」のナムコと「ファイナルファンタジー」のスクウェアですね。
特に「ファイナルファンタジー」のスクウェアが流れてしまったのは任天堂にとっては大きな痛手です。

こんな状況だからこそ早くN64を発売してスーパーファミコンから切り替えたいのに、
ソフト開発の遅れによってなかなか発売する事が出来ませんでした。
1993年8月に初公開され、1995年末発売予定だったのにそこから翌年の4月21日に延期。
さらに2ヵ月延期して6月23日にようやく発売と、
プレイステーションやセガサターンから実に1年半も遅れての登場だったのです。
この1年半の遅れはN64。そして、任天堂にとって大きな痛手でした。

▼1996年:発売で一気に巻き返し!にはならず、空前のソフト不足に

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度重なる発売延期の末、なんとか発売されたN64。
プレイステーションやセガサターンが盛り上がっているとはいえ、
ゲームメーカーの最王手は任天堂!発売してからはこっちのものだ!一気に巻き返してやる!
と言いたいところでしたが、本当の試練はここから始まります。


6月23日 スーパーマリオ64(任天堂)
6月23日 パイロットウイングス64(任天堂)
6月23日 最強羽生将棋(セタ)
9月27日 ウェーブレース64(任天堂)
11月22日 ワンダープロジェクトJ2 コルロの森のジョゼット(エニックス、コントローラーパック同梱)
11月29日 栄光のセントアンドリュース(セタ)
12月14日 マリオカート64(任天堂、コントローラー・グレー&ブラック同梱)★
12月20日 超空間ナイター プロ野球キング(イマジニア)
12月20日 実況Jリーグ パーフェクトストライカー(コナミ)
12月20日 麻雀MASTER(コナミ)

 

こちらは1996年に発売されたN64ソフト。
ロンチタイトルは僅か3本で、そこから3ヵ月以上の空白期間が存在します。
年末にはそこそこのタイトルが発売になるものの、
「マリオカート64」以外は野球やサッカー、麻雀などおじさんが好むようなものばかり。
当時のゲームファンが惹かれるタイトルは皆無に等しいソフトラインナップでした。

当時はダウンロード専売タイトルなどは存在せず、
N64はスーパーファミコンとの互換性もないので、
このラインナップがいかに貧弱なものなのか分かると思います。
比較的メジャーなハードでここまで貧弱なラインナップはN64くらいでしょう。

確かに「スーパーマリオ64」や「マリオカート64」は圧倒的なパワーを持っていましたが、
さすがにこの2本だけではプレイステーションやセガサターンで発売される
何百ものタイトルに太鼓打ちするのは無理があり、
N64はロンチで一時的な盛り上がりを見せてからは失速してしまいました。

▼1997年:ついにドラクエもプレイステーションへ!切り札の64DDは…

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そんな中、N64にとって追い打ちをかけるようなニュースが飛び込んできました。
1997年1月。ファミコン、スーパーファミコンで圧倒的な強さを見せていた国民的RPG、
ドラゴンクエスト」がプレイステーションへ移籍することが発表されたんです。
ファミコン、スーパーファミコンがあれだけ普及したのは「ドラゴンクエスト」の存在が大きかっただけに、
その最新作がN64で発売されないのは大きな痛手でした。

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さらに同月には同ハードで「ファイナルファンタジーVII」が発売。
瞬く間に300万本以上を売り上げ、プレイステーションの販売台数も急伸。
1997年だけで約500万台を販売し、空前のプレイステーションバブルが始まります。
この時点でライバルのN64、セガサターンはプレイステーションとの次世代機戦争に完敗となりました。
関連記事:【懐かしのゲームソフトランキング】
プレイステーションの黄金期が始まった!1997年1月27日~2月2日ゲームソフトランキング

任天堂にとって辛かったのは、プレイステーションどころか
セガサターンの後塵を拝する立場にまで追いやられてしまった事。
前世代機ではあれだけ強さを見せていたのに、たったの数年でここまで落ちぶれてしまうとは。

こんな状況だからこそハイクオリティなゲームを供給するべきなのに、
ソフト開発の遅れでなかなか思うようにいきません。
目玉タイトルの「ゼルダの伝説 時のオカリナ」は1996年内に発売する予定が2年近くも発売延期。
そして、切り札となった64DDも大幅に発売が延びてしまい、商機を逃してしまいました。

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今でこそなかった事にされている64DDですが、当時は壮大なプロジェクトが動いていたんです。
ロムカセットの低用量を克服し、大容量の書き換え領域を活用する事によって
新たなキャラクターやコースデータを提供。

N64の弱点を補いつつ、ゲームの遊びを拡張する素晴らしい構想でした。
発売予定タイトルとしては「ファイナルファンタジーVII」、
「ドラゴンクエストVII」、「MOTHER 3」が挙がっていた事もあったのですが、いずれも・・・。

大量のタイトルが発売延期になる中、なんとか1997年に発売出来たのが「スターフォックス64」。
本作は世界で最も売れたシューティングゲームとしてギネス認定されるものの、
大きな特徴となっていた振動パックを使ったゲームプレイはプレイステーションにまさかのアイデア盗用。
振動パック発売2日前にアナログコントローラ(デュアルショック)を発売されてしまい、
元祖振動コントローラの座を奪われてしまいました。

同時期には本体価格を25,000円から16,800円に大幅値下げ。
発売から1年もしないうちに8,000円も下げたのは良いものの、
肝心のソフトが集まらず、売上は大して伸びませんでした。
そもそも、プレイステーションは同時期に19,800円で販売していましたからね・・・。

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※ファミ通476号より。

↑コンシューマーゲーム黄金期の1997年末。当時の週間売上です。
上位をプレイステーションソフトが圧倒的な売上で埋める中、
N64は「ヨッシーストーリー」が下位にひょっこりランクインしているのみ。

本作はスーパーファミコンで大ヒットした「ヨッシーアイランド」の続編で
1997年末の目玉タイトルとなりましたが、売上は予想を大きく下回り、販売価格は暴落。
翌年からワゴンセールの常連となってしまいました。

▼1998年:ゼルダの伝説 時のオカリナがN64を救う!

M☆G☆M+etc...

N64が発売されたから2年。どんどん勢いを増す
プレイステーション市場とは裏腹にN64市場は崩壊寸前の状況でした。
プレイステーションが週に2~3万台売れる一方、N64は週に3,000~4,000台程度。
頼みの任天堂でさえも半年近くソフトを出さない状況があったりして、
このままバーチャルボーイのようにフェードアウトしてしまうんじゃないか。それほど絶望的な状況でした。

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そんな中、任天堂にとって1つの幸運が訪れました。
1996年に発売されたGB「ポケットモンスター」が空前の大ブームになったんです。
そのため任天堂の業績自体は好調で、N64は散々でしたが、ゲームボーイはよく売れていました。

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この勢いを少しでもN64へ持って行くべくして行ったのが、「N64 ダブルゲットだぜキャンペーン」。
1997年12月~1998年1月にかけて行ったキャンペーンで、
N64を購入すると「うたうポケモン図鑑」と2枚のポケモンカードが貰えたんですね。
どの程度の効果があったのかは不明ですが、少しは本体購入の後押しになったと思います。

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続いて発売されたのが「ポケモンスタジアム」。
本作は空前の大ヒットとなった「ポケットモンスター」の戦闘ツールで、
自分のデータを持ち寄ってテレビ画面で迫力のポケモンバトルを楽しめる作品でした。

GB「ポケットモンスター」の戦闘画面はとにかくチープだっただけに、
当時の子供たちにとって自分のポケモンが
フルカラーの3Dポリゴンになって戦えるのは大きな魅力だったんです。

こうしてポケモンブームの力によってN64市場は一時的に復調。
しかし、「ポケモンスタジアム」は使用出来るポケモンが40体程度で戦闘以外の要素が少なく、
完成度が極めて低かったためこの勢いは長くは続きませんでした。

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再び厳しい状況となったN64に、真の救世主が現れます。それがこの「ゼルダの伝説 時のオカリナ」。
2年もの発売延期によってようやく発売された本作の完成度はピカイチで、
週刊ファミ通のクロスレビューでは史上初となる40点満点を獲得。

海外でも大絶賛で、メタスコアは歴代最高の99点を獲得!
1998年のゲームオブザイヤーにも選ばれました。
売上も好調で、国内ではあっという間に100万本を突破。
海外でも絶好調で、最終的な出荷本数は760万本を突破しました。
関連記事:【懐かしのゲームソフトランキング】N64が息を吹き返した!
1998年11月16日~1998年11月22日ゲームソフトランキング

▼1999年:ようやく本領を発揮してきたN64!ヒット作を連発!

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「ゼルダの伝説 時のオカリナ」発売後もN64の快進撃はまだまだ続きます。
今や定番シリーズとなった「マリオパーティ」の1作目を1998年末に発売。
各地で品切れが続出して、入手困難な状況が続きました。

翌年1月には「大乱闘スマッシュブラザーズ」が発売され、年単位のロングヒットを記録。
「ピカチュウげんきでちゅう」、「ポケモンスナップ」、「ポケモンスタジアム2」と
ポケモンの関連作を半年で3本も発売。いずれも50万本以上の大ヒットを記録!

夏以降も定期的にヒット作が現れ、「マリオゴルフ64」は約50万本。
1999年の目玉タイトルとして発売された「ドンキーコング64」、
「マリオパーティ2」はいずれも100万本を超える大ヒットを記録!

サードパーティからも「がんばれゴエモン〜でろでろ道中 オバケてんこ盛り〜」、
「牧場物語2」、「実況パワフルプロ野球6」、「オウガバトル64」、
「実況Jリーグ1999 パーフェクトストライカー2」、「爆ボンバーマン2」などヒット作が少しだけ現れ、
プレイステーションほどではないもののN64市場にも良い流れがやってきました。
同時期には64DDが満を持して発売。しかし、こちらは・・・。

▼2000~2001年:少数精鋭戦略がついに実る!?どうぶつの森で有終の美を飾る

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当時の任天堂は、少数精鋭主義でした。
大量の2流ソフトよりも数本の1流ソフトを!ダメゲームは発売する価値なし!
その考えがサードパーティ離れを加速させた訳ですが、
この頃、ようやく少数精鋭戦略が実り始めました。

2000年に発売されたソフトは全37本。2001年は6本と、決して多くはありません。
しかし、発売されたタイトルを挙げてみると「星のカービィ64」、
「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」、「実況パワフルプロ野球2000」、
「マリオテニス64」、「マリオストーリー」、「風来のシレン2 鬼襲来!シレン城!」、
「パーフェクトダーク」、「カスタムロボV2」、「罪と罰 〜地球の継承者〜」、
「マリオパーティ3」、「ポケモンスタジアム金銀」と、今でも名前が挙がる名作が数多く存在します。

何故、これだけ高い打率を実現したのでしょうか?
それは、任天堂の開発体制にありました。
どんなに苦しい状況でも急いでゲームソフトを発売せず、
じっくり、じっくりと煮込んで作り続けた結果、それらのタイトルがこの時期に揃って発売されたんですね
(マリオストーリーに至ってはN64初期から開発が進められて2000年にようやく発売)。

1タイトルあたりの平均売上も高く、100万本以上販売したタイトルもいくつか生まれたので、
N64の少数精鋭戦略は発売5年目にしてようやく実ったと言えそうです。
そんなN64ですが、販売台数は2000年に入った辺りから再び失速してしまいました。

2000年といえばドリームキャストが発売から2年経っていますし、
3月にはプレイステーション2が発売されて、
N64はもう、高性能なゲーム機とは言えなくなっていたんですね。

任天堂としても既に次世代に目が行って、ゲームキューブを発表済みでした。
2001年に入ってからは販売台数はさらに減少。
発売タイトル数も極端に減っていき、N64は第一線から退く事になりました。

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そんな中、最後にヒットしたのが「どうぶつの森」。
本作は森の住人となって生活を楽しむコミュニケーションゲームで、
コントローラパックを使って友達の森へ遊びに行く事が大きな特徴となっていました。

オンラインゲームのような遊びをローカルプレイに持って来た斬新さ。
メルヘンな世界観が受け入れられたのか、その人気は徐々に拡大。
発売週の売上こそは3~4万本程度ですが、そこからジワジワと売れて25万本以上のヒットに!

その後はシリーズ化して舞台をゲームキューブに移し、売上は倍増。
さらにニンテンドーDSで発売されてからは売上がさらに激増して
今では「ドラゴンクエスト」や「モンスターハンター」と並ぶほどのメガトン級タイトルへと成長しました。

N64は商業的には成功とは言えず、
任天堂を転落へと陥れた、見方にとっては悪名高きハードですが、
「ゼルダの伝説 時のオカリナ」、「マリオパーティ」、「大乱闘スマッシュブラザーズ」、
「スターフォックス64」、「どうぶつの森」、「マリオテニス64」など、
後世に名を残すほどの名作を数多く生み出したのも事実で、そこは評価するべきだと思います。


以上、N64の5年間を振り返ってみました。
僕にとっても非常に思い入れのあるゲーム機なので、つい、熱く語ってしまいましたよw
ここまで詳しく語られたことはほとんどないでしょうから、
今回の記事を読んで新たな発見があったら嬉しいです。

▼おまけ:N64こぼれ話

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当時の低年齢層には絶大な人気!
⇒N64は低年齢層に人気が高いハードでした。
カラフルでポップなゲームが多く、最大4人対戦出来るゲームが数多く存在しますからね。
クラスでN64を持っている子がいたら、その子の家に集まって対戦ゲームを楽しむ!
なんてケースはしょっちゅうあったと思います。

N64を100%楽しむには、対戦ゲームが必要不可欠です。
それも含めて楽しめた当時の子供たち(1990年生まれ前後)にとってN64は神がかった存在で、
彼らが大人になった今はインターネット上で当時の美談が数多く語られています。
もちろん、ゲームのクオリティがピカイチだからこそこんな現象が起きるんですけどね。

FPSの入門機にもなった?
⇒あまり言われていませんが、
日本でFPS(ファーストパーソンシューティング)を広めたのはN64が最初だと思います。
N64の定番対戦ゲームとしてよく挙がる「ゴールデンアイ007」が初めてのFPSという人も多いのでは?

北米では好調!
⇒日本では失敗ハード扱いのN64ですが、北米では好調でした。
それでもプレイステーションには劣りますが、「ゴールデンアイ007」は大ヒットしましたし、
スポーツゲームの販売も好調だったと聞いています。
その関係でN64は海外産タイトルが地味に多いんですよね。
ヒット作はほとんどありませんが、任天堂からも色々と発売されました。

N64でプリレンダリングムービーを強引に使用したゲーム
⇒N64の大きな弱点は、ロムカセットを採用してしまった故に低用量な事です。
そのため他ハードと比べてボイスをあまり収録出来ず、
綺麗なCGキャラクターが印象的なプリレンダリングムービーも流せませんでした。

そんなN64の先入観を打ち破ったのが2000年に発売された「バイオハザード2」。
本作は1998年に発売されたプレイステーションソフトの移植作ですが、
大容量のロムカセット&圧縮技術によって強引ながらも
N64でプリレンダリングムービーを実現。N64の限界に挑戦していました。
本作に続いて「バイオハザード0」もN64で発売予定だったんですが・・・。

発売されたRPGはごく僅か。
⇒日本でN64が苦戦した大きな理由が、大作RPG不足です。
なんと、「ズール 魔獣使い伝説」までの3年間、RPGが一本も発売にならなかったんです。
最終的には「エルテイルモンスターズ」、「ロボットポンコッツ64 〜七つの海のカラメル〜」、
「マリオストーリー」、「風来のシレン2 鬼襲来!シレン城!」などが発売になりましたが、
純粋なコマンドRPGになるとほとんど存在せず、RPG派には厳しいゲーム機でした。
頼みの綱だった「MOTHER3 豚王の最後」が無事に発売されていたら少しは変わっていたかも。

▼当ブログのN64ソフトレビュー一覧

ウェーブレース64/お気に入り度 ★★★★★★★☆☆☆ 星7つ
ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー 電流イライラ棒/お気に入り度 ★★★★★☆☆☆☆☆ 星5つ
エルテイルモンスターズ/お気に入り度 ★★★★★☆☆☆☆☆ 星5つ
巨人のドシン1/お気に入り度 ★★★★★★★★☆☆ 星8つ

時空戦士テュロック/お気に入り度 ★★★★★★★☆☆☆ 星7つ
ズール 魔獣使い伝説/お気に入り度 ★★★★★★☆☆☆☆ 星6つ(近日公開)
スーパーマリオ64/お気に入り度 ★★★★★★★★★★ 星10個 (近日公開)
スター・ウォーズ 帝国の影/お気に入り度 ★★★★★★☆☆☆☆ 星6つ
スター・ウォーズ エピソード1 レーサー/お気に入り度 ★★★★★☆☆☆☆☆ 星5つ
スターフォックス64/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ

ゼルダの伝説 時のオカリナ/お気に入り度 ★★★★★★★★★★ 星10個

ゼルダの伝説 ムジュラの仮面/お気に入り度 ★★★★★★★★★★ 星10個

罪と罰 ~地球(ほし)の継承者~/お気に入り度 ★★★★★★★☆☆☆ 星7つ

どうぶつの森/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ

ドンキーコング64/お気に入り度 ★★★★★★★★☆☆ 星8つ

ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ

ブラストドーザー/お気に入り度 ★★★★★★★★☆☆ 星8つ
爆ボンバーマン/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ

バンジョーとカズーイの大冒険/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ
バンジョーとカズーイの大冒険2/お気に入り度 ★★★★★★☆☆☆☆ 星6つ
牧場物語2/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ

ポケモンスナップ/お気に入り度 ★★★★★★★☆☆☆ 星7つ

ボンバーマンヒーロー ミリアン王女を救え!/お気に入り度 ★★★★★☆☆☆☆☆ 星5つ

マリオアーティスト ペイントスタジオ/お気に入り度 ★★★★★★★★☆☆ 星8つ
マリオアーティスト タレントスタジオ/お気に入り度 ★★★★★★★★★★★ 星11個(近日公開)
マリオカート64/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ (近日公開)
マリオゴルフ64/お気に入り度 ★★★★★★★★★☆ 星9つ
マリオテニス64/お気に入り度 ★★★★★★★★☆☆ 星8つ

64で発見!!たまごっち みんなでたまごっちワールド/お気に入り度 ★★★★★★★☆☆☆ 星7つ
ヨッシーストーリー/お気に入り度 ★★★★★★★☆☆☆ 星7つ
ワンダープロジェクト J2 コルロの森のジョゼット/お気に入り度 ★★★★★★☆☆☆☆ 星6つ (近日公開)

※これまでに公開したコラム記事の一覧はこちら

 

 

※何か分からないゲーム用語を見かけたらこちら をご覧ください。

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コメント広場の住人(60)

  1. 街毛 より:

    人生で外れ率が一番低いハードでしたね。まさに少数精鋭が成功してたと思います。
    今でもRTAがこんなに栄えてるとは当時は誰も想像できなかったでしょうね。絶妙にバグりやすい(特にワープ)ハードですからね笑

  2. J.S より:

    N64のころを知らなかったので、今回の記事でけっこう驚きがありました。ソフトが少なかったのは知っていましたが、1年目はこんなに少なかったんですね。WiiUと状況がよく似ていると思います。WiiUとの違いは2、3年目で売れるソフトをコツコツ発売できたのが大きいですね。N64の中盤は名作も次々生まれ、サードからも少しずつですがヒット作が出て、今でも人気が高い理由がよく分かりました。

  3. グリグラ より:

    ブログ主さんの思い入れの強さが感じられる記事ですね。
    そういう自分も子供の頃はゲームと言えば64で、psの存在すら知りませんでした。
    子供といえば一本のソフトをとことんしゃぶり尽くすまでプレイするものですが、自分もご多分にもれず、マリオ64 マリオカート マリオパーティー マリオストーリー 時のオカリナ スマブラの6本だけで小学生時代を過ごしました。

  4. 伯爵 より:

    こうして振り返ってみると、N64もなかなか波乱万丈だったんですねえ。
    確かに、本数自体は少ないですが良作が多かったイメージですね。対戦ゲームとかも多かったし、1本あたりかなりやりこんでいました。
    スマブラ、マリカ、マリパ、ゴールデンアイとか集まって遊ぶこと多かったですし、私の青春のゲームといえばN64かな〜と思います。
    Kentさんは当時特にN64が好きだったと思うので色々やきもきしたことはあるかもしれませんが、それまで1社独占でやりたい放題だった任天堂が体制を見つめ直すきっかけになったのなら結果的に良かったのかな、と。
    ちなみに64bitが名前の由来になってたのは知りませんでしたw

  5. MGMの名無し より:

    ハードとしての完成度の高さからGCの方が評価されがちですが
    実際には名作の数も単純な売上を見ても64の方が成果を出してるんですよね
    当時お子様を卒業していた私は本体やコントローラの形状が気に入らなかったので
    なかなか食指が伸びなかったのですが

  6. 大谷163キロ より:

    64時代は完成度高かったですね。
    Wiiuの任天堂ソフトは全体的な完成度が低いです。
    HD開発を甘く見てたのかな?
    人力で作る分の見積もりが甘く、思ったより手間がかかったのかな。
    マリオカート8はがっかり。
    今までの反省点を踏まえて、ゼルダ新作は密度の濃いオープンワールドを期待してます。

  7. koji64 より:

    NINTENDO64はよく遊んだので、思い入れのあるハードです。
    サッカーゲーム(パーフェクトストライカー)と野球ゲーム(パワプロ)のクオリティの高さは素晴らしかった。
    サンキューコナミ、サンキューな!
    >クラスでN64を持っている子がいたら、その子の家に集まって対戦ゲームを楽しむ!なんてケースはしょっちゅうあったと思います。
    これはまさにその通りで、学校が終わったら自分の家に仲の良い友達を呼んで64で遊ぶのが恒例になってました。
    本体にマルチタップ無しでコントローラを多く接続できるのも、敷居が低くて良かったですね。
    マリオカート64は最高の対戦ゲームでした。
    NINTENDO64で一番悔やまれるのは、マザー3がお蔵入りしてしまった事ですね。
    これはいまだに残念に思います。

  8. えす より:

    記念すべき第一回E3で初公開されたらしいですね(当時の名称はウルトラ64)だそうで
    あ、もうすぐE3ですね!
    ROMカセットが今も主流だったらどうなってたんだろうなんて思ったりも…
    やはりPSやSSに比べてソフトかなり少なかった印象というかPSの数異常ですね。
    個人的にこの頃~Wiiまで任天堂ソフトには少ししか触れてませんでした。
    マリオ64と64ゼルダが印象的(それしかやってない)N64版MOTHER3は見てみたかったな…
    RPG不足はサターンにも言えましたね、その点ではPSが圧倒的でした。

  9. yy より:

    ロンチタイトルみるとマリオ64という歴史的タイトルがあるとはいえWIIUより酷いラインナップですねw
    ただ自分としては歴代のハードで一番思い入れがあるハードで一人ならゼルダの伝説、マリオ64、バンジョーとカズーイ多人数ならスマブラ、マリパなど幼少期の思い出がとても強いゲームが多いです
    むしろこのハードのせいでゲームの世界に没頭してしまったと思うとなかなか罪深い…

  10. ナッツ より:

    何度か書かせてもらってますが、64は直球世代なので自分の青春と重ね合わせながらも懐かしく記事を読めました!
    64のロゴ、本体デザイン、コントローラー、そしてソフトたち全てが愛おしいです。
    初めて触れたのは発売前、店頭での試遊なのですがあの衝撃は今でも覚えてます…。箱庭空間で上手くマリオを歩かせることすらできないんです。マリオ64のパッケージをまじまじと眺めたのは久々ですが、なんだか貫禄を感じますね。
    本当にソフト不足でしたが、当時の僕たちはコントローラーを持ち合いマリカやウェーブレースに夢中だったので楽しい日々でした。でも、年末はマリカ64のCMばっかりだった記憶がありますね笑
    業界の動きに興味を持ち始めた時期でもあったので、当時はPSも遊びつつ熱烈な任天堂派だったので動きは良く監視してました。当時のPSの攻勢も戦略も上手で、ポケモンの恩恵がなければ任天堂は厳しい状況だったでしょうね。これ以上にない満を持して発売した時のオカリナが初週から大ヒットしたのは凄く嬉しかった思い出があります。
    どうやっても長文になってしまいます。すいません笑 思い入れがありすぎて、いつかkentさんと64談義したいくらいです

  11. KAZU より:

    懐かしいです。
    64発売当時に配布された発売予定タイトルのパンフレットに載っていたものの半分近くは開発中止になったり、大きく方針転換され、予定通り発売されたものは1本もありませんでした。
    カービィ3Dやマザー3、キャベツ、エコーデルタ…。
    一体いつ発売されるのかと、パンフレットを壁に貼って待っていました。
    でも世間がいくら騒いでも、任天堂はしっかりとソフトを開発し、新たなゲームにも挑戦ていました。
    それがゲームを大きく変え、今の任天堂を支えていると思います。
    今でも、風来のシレン2や電車でGOのために遊んでますが、20年経っても1度も調子が悪いこともなく、元気に動いています。
    いくら失敗と言われても、これは任天堂の信念と遊び心が詰まった最高のゲーム機です。

  12. Ryou より:

    N64の20周年記事早いですね!まさか翌日とは。コントローラーを
    4台接続できるという一つの特徴がみんなで集まって楽しむという
    遊び方を生み出したという意味では貴重なハードではあるかも。
    現に自分も試遊台や同級生の家で集まってプレイがほとんどでしたけど
    思い出に残るようなゲームが多かった印象。スマブラやマリオ64、
    マリカ64、ポケスタ2&金銀のミニゲームは強烈でしたね。
    発売初期は開発が難しいとか言われてたような気はしたけど、
    後期は確か前期の3~4倍位はソフト出てましたよね?
    任天堂の努力の成果もあるだろうけど、歴代ハードの中でも
    かなり珍しい生き様ですよね。サードではハドソンやコナミ
    がかなり積極的で頼もしい存在だった。

  13. Kiyoppy より:

    僕は当時社会人だったので、周りはPSかサターンユーザーしかいませんでした。
    N64の存在は会社の同僚から本体ごと借りたので初めて知りました。マリオが面白いからやってみろ、と言われましたが、2Dマリオしか知らなかったので、別の意味でショックを受けて開始5分で止めて、それ以来N64は僕の中ではなかった子扱いでした。
    もっと大人にも分かるプロモーションしていれば僕も興味をもったかもしれません。
    今となっては、その頃はやってないゲームが多いので、世代差を感じています。

  14. MGMの名無し より:

    スト2でコントローラーを壊すのがスーファミ世代、マリオパーティーでコントローラーを壊すのが64世代ですね笑
    3Dスティックをグルグル回す系のミニゲームは選ばないのが暗黙のルールになっていました。懐かしい。
    任天堂としてはソフト単価が下がった事も痛手でしたね。と言っても正直スーファミ時代の殿様商売を継続されても困るのでやはりあれは一強のおごりでした。
    クロノトリガーが一万越え、カービィも7400円とか平気で付けていた時代にPSは新作5800円から、デジキューブの成長に伴ってコンビニ展開やPSブックス(廉価版)の導入など価格そのものに風穴を空けてくれました。64では流石に一万越えを付ける訳にはいかなくなりましたからね。
    …しかし64がボロボロでも97~00年頃のポケモンは誰も止められないメガヒット、
    キューブが苦しんでてもGBAは唯一の携帯機として好調を維持、
    PSが携帯機市場に乗り込んで来た時は脳トレブーム到来、
    WiiUがスタートダッシュに失敗してもイカが現れる、と任天堂は窮地に陥っても必ず救世主が降臨しますね。やはり苦しい時でも種を蒔いておく事が重要なのかもしれません。64は成功した点も失敗した点も印象深いハードでした

  15. ウユニ より:

    64も20周年かぁ。
    時間の流れは本当に早いもんだ。
    任天堂機が任天堂専用機と呼ばれ始めたのも64からなんですかね。
    というかWiiUに至るまで据置機はずっと任天堂専用機に近い印象です。
    自分が買ったのは97年冬頃だった気がします。
    PSでFF7楽しんでたのはいいもののまだ友人と遊ぶと言えばゲームだった時期なのもあり。
    1年遅れでマリオカートとマリオ64を買って前者は友達と、後者は友達と楽しみましたねー!
    スマブラ、マリオテニス、ディディーコングレーシング、マリオパーティなどパーティゲーム天国でした。
    ゴルフだけはみんなのゴルフでしたが笑
    あとは何と言っても3Dゼルダですかね。
    ゲームを発売日に買うのは今は普通になりましたが、当時は色々貯めて発売日にワクワクして時オカを買いに行きました。
    ゼルダ自体初めてだったんですがそのあまりのクオリティに度肝抜かれたの覚えてます。
    ムジュラもこれまた傑作でこっちもDQ7FF9の傍ら楽しんでました。
    メモリ拡張パックはめたのが懐かしいw
    任天堂の現在を支えるブランド群完成したのこの時期ですよね。
    革新性あるソフトも多くトータルではPSより楽しんでました。
    ただまぁサードがいないしんどさ経験したのに今また大変ですからねぇ^^;
    ソフト不足になってるのも一緒のようで、WiiUは焼き直しソフトばっかだから大きく違います。
    当時ほどの新鮮さあるソフトはスプラトゥーンくらいなもんでしょう。
    NXはWiiやスーファミは無理だと思うんで64のようなハードになればいいなと思ってます。

  16. ほにょ より:

    確かN64ってプログラムを組むときの言語がアセンブラ(マシン語)だったんですよね。PSとかの32ビット機がすでにプログラミングの楽なC言語に移行していたのに、今さらマシン語だなんて!しかも開発機材は高いし、業界的にやたらと敷居が高かった(バーチャルボーイに参入したメーカーでないと参入できないって噂もあったなぁ)。と言うより、任天堂と本当に志を同じくする同志以外はいらない!という強い姿勢が感じられました。SFCの時代はそれでもみんな着いてきたんだろうけど、PSやサターンがこうも売れてしまうと難しくなります。セタなんかは事実上N64と心中しちゃいましたよね。いい会社だったのに…。
    それだけに、N64はハードの面でもソフトの面でも本当はこんなもんじゃなかったという部分があるんですよね。64DDもそうですけど、マイクロコードが云々って話もあった。RPGは天外魔境が開発されていたんですよね、三部作で。結局それはGBAの”オリエンタルブルー”になるんですけど。この頃ハドソンは”ファミコンウォーズ”のN64版も開発していましたけど、メインバンクである拓銀の破綻であれよあれよという間に没落して行きました…。

  17. トミマル より:

    64の話ではないですが私の家にはゲームキューブがあり小学校低学年の時は私の家に週4で友達が遊びに来ていました。
    ゲームキューブがあまり流行らずみんな持っていないからみんなうちに来たという事に気付いたのは高校生ぐらいの時でした笑。話は変わりますが
    この前友達の家に遊びに行った時に弟君の友達も来ており交代でスプラトゥーンをやっているのを見てあー俺にもこんな時期があったなぁーと思いました笑。
    その時に思ったのは大人になった時に思い出のゲームとしてみんなでやったやったと盛り上がれるゲームは任天堂のゲームが多いなと思いました。プレステでやったとなるのはだいたい桃鉄、ウイイレ、パワプロとサードパーティのゲームでしかも定番なものばかりです。(この時のKONAMIはすごいですね笑)
    こういうみんな死ぬほどやったわーみたいなゲームをたくさん作ってきたんですからやっぱり今度はNXでこういうゲームをたくさん作ってほしいですね。

  18. ほにょ より:

    あと、一強時代の任天堂についての所では、”初心会”の存在についても触れておいて欲しかったですね。初心会とは、任天堂が組織していた任天堂のハードやソフトをお店に卸すオモチャ問屋さんの団体です。あのころ日本の玩具流通は任天堂に牛耳られていて、セガやNECは初心会に入っていないマイナーな問屋さんや、B級品を安値で買い叩くバッタ屋でしか商品を扱ってもらえなかった。サードパーティへの圧力以上に、流通を押さえていたことの方が大きかったわけ。だから松下電器は3DOリアルを街の電気屋さんで売ろうとしたし、PSやサターンはレコードの流通ルートを使おうとしました。はっきり言ってこれらの試みはうまく行かずに各社とも徐々に玩具流通を使うようになって行くのですが、当初はそうしたくてもできない事情があったんだということを覚えていてもらいたいわけです。それだけ当時の任天堂は”怖い会社”だった。みんな任天堂に対する積年の不満が溜まっていて、いつ爆発してもおかしくない状態だった。その不満が”次世代機”を産んだんです。だから、すべては任天堂を中心に回ってたんですよ。
    N64は少数精鋭の理想主義だったことに加えてその時代の反動をまともにかぶったため、ついに本来ありうべき完全体になることができず、その秘めたポテンシャルを発揮することもできなかった。それでもなお、”ゆけゆけ!!トラブルメーカーズ”はアクションゲーム好きのニルヴァーナ(桃源郷)だと思います。

  19. 亀さん より:

    64懐かしい。アナログスティックの妙な遊び印象的です。
    アナログと言えば記事の中でもちょっと触れられている。PSのアナログコントローラー。あれ時期は定かじゃないけど、DUALSHOCK出す前に、64対抗急いで作ったと言われるで確かモーター一個のバージョンがあるはず。スティックがゴムなしでXBOXのような窪みの有るものだったり、アナログスティック互換モードがあったり、LR2が少し小さくて上部に凸があったり、多分本体同梱し始めたタイミングでDUALSHOCKに切り替えられたのだと思うけど、そんなところにも任天堂に脅威感じて、すぐに対抗策を出してきていた様子がうかがえます。サターンにもちょっと遅れたけどマルチコントローラーだっけ?在ったしね。
    ハードの売り上げは別として任天堂の動きに対応して他が動くようなところが当時はあったのかも。

  20. ほにょ より:

    もうひとつ書くと、確かにロンチの3本からWR64までの間が3ヶ月開いていたわけですけど、それが貧弱だという印象はなかったですね。やはり他の記事でも書いたようなイノベーション感が凄かったから。発売前から”N64がゲームを変える”という宣伝がきっちりなされていましたからね。スーファミやPSとは違う。たとえ数は少なくとも、今までにない、それでいて永遠の定番になる本当に面白いソフト”だけ”が出るという。
    だから、発売当初にN64を買った人は、この3本をそれこそしゃぶり尽くしたはずです。PSの”全てのゲームを選べる自由”と引き換えに、たった3本のソフトからものすごく濃い体験を得たという。そこまで入れてのゲームの質的転換なんだと。
    中でも一見しただけでスルーされそうな”最強 羽生将棋”こそが実はものすごい伏兵で、ビジュアルに手を掛けようがない代わりに64ビットCPUの思考の速さがストレートに反映され、タイトル通りめちゃんこ強い将棋ソフトになってたりする。それまで将棋ソフトなんて爺様の庭いじりみたいなものだろうとたかを括っていた人はその地獄の料理人っぷりにびっくりして、深みにはまっていったわけです。
    だからN64の最大の失敗は、短い年月の間にソフトをたくさん出し過ぎたことかも知れません。僕個人は64花札とかスペースダイナマイツとかロードランナー3Dとかも愛おしいんですけどね。20年間ずっとN64で通すくらいの覚悟が必要だったのかも。

  21. tanu より:

    任天堂が低性能路線に走ったのは64の失敗があったからだと思ってますw
    「マリオ64、時のオカリナがあっても売れなかったのだから高性能じゃダメなんだ」と任天堂が判断してしまったのではないかと
    でもそれは間違いで、マリオ64や時のオカリナがあったからあれだけソフトが少なかったのにそこそこハードは売れたんですよね

  22. くっぞこ より:

    こんにちは。
    個人的にはPS~64の頃はTVゲームから距離を置いていた時期でした。
    64でゼルダが発売されるというニュースを聞いて、64と「F-ZERO X」を買いました。
    「F-ZERO X」はすごかったですね~

  23. ほにょ より:

    あともう一つだけ指摘をさせてもらうと、文中でのスポーツゲームの扱いがちょっと軽い気がします。専門外なのだとは思いますが。スポーツゲームはゲーマーとは違う独自のファン層がありますからね。特にアメリカではそうで、ジョン・マッデン(アメフトの定番ソフト)があるかどうかでハードの存在価値が天と地ほど違うと思う。
    あとはやはりプロレスゲームですね。N64には当時マンデーナイト・ウォー(月曜戦争)と呼ばれる視聴率争いを繰り広げていたアメリカの二大団体、WWF(今のWWE)とWCW両方のソフトが出ています。それらがアメリカだけではなく日本でも出たのが凄いと思うんですよ。現在WWEのトップスターになっている中邑真輔選手やAJスタイルズ選手は、プロレスの原体験がゲームという世代。 特にAJスタイルズ選手のプロレス勘を大いに養ったのが、他ならぬN64のWCWソフト…日本での”バーチャルプロレスリング64″だったんですね。そういう意味でもN64の功績は大きいと思います。全日本プロレスの版権を使った日本独自の続編”バーチャルプロレス2 王道継承”もプロレスゲームの最高峰と言われる名作。バープロ2一本のためにN64がずっと現役というプロレスファンは多いです。新日本プロレスのソフト”闘魂炎導(とうこんろーど)”を開発したユークスは、後に新日本プロレスそのもののオーナーになって経営を支えたりもしました。

  24. セシル より:

    大ボリュームで興味深く読ませてもらいました。個人的にはセガ派のゲーム人生でしたので当然N64は持っていませんでしたが、任天堂がやらかしたハードでゲーム戦国時代が始まった事を印象付けるハードだったのかなと思いますね。まあ、おかげでゲーム業界が面白くなったのかなと(笑)

  25. lemse より:

    僕は任天堂のゲームはgame cubeからしか知らないので
    新鮮な話でした。
    マイナーなハードといってもいいんでしょうが
    確実に現在へ繋がる名作ソフトも生み出せたようですね。
    このころから任天堂は携帯ハードは売れていたんですね。
    当時から任天堂はなかなか、
    据え置きでヒットするゲーム機が出せなく
    なっていますが、NXはどうなるか。
    あまり、本体の値段を上げてこないと
    思われるのですが
    サード引っ張って来る程度のスペックは欲しいところ
    です。

  26. KA より:

    N64も20年ですか、誕生日に買ってもらったのを思い出します(年がバレそう)
    マリオ64の前にもPSで3Dアクションをプレイしたことがありますけど、マリオ64を初めてプレイした時はすごく衝撃的でした、個人的に3Dアクションゲームで一番のお気に入りです。
    歴史的な傑作と言われた時オカもプレイしましたけど当時は普通に楽しめたけど2Dと比較して変わり過ぎて1週だけで繰り返しプレイはしませんでした、ちなみに神トラと夢島は何週もしました。このゲームの本当の素晴らしさを知ったのはリメイク版をプレイしてからでした。
    購入ソフト数は10本位でしたけどどれも名作で少数精鋭って感じでしたね。そう思えば64のRPGは1本も購入してませんでした。
    この世代はメジャーなハードは全機種持ちで稼動比率はPSが多めでしたけど、64も結構稼動してました。でも2000年辺りにパソコンを入手してからコンシューマー機をプレイする頻度が減っていってしまって、後継機のGCはおろかPS2も持ってませんでした、それからDSバブルまでコンシューマーから完全に手を引いていました。

  27. くぅ より:

    当時はN64はマリオカートとセットでクリスマスプレゼントで買ってもらった覚えがあります。
    その翌年のお正月に兄弟全員のお年玉を出し合ってサターンを、さらに翌年に同じようにPSをと主要3機種が揃っていた子供時代だったのですがどの機種も強みと弱みがあったので程よく均等に稼働してたと思います。
    やはりN64は持ってる家が少なかったので、友達が集まっていろいろと対戦ゲームを遊びまくったですね。
    マリオカート、007、スマブラ、パーフェクトダークが特に良く遊ばれていました。

  28. kentworld より:

    >街毛さん
    N64で外れのゲームってなかなかないと思います。
    >RTA
    確かに動画サイトではよく見かけますねーw
    それだけ、愛されているという事でしょうか。

  29. kentworld より:

    >J.Sさん
    今の任天堂の原点を生み出したのがN64だと思っています。
    Wii Uとの違いはイノベーションなんですよ。
    発売するゲームの多くが新しい刺激があって、
    それが当時プレイした人々の心に残っているという。
    多少粗削りでも、新しくて面白い試みって印象に残るんですよね。

  30. kentworld より:

    >グリグラさん
    今回の記事はずっと前から公開したかったんですよーw
    N64ソフトは僕も1本辺りに平均プレイ時間が長いです。
    当時は今ほどゲームを買えなかったので。

  31. kentworld より:

    >伯爵さん
    王者から転落してしまったゲーム機なので、
    波乱万丈という意味ではPS3にも負けないくらいでしたw
    伯爵さんの青春もN64になるんですかー。
    掲載しなかった神ゲーコレクションにもN64ソフトは多そうですね。
    N64の苦戦については色々思う事があります。
    でも、昔から僕は2番手以下を応援するマイナー志向のようなものを持っているところがあるので、
    あんまり売れ過ぎていたら今のようにはなっていないかもw
    ドリームキャストの頃までは各ゲーム機がビット数をアピールしていました。
    8ビットゲーム機。16ビットゲーム機。32ビットゲーム機。
    64ビットゲーム機。128ビットゲーム機みたいな。
    N64は時代を感じるネーミングですねぇ。

  32. kentworld より:

    >MGMの名無しさん
    >ハードとしての完成度の高さからGCの方が評価されがちですが
    それは初耳でしたw
    一般的にもN64>GCという評価だと思っていました。

  33. kentworld より:

    >大谷163キロさん
    Wii Uも中盤までは良作率多かったんですけどねー。
    マリオカート8が微妙に滑り、
    アミーボフェスティバル、マリオテニスと最近は
    低評価なタイトルも目立っていてN64のような少数精鋭とは言えなくなってきました。

  34. kentworld より:

    >koji64さん
    当時のコナミについてはこぼれ話で触れておくべきでしたw
    とにかく思い出しているとどんどんネタが出て来てしまって。
    僕の家でもN64ソフトでよく対戦していました。
    喧嘩した事もあったけど、良い思い出だなぁ。
    マリオカート64はシリーズで最も楽しめました。
    MOTHER3が発売中止になった時はガッカリムードが半端なかったw
    当時はシリーズをプレイしていなくてそこまで凄いのかと思っていました。

  35. kentworld より:

    >えすさん
    E3も長い歴史のイベントになったんだなぁと思います。
    ロムカセットが今でも主流になっていたら、かぁ。
    ロード時間が短くなる一方、販売価格の上昇や容量不足。
    リピートの遅さなど問題点が浮き彫りになってしまい、
    まさに質的変換が迫られると思います。

  36. kentworld より:

    >yyさん
    あのラインナップは本当に酷かったw
    当時子供でしたが、これはマリオしか興味を持ちにくいです。
    もちろん、実際にやってみると面白い作品もあるんですが。
    僕もこのハードには思い入れがあるので、
    yyさんと語り合ってみたいですねー。

  37. kentworld より:

    >ナッツさん
    ずーっと前からこの記事は公開したかったので、
    ようやく出来てスッキリしました!
    ナッツさんも記事を読んで喜ぶだろうなーと思って書いていましたよ。
    発売前に店頭で触れていたとは!?
    僕は友達の家でプレイして、
    それで衝撃を受けて数ヵ月後に買ってもらいました。
    マリオ64だけで3ヵ月くらいプレイしましたね。
    そのあとはマリカ64だったかなー。
    この頃はハード戦争が活発で、盛り上がっていましたよね。
    結果的にはPSが圧勝でしたが、
    それ以外のハードメーカーも有力タイトルを出したり
    キャンペーンやTVCMを打ったりして、切磋琢磨していたと思います。
    なかなかこういう過去のゲーム機を大々的に取り扱う機会ってないので、
    むしろ、この記事のコメント欄で想いを爆発しても良いんですよw
    記事の最後を見て分かるように、いくつかのタイトルをレビューする予定ですが。

  38. kentworld より:

    >KAZUさん
    そうなんですよね。N64はソフト開発が難しかったので、
    多くのタイトルが開発中止になってがっかりしたのを覚えています。
    すべてのタイトルが予定通り発売されていたらどうなっていたのだろうか?
    >いくら失敗と言われても、これは任天堂の信念と遊び心が詰まった最高のゲーム機です。
    これは本当にそう思います。
    なんか、カッコいいんですよね。
    僕の中ではイケメンゲーム機ですよ!(なんだそれはw)

  39. kentworld より:

    >Ryouさん
    このタイミングで公開してしまいました!
    N64はコントローラを4つ接続出来た初めてのゲーム機でもあるんですよね。
    これも地味にありがたくって、パーティゲーム機としても大活躍でした。
    N64を持っている人はそんなに多くないけど、
    友達の家でプレイした人はたくさんいるので
    各ゲームの売上本数以上の知名度があると思っています。
    スマブラなんかはまさにそれで、
    Wiiから爆発したのも友達の家でプレイしたユーザーが
    初めて購入したからなのもあると思っています。
    >発売初期は開発が難しいとか言われてたような気はしたけど、
    >後期は確か前期の3~4倍位はソフト出てましたよね?
    これは単純に流れて行った感じです。
    多くのタイトルは96~97年に出す予定だったのに、
    遅れに遅れて98年以降にしか出せなかったという。
    もう、めちゃくちゃ待たされましたもんー。

  40. kentworld より:

    >Kiyoppyさん
    当時の大人ユーザーにとってN64は蚊帳の外だったと思います。
    実際、PS VS SSという構図は各地で見られましたが、
    そこにN64が加わっている事は稀でしたもんね。
    もう少し大人向けのゲームが出ていたら・・・罪と罰とか。

  41. kentworld より:

    >MGMの名無しさん
    >スト2でコントローラーを壊すのがスーファミ世代、マリオパーティーでコントローラーを壊すのが64世代ですね笑
    それはあるかもしれませんねw
    ソフト単価が下がった事で利益率は減ってしまったとは思いますが、
    それでもスーファミのあの値段は無いと思いますw
    一体、当時はどれだけ儲かっていたのでしょうか?
    コストが高いとはいえ、そこまで高くしないといけないものなのか。
    確かに任天堂は何もかもが不調な時ってほとんど存在しなくて、
    不調な時でも何か良いニュースを抱え持っているところが油断出来ません。

  42. kentworld より:

    >ウユニさん
    そうですね、任天堂据え置き機の基礎を作り上げたのがN64だと思います。
    そういう意味でも悪名高きハードかもしれませんw
    1997年冬ごろに購入されましたかー。
    N64としては辛い時期ですが、マリオに惹かれて買った感じなのかな。
    その辺りのゲームを買って友達と遊んでいたら十分に元は取れたと思います。
    時のオカリナをワクワクして発売日に買っていたんですか!?
    発売前からこのゲームに注目していたとは、目の付け所の良い子供だったんですね。
    かくいう僕も発売前から注目していてワクワクしていました。
    ムジュラ、ドラクエVII、FFIXのコンボ、最高じゃないですか!w
    なんて贅沢なゲームライフを送っているんだ!
    任天堂は毎回、反省点を活かして色々やってくるんですが、
    サードパーティに関しては一向に改善されません。
    もはや任天堂ハードの体質みたいなものになっていますよ。
    これだけ治そうと思っても治せないとは。

  43. kentworld より:

    >ほにょさん
    >任天堂と本当に志を同じくする同志以外はいらない!という強い姿勢が感じられました。
    そんな感じでしたね。粗製乱造を凄く嫌っていて、
    サードパーティを厳選していました。
    アタリショックを見てきたので、それを恐れていたんですね。
    N64に力を入れていた会社の多くは今の惨状を見ると切なくなってきます。
    比較的成功していたコナミは・・・

  44. kentworld より:

    >トミマルさん
    任天堂のゲームは多くの方にとって入門みたいなものになると思います。
    ですので、初めてのゲーム。思い出のゲームとして語られる事は多いですね。
    それで心配なのが今の子供たちです。
    特に海外では任天堂のゲームを入り口とする子供が減っているようで、
    いずれ、今の流れも変わってくるんじゃないかと思っています。
    NXでは子供の心に残るゲームも作り続けてほしいです。

  45. kentworld より:

    >ほにょさん
    >あと、一強時代の任天堂についての所では
    掘り下げられるところはいくらでもあるんですが、
    そこをやり過ぎたら任天堂=悪みたいな印象が強くなってしまい、
    この記事の趣旨と合っていないと思います。
    やるとしても別の機会が良いんじゃないかと思いました。

  46. kentworld より:

    >亀さん
    そうですね、デュアルショックの前に
    アナログコントローラという名称で発売されました。
    当時の任天堂は王者から転落していましたが、
    業界に影響を与えるような発明は色々していて
    王者としての貫禄は残っていたと思います。
    もちろん、PSも廉価版やCD-ROMなど主に流通面でのイノベーションを生み出していて、
    お互いが新しいものを生み出していた時代なんですよね。

  47. kentworld より:

    >ほにょさん
    >もうひとつ書くと、確かにロンチの3本からWR64までの間が3ヶ月開いていたわけですけど、それが貧弱だという印象はなかったですね。
    この記事でいう貧弱は、ゲームソフトそのものの事では無く、訴求力という意味です。
    ほにょさんにとっては面白くない話だと思いますが、
    将棋、スペースダイナマイツ、ロードランナー3Dなどは
    一般的なゲームファンが食いつくようなものではなく、
    実際に面白さは別として訴求力で見たら貧弱になるんです。
    この記事は商業視点から見た内容である事をご理解ください。

  48. kentworld より:

    >tanuさん
    N64、GCで任天堂の高性能路線は終わってしまいましたもんね。
    低性能だからといってゲームの品質が下がったとは言いませんが、
    新しい刺激を味わいにくくなるのも確かで、
    N64、GC時代以上に力を入れてソフト開発しなかったところに反省があると思っています。
    過去作品の焼き直しばかりじゃねぇ。

  49. kentworld より:

    >くっぞこさん
    この頃が一番ゲームが熱かったんですよね。
    64ゼルダといえば1998年ですが、
    その頃からゲーム熱が再燃した感じなのかな?

  50. kentworld より:

    >ほにょさん
    >あともう一つだけ指摘をさせてもらうと、文中でのスポーツゲームの扱いがちょっと軽い気がします。
    確かにコナミはN64で貢献したので
    もう少し触れてみても良かったと思うんですが、
    個人のブログに求めすぎですw
    マイナー志向のほにょさんとしてはもう少しマニアックなところを攻めて欲しいんですけどね。
    僕としても掘り下げたい話はいくつかありますが、
    まずは大衆にN64というハードがどんなものだったのか?を伝えるため、
    メジャーなところを書いていきたいというものがあるんです。
    マニアックな話は優先順位としては低くなってしまうんですよ・・・。
    当ブログは比較的大衆受けするゲームブログにしていきたい事をご理解ください。

  51. kentworld より:

    >セシルさん
    この頃のゲーム業界は面白かったですよー!
    それだけに最近の盛り上がりのなさと来たら・・・。
    今のPS4でやっとセガサターンやN64レベルですから。

  52. kentworld より:

    >lemseさん
    新鮮さを感じてもらえたのでしたら嬉しいです!
    任天堂はどんな時代でも携帯機では一強でしたね。
    この状況はもう、ずっと続きそうな気がしています。
    NXはどうやって攻めてくるのでしょうか。
    それを楽しみに待っています。

  53. kentworld より:

    >KAさん
    KAさんもゲーム歴がかなり長いようですね!
    当時の3台ゲーム機を持っていたとは。
    最近は、かなり厳選している感じでしょうか。
    話を聞いてみるとかなり変わったゲーム経歴で、
    何がきっかけでそうなったのか気になってしまいましたw
    時のオカリナはそれまでのゼルダから大きく変わりましたよね。
    あのくらいの変化をまた味わってみたいもんです。
    DSのゼルダはちょっと「おお!」って思いましたし、
    スカイウォードソードも色々変えているなぁとは思いましたが、
    やっぱり一番衝撃的だったのが時のオカリナだなぁ。

  54. kentworld より:

    >くぅさん
    確かにそれぞれのゲーム機に特徴があったので、
    使い分ける事は出来ましたよねー。
    発売タイトルも今のように重複はしていませんでしたし。
    特にN64はマルチタイトルを作りにくい関係で
    ほとんどのタイトルが独占で、
    好みさえ合えば楽しめるゲーム機だと思います。

  55. μ's海岸 より:

    購入したハードの中でも
    あまり使わなかった部類ですね。
    ゼルダはハマりましたが
    当時はプレステ繋ぎっぱなし。

  56. MGMの名無し より:

    64のゲームは本当に名作揃いでしたね。
    私は本当に良いゲームというのは遊んでから10年経った後でも昨日のことのように鮮明に覚えていて、友人もまたそのように覚えていて今でも熱く語れるようなものだと思ってます。64は該当するゲームが多かったです。
    マリオ64やゼルダ時のオカリナは3Dゲームの先駆者とも言える存在でしたよね。3Dゲームアクションの黎明期のなのに見た目や演出だけでなく3Dであることを生かしたゲーム性の追求や遊びやすさ等のバランス調整をギリギリまで行っていたことは本当に頭が下がる思いでしたし、音楽や効果音のインパクトも凄かったですからね、
    この頃の任天堂は名実ともに自信に溢れてましたから、ファンとしても応援したくなりましたね。世間で売れてないと思われていたことは残念ではありましたが、それでもなお満足感は高かったです。

  57. KA より:

    >>KAさんもゲーム歴がかなり長いようですね!
    本格的にゲームを始めたのは1995年頃ですけど以前にもちょびちょびとゲームをしていました。95年頃はまだPS・SSは持ってなくてSFCメインでした
    >>当時の3台ゲーム機を持っていたとは。
    PSとSSは自分から購入してもらったものではないんです、64は自分から欲しいと言いました。家族で各ハードを共有していましたから自分も3機種と遊んだ経歴があります
    PSはRPG、64はアクションゲームが多かったです、SSは爆弾男と桃道(桃伝の世界観な桃鉄)位しかプレイしませんでした、64でも爆弾男2本もってました、64サードのソフトで購入したのはこの2本だけでした
    >>最近は、かなり厳選している感じでしょうか。
    狭く深くプレイしたいので、思い入れのあるシリーズをひたすらやり込むプレイスタイルなのでこのようになってしまいました。
    >>話を聞いてみるとかなり変わったゲーム経歴で、
    何がきっかけでそうなったのか気になってしまいましたw
    自分はどのハードを購入したかと言うと
    64以前:FC、SFC、PCエンジンDUO-R、GB
    1996年頃:PS、SS、64
    1998年:GBC
    2000年:WS(ワンダースワン)
    2001年:GBA
    2007年:DSLite
    2008年:Wii
    2009年:DSⅰ
    2011年:3DS
    (以下略)
    パソコンは2000年に購入してもらってネットサーフィンやフリーゲーム等をプレイしていて、コンシューマーゲームのプレイ時間が減ったけどまだ64・PS・SFCを中心に遊んでました、でも03年から05年中盤にかけてMMORPGに大ハマりしてからコンシューマーゲームを全くプレイしてませんでした。MMORPGに飽きて、05年後半から07年初頭まではまったくゲームをしなくなってしまいました。

  58. kentworld より:

    >μ’s海岸さん
    それは勿体ない!
    とは言えこのゲーム機はRPG好きにはあまり響かないと思います。

  59. kentworld より:

    >MGMの名無しさん
    >64のゲームは本当に名作揃いでしたね。
    僕も当時のことは鮮明に覚えています!
    だから、この記事もつい最近の事のようにすらすら書けましたよ。
    この頃の任天堂も色々言われていましたが、僕は惚れましたね。
    あの漢気ある姿は子供でもカッコ良く感じました。

  60. kentworld より:

    >KAさん
    再度、コメントありがとうございます。
    ゲーム歴、意外にも僕よりも短いんですね!
    僕は1991年から始めました。
    歳がバレそうですが、かなり幼い時からやっていました。
    家族揃ってゲーム好きだと、
    色んなゲームをプレイ出来て良いですよねー。
    今は興味を失っているのかな?
    ボンバーマンが好きな辺りは1990年代を楽しんだゲーム好きらしいですねw
    MMORPGはそれが嫌なんですよー。
    僕も一瞬だけ、そんな時期がありました。
    今のスマホゲームでも似たようなことが言えますね。
    あれもMMORPGに近い面白さがあると思っているので。

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