2017/09/18/20:00 | M☆G☆Mコラム, 歴代ゲーム機ヒストリー

世代を越えて愛される名機!スーパーファミコンの歴史を振り返る!

いよいよ発売されるニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン

本ハードの発売に合わせてスーパーファミコンの歴史を今回の記事では振り返っていきたいと思います!

1990~1991年:延期に次ぐ延期で発売された待望のファミコン後継機!

日本のコンシューマーゲーム市場を作り上げたゲーム機、ファミリーコンピュータ(通称:ファミコン)

スーパーファミコンはファミコンの後継機にあたり、同ハードを大きく上回る性能や拡大、縮小機能が特徴となっていましたが、延期に次ぐ延期で発売はだいぶ遅くなりました。

スーパーファミコンが発売された1990年11月当時は既にPCエンジン、メガドライブといった16ビット機が登場し始めていて、8ビットのファミコンは性能的に時代遅れだったんですね。

アーケードゲームでは3Dポリゴンの時代が到来しつつあっただけに、スーパーファミコンは1周遅れの発売になりつつありました。

このように少し不利な状況での発売でしたが、さすが王者ファミコンの後継機!

発売直後から圧倒的な売上を見せ、同時発売の「スーパーマリオワールド」は最終的には350万本もの大ヒットを記録!

1990年内に発売されタイトルは9本。翌年も47本と初期はあまり多くのタイトルが集まりませんでしたが、国内ではPCエンジン、メガドライブといったライバル機の販売台数をあっという間に追い越しました。

1991年に発売されたタイトルで代表的なのが、「ファイナルファンタジーIV」と「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」。

ファイナルファンタジーIV」はスクウェア初となるスーパーファミコンソフトで、前作から映像が綺麗になった他、ファミコンでは実現できなかった拡大縮小機能によって演出効果が大幅に向上してより映画的な作品となりました。

それがウケたのか「ファイナルファンタジー」シリーズはこの頃から人気がさらに増し、続編の「V」「VI」は250万本前後の売上を記録しています。

ゼルダの伝説 神々のトライフォース」は開発に3年を費やした「スーパーマリオワールド」と並ぶ任天堂の超大作!

セールスこそは国内110万本程度と飛び抜けて高くはありませんが、週刊ファミ通のクロスレビューでは史上初の39点を獲得するなど歴史的な高評価を獲得し、スーパーファミコン初期の名作として名を残しました。

1992~1993年:サードパーティからメガヒットが連発して黄金期に突入!

時は流れて1992年。この頃になると発売タイトル数が加速度的に増してサードパーティからメガヒットタイトルが続々と誕生します。

まず、生まれたのが「ストリートファイターII」。

当時、アーケードで大ヒットを記録していた作品の家庭用移植作で、格闘ゲームというジャンルを定着させるほどのメガヒットを記録しました。

その人気は社会現象レベルで、次から次へとバージョンアップ版が発売され、アニメ映画にもなった程です。

続いて生まれたのが「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」。

シリーズ初となるスーパーファミコンソフトで、親子3代に渡るストーリーや結婚イベントが話題となり、ハードが切り替わっても280万本以上のメガヒットを記録しました!

任天堂からはレースゲーム、「スーパーマリオカート」が発売。

「スーパーマリオ」シリーズの番外編となる作品ですが、アイテムを駆使したパーティゲーム色が強い内容が幅広い層に受け入れられ、なんと、本編以上のメガヒットを記録しました!

最終的にはスーパーファミコンソフトでは最も高い382万本を売り上げ、今では本編と並ぶ人気シリーズとなったんですね。

翌年になるとスーパーファミコンの人気はさらに加速!

発売タイトル数は269本にも膨れ上がり、1年間の国内出荷台数は443万台にも登りました!

ヒット作も非常に多く、スクウェアからは「ファイナルファンタジー」シリーズ以外にも「聖剣伝説2」「ロマンシング・サガ2」が。

エニックスからは「ドラゴンクエスト I・II」が。カプコンからは「ストリートファイターIIターボ HYPER FIGHTING」「ロックマンX」が。

ハドソンからは「スーパーボンバーマン」「新桃太郎伝説」が。コナミからは「がんばれゴエモン2 奇天烈将軍マッギネス」が。

バンダイからは「ドラゴンボールZ 超武闘伝2」が大ヒットを記録し、任天堂だけではなく、サードパーティからのヒット作が大量に発売されました!

こうしてスーパーファミコンになっても任天堂は圧倒的な地位を獲得するのですが・・・

1994年:CD-ROM機の台頭によって徐々に奪われるシェア

1993年頃になると、ゲーム業界に新たなが生まれました。

まずは3Dポリゴン。三角形の集合体で、これが組み合わさる事で擬似的な立体映像の作成が可能になり、ゲームは3Dの時代へと突入します。

アーケードゲームではいち早く3Dポリゴンを使用したゲームが登場し始め、特に格闘ゲームの「バーチャファイター」と3Dレースゲームの「リッジレーサー」に人気が集まっていました。

任天堂も「スターフォックス」で対抗に出るものの、スーパーファミコンの性能では限界があるようであまり話題にならず。

そして1994年。各社から続々と32ビットのCD-ROM機が発売される事になります。

ソニー初となるゲーム機、プレイステーション。最強のアーケードゲーム移植機を目指して作られたセガサターン。

マルチメディア機、3DO REAL。PCエンジンの後継機として生まれたPC-FXと、1994年だけでこれだけのゲーム機が発売されたんです!

特にプレイステーションとセガサターンの人気は圧倒的でした。

プレイステーションは「リッジレーサー」。セガサターンは「バーチャファイター」で人気を獲得し、累計販売台数は瞬く間に100万台を突破。

大容量の光ディスクによってスーパーファミコンでは到底不可能な映像美を実現し、頻繁に値下げもして急速に普及をさせようとします。

関連記事:祝!プレイステーション20周年!ゲームの歴史を変えたゲーム機を振り返る
関連記事:祝!セガサターン20周年!永遠の2番手ハードについて振り返ってみた

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余談ですが、当初プレイステーションはスーパーファミコン向けCD-ROMドライブでした。

任天堂とソニーの提携で発売される予定でしたが、両者の方針にズレが生まれたことで交渉が決裂。その後、ソニーが単独でプレイステーションを発売するようになります。

自社のゲーム機向けに展開されるハズだったCD-ROM機がまさかライバル化するとは、任天堂も当初は思いもよらなかったでしょうね。

1995年:スーパーファミコンの対抗が始まる!

プレイステーションやセガサターンが人気を集めても、1995年の時点でスーパーファミコンの累計出荷台数は約1,450万台!

既に圧倒的なシェア率だったため多少のシェアは奪われても人気はまだまだ続きます。

1995年には360ものタイトルが発売されました。

この中には「クロノ・トリガー」など数多くの名作RPGが含まれており、スーパーファミコン市場はプレイステーションやセガサターンと比べて地味ではあるものの成熟していきます。

しかし、どうしようもない問題が生まれました。それは、ソフト価格の高騰です。

1995年になるとソフトの大作化が進んでロムカセットの容量がどんどん高まり、それに比例して価格が上がって行ったんですね。

ゲームソフトの価格は10,000円超えがザラで、中には12,000円もするタイトルが現れました。

一方、プレイステーションやセガサターンソフトは光ディスクを採用する事によってソフトの価格を抑える事が出来て、5,800円が主流だったんですね。

スーパーファミコンと比べて映像が派手なうえにゲームソフトの価格も安い。

これでは対抗するのも難しく、スーパーファミコンの人気は徐々にではあるものの下がっていきます。

苦渋の策として一部のゲームソフトにはスーパーファミコンが4,000円安くなるクーポン券を封入するものの、あまり効果はありませんでした。

↑別の形でのテコ入れとしては、スーパーゲームボーイという周辺機器の発売があります。

こちらはゲームボーイソフトをテレビで遊べるようにするための端末で、スーパーファミコンのマシンパワーを活かして擬似的なカラー表示を可能にしたり、フレーム機能、落書き機能などのおまけ要素も搭載していました。

当時のゲームボーイは残像が激しく、目に悪いとよく言われていたので、テレビ画面で遊べるスーパーゲームボーイは重宝されたものです(当時はポケモンが空前の大ヒットを記録していましたし)。

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1996年:N64が不発になり、スーパーファミコン頼みの状況が続く!

1996年になると特にプレイステーションの勢力が増していきましたが、任天堂も黙って見ていません。

最終兵器としてスーパーファミコン後継機、N64を発売しました。

本ハードはプレイステーションやセガサターンをさらに上回る性能の64ビット機で、3Dポリゴン描写を得意とします。

同時発売タイトルとしては「スーパーマリオ64」を発売。当時としては珍しい本格的な3Dアクションゲームで、歴史的な名作として名を残しました。

しかし、ソフト開発の難しさによってN64には全くと言って良いほど新作が発売されず、本体売上はあっという間に鈍化

N64ソフトが揃うまではスーパーファミコン頼みの状況が続くようになります。
関連記事:祝!N64発売20周年!王者からの転落。復調。盗用と壮絶な人生を歩んだN64の一生を振り返る!

そんな中でスーパーファミコンソフトとして大ヒットしたのが「スーパーマリオRPG」「星のカービィ スーパーデラックス」「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…」「スーパードンキーコング3 謎のクレミス島」。

いずれも100万本以上を売り上げ、プレイステーションに押されながらもスーパーファミコンでも続々とヒット作を生み出していきます。

同時期には「スターオーシャン」「テイルズ オブ ファンタジア」「牧場物語」シリーズの1作目がスーパーファミコン向けに発売。

当時の人気は控えめでしたが、これらのシリーズは次の世代で人気にが付き、人気シリーズとして定着していきます。

1997年:スーパーファミコンの延命策が始まる!

時は流れて1997年。思うように売上を伸ばせないN64の穴を埋めるべく、スーパーファミコン向けの新たなテコ入れが始まろうとします。

それがニンテンドウパワー!

ローソン各店舗へ設置されたマルチメディア端末機Loppiで供給されるサービスの1つとして運営され、ロムカセットに内蔵されているゲームを書き換える事が出来ました。

書き換えをする事でゲームソフトのデータが上書きされてしまいますが、低価格(新作は3,000円:旧作は1,000円)で新しいゲームを購入する事が可能なのが魅力的だったんですね。

当時の時点でスーパーファミコンの人気は下火だったので爆発的な売上ではありませんでしたが、「ファイアーエムブレム トラキア776」などニンテンドウパワー専用の新作ソフトも発売され、延命策としては一定の成功を収めました。

2000年:静かに幕を閉じる

ニンテンドウパワーのおかげもあってスーパーファミコンはN64が発売されて4年以上が経過されてもソフト供給が続いていました。

が、2000年末。ついにソフト供給が途絶えようとします。

最後に発売されたのが「メタルスレイダーグローリー ディレクターズカット」でした。

本作が発売されたのは2000年11月29日。スーパーファミコンが発売されたのは1990年11月21日なので、実に10年もの間、ソフト供給が続いたんですね。

本作の発売以降、スーパーファミコンは静かにを引き取りました。

しかし、それ以降も入門機として根強い人気を誇り、2000年代に入っても低年齢層の間ではN64やゲームキューブに負けないくらいの人気を獲得します。

そのためスーパーファミコンが発売された1990年の時点では物心が付いていなかった世代にも広く知れ渡り、そのポテンシャルは歴代ゲーム機の中でもトップクラスだと思われます。

全体のまとめ

という訳でスーパーファミコンの歴史を振り返ってみました!

人気の根強さから圧倒的な王者と思われがちですが、前半はPCエンジンやメガドライブ(※)。

後半やプレイステーションやセガサターンと激しいシェア争いを繰り広げて完全勝利とまでは言えなかったんですね。

しかし、名作が数多く発売されて、多くの人の心に刻み込まれました。

ベストゲーム機総選挙なんて企画を行ったら、高確率で上位入りを果たすでしょうね。

※メガドライブは日本ではそれほど人気は高くないものの、北米ではスーパーファミコンと互角の売上を見せていた。



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コメント広場の住人(84)

  1. y.crash より:

    SFCは未だに愛されてるゲーム機の一つですからね。
    根強い理由もよく分かりますね。

    スーパーゲームボーイって初期型にちょっとした不具合としてゲームボーイのソフトの再生速度が1.2倍だったかな?たしか通常より早くなっちゃって音程が高くなるうえにゲーム動作も早くなっちゃうって問題があったので、スーパーゲームボーイ2で改善したって聞いたことがあります。どっちも持ってなかったので自分は分からないですがw

    94年がゲーム機革命期ってことですかね?

    メタルスレイダーはFC版とSFC版がありましたね。
    確か開発はHAL研でしたっけ?

    • kentworld より:

      こんなに長く愛されるゲーム機ってそう無いと思います。

      スーパーゲームボーイはそんな不具合が!?
      僕のは初期型じゃないので知りませんでした。
      1.2倍速でプレイできると時間の短縮になりそうですが・・・

      1994年はゲーム業界革命期で間違いないと思います。
      あんなに沢山の新ハードが発売されることは今後もないでしょう。

      メタルスレイダーディレクターズカットはFC版のリメイクになります。
      なんと、カービィの開発会社。
      もっと言うとあの、岩田元社長が手掛けたんですよねw

  2. Koji より:

    スーファミには思い入れがありすぎてヤバいですw
    少年期をともに過ごした親友と言っても過言ではない存在です。
    ソフトの価格は高かったですね。自分が買ったソフトで一番高いやつだと、12000円くらいしたはず…。今だと限定版の値段ですね(^_^;)
    そしてスーファミソフトの最後はああっ女神さまに締めてもらいたかった…。

    • kentworld より:

      kojiさんはスーファミ世代、ど真ん中ですもんねw
      思い入れが強いのもわかります。
      12,000円って子供にはとてもじゃないけど買えない・・・
      親がなかなかスーファミを買ってくれなかったのも今では分かります。
      ああっ女神さまはずっと発売スケジュールに載っていましたよねぇ。

  3. 匿名 より:

    任天堂の全盛期やね
    この頃の自分は任天堂ボーイだった
    任天堂のお陰で発売されたPSにハマって
    今は立派なPSユーザーだけど
    思い出深いからミニ買おうとしたけど
    案の定売り切れからの転売転売
    ファミコンミニ同様また品薄商法してるならやめてもらいたいね
    ソフト価格の高騰は任天堂率いる悪名高い初心会も絡んでたというのもあるね

    • kentworld より:

      任天堂にとっては一つの黄金期でしたよね。
      ミニスーファミ、品薄商法ではないと思います。
      需要がそれ以上にあるんですね。
      SNSなどを見ても話題性は半端ないですから・・・
      発売週に数万台程度しか売れていないようであれば、品薄商法になりますが。

  4. KA より:

    初めて触れたゲーム機でしたのでとても思い入れがあります。
    自分が購入してもらったものではないけどRPGを中心に色々なタイトルをプレイしてきました。その多くは一生忘れられないくらい思い出になりました。初めてRプレイしたRPGはマリオRPGでした、これが大傑作だったのでその後他のRPGにも手を出すようになりました。

    次世代機3機種が家に来た後でも現役でして4機種テレビの前に置かれた状態が長い間続いて、オンラインゲームにハマりだした03年頃まで稼働してました、今は押入れの中で眠ってますからまた引っ張り出してみようかな。

    • kentworld より:

      物心ついた時に様々なRPGが家にあった感じなのかな?
      マリオRPGは僕にとっても入門となりました。
      アクション要素が良い感じに入口となっていましたよね♪

      KAさんにとっては次の世代で第一のゲームブームが到来する感じかな。

  5. 青雲スカイ より:

    自分が物心付いた頃にはファミコンが既にあり、新しいゲームハードが家にやってくるという体験を初めてしたのがスーファミですね。
    親がかなりのゲーマーだったので、スーファミ発売日に手に入れて家に帰ってきた事をかなり鮮明に覚えています。

    数々の名作RPGはもちろん、パワプロやエキサイトステージなどのスポーツゲームや桃鉄、ボンバーマンといったパーティゲームなどにも夢中になっていました。

    自分のこれまでのベストゲームトップ10の内の半分くらいはスーファミソフトが占めているかもしれません。
    当時のゲーム体験は色んな意味で心に焼き付いているので。

    • kentworld より:

      青雲スカイさんにとってはマイベストゲーム機になるのではないでしょうか?

      名作RPG以外にも数多くのジャンルを楽しまれていたようで、
      スーファミ愛を語り出したら凄そうですw

      親がゲーマーなのは、運命だったのかもしれませんね!w
      大きな影響を受けたのではないでしょうか?
      聞いていて、ほっこりしました。

      • 青雲スカイ より:

        マイベストゲーム機はスーファミか初代PSのどちらかで目茶苦茶迷いそうです。
        懐古ゲーマー乙w

        ゲームに関しての父親の影響は大きかったですね。
        スーファミ以降でも、PS、サターン、64の全てが家にありましたし、そりゃゲーム好きになるわという環境でしたw
        ただ、PS2が出て少し経った位の頃から父親はプッツリとゲームをやめてしまいましたね。
        それからは自分でゲーム機を買うようになりました。

        • kentworld より:

          あぁ、やっぱりその頃が黄金期ですかw
          僕も同じような感じですよ。
          ただ、僕の場合はN64になりますが・・・

          お父さんは凄いゲーマーですね!
          ちょっと羨ましいです。
          年齢を考えるとPS2時代辺りで離れてしまうのも無理はないのかなぁ。
          PS3が出始めた頃から大きく状況が変わりましたもんね。

  6. ヨウタイガ より:

    スーファミは一番遊んだかも知れません。初代プレステといい勝負です。
    最初はマリオカートと騎士ガンダム物語を買ったはずです。ゴエモンのアフロになった理由やスーパーフォーメーションサッカーやボンバーマンで友達と盛り上がったなー。マルチタップをよく集まるめんばーで折半して買ったので4人プレイが楽しかったですね。
    いつかミニスーファミを手に入れて、思い出に浸り、子どもにも楽しさを味あわせてあげたいと思います。

    • kentworld より:

      ヨウタイガさんもスーファミには思い入れがありそうでしたもんね!
      チョイスされているタイトルがなかなか通で、楽しんでいたのが伝わってきます。
      マルチタップも持っていたんですね~
      僕はN64から4人対戦というのを知りました。
      それ以前からあったとは。

      • ヨウタイガ より:

        白ボンバーマンの顔型タップでしたね。普通のファミコンでは、さすがにタップはありませんでしたが、ジョイスティックを接続し、そこからさらにジョイカードを伸ばす事で、くにおくん大運動会を4人でやってました。3人以上でやるときにはハードルが高い時代でしたね。

  7. さやまる より:

    スーパーファミコン実機の頃は自分は旬じゃないんですよねぇ…一応家にあったということは聞いてるんですが全く記憶にないんですよねw
    にしても結構悪戦苦闘しつつの黄金期だったのですねぇ〜名作もめちゃくちゃ多いですし、てっきりずっと長い間大人気!って思ってましたw
    そしてソフトがそんなに高い時期があったのか…今のスペシャルパックとかプレミアムBOXみたいな値段ですね…色々とあったんだなぁ〜

    • kentworld より:

      世代的にリアルタイムでは追いかけられなかった感じかな?
      僕は物心付いていましたが、ここまで詳しくなったのは少し後(N64時代)でしたねぇ。
      1990年代はゲーム業界が急速に発展していったので、
      スーファミはその波に飲まれていった感じです。
      状況的にGBAと似ているかも?ソフトの価格は高すぎますよねw
      それでも300万本とか売れていたんだからすげぇ!

  8. hanataka より:

    懐かしいですなぁ♪スーパーファミコンは、ファミコンカセットとPCエンジンHuカード、セガマスターシステムのカセットを売って買いましたねぇ♪勿論「スーパーファイヤープロレス」を買うために!まぁこの後から任天堂のハードは買ってませんねぇ。サターン→プレイステーションと流れていき、現在に至りますねぇ。

    • kentworld より:

      この頃もバリバリ、ゲームを楽しまれていたんですね!

      そう言えば任天堂ゲームの話題が出ないなぁと思っていたら、
      スーファミ以来、買っていなかったのか。
      それでもこんなブログを読み続けてくださってありがとうございます!

      • hanataka より:

        ゲーム愛溢れてる、素晴らしいブログを読ませて頂いて、こちらこそありがとうございます♪( ^-^)ノ∠※。.:*:・’°☆

        僕のゲームの好みもバレつつありますね♪

        グロい世界観も遊んでますし、アイドルマスターも遊んでますし、まだまだ僕の性癖は…間違えた…ゲーム癖は多いですぞ♪

        • kentworld より:

          いえいえ、みなさんの応援があってからこそ続けられていますので。
          ある程度コメントをされると、それぞれの趣向が見えてくるんですよね。
          みなさん、個性を持っていて、素敵だと思います♪
          アイドルマスターは守備範囲外だけど、
          レビューをしたらコメントをしてくれそうですねw

  9. Kiyoppy より:

    スーファミは少なくともPCエンジンよりは圧倒していたと思いました。
    当時は大学生でバブルだったので暇とお金があったので、スーファミ、PCエンジン、パソコンと結構ゲーム三昧でした。
    スーファミはスト2を一番遊んでいましたが、思い出すと有名処は大概プレイしていました。
    しかし、僕がスーファミも息が長かったんですね、2000年まで現役だったとは驚きです。確かその頃はPS2がメインだったと思います。

    • kentworld より:

      kiyoppyさんはこの頃もバリバリゲーマーだったんですね!
      見たところ、守備範囲が広いなぁ。
      スーパーファミコンソフトはそこまで手を付けていたんですか!?
      累計何本プレイしていたのか気になる!
      2000年といえばPS2が発売されましたね。

  10. メトロキシド より:

    んーなるほど。ゲーム機戦争という動画である程度ゲームハードの歴史を知っていたのですがこの記事を見てより理解できました。
    ただ、n64が売れなかったのはなんていうか…今の任天堂に共通の問題のサードが少なくてソフトの絶対数が少ないなんですね。
    任天堂は独自のゲームハードを作る傾向があるので、個人的に好感が持てるのですがゲームハードの問題としてもう少し他社がゲームを作りやすいようにするのが最大の目標ですね。
    スイッチは今の所好調ですがサードのソフトが多いわけではないのでこれからの動向に注目です。

    • kentworld より:

      この記事、参考になったようでよかったです!
      N64から任天堂とサードパーティの結束力が落ちていったんですよねぇ。
      独自性を重視するあまり、連携を取るのが難しいようで・・・
      Switchになってだいぶ、マシになったとは思いますが。

  11. くっぞこ より:

    こんにちは。
    当時はテレビゲームを予約して買うという発想が無くて、
    SFCは発売日に買えなかったんですよね~
    買えたのは一か月後でした。
    当時とんねるずさんの深夜ラジオ番組で、
    「任天堂からSFCを頂いた」と仰ってたのを聴いて、
    発売日に買えなかった私は、
    芸能人は良いなぁ~と思ったのを覚えてますね(笑)

    • kentworld より:

      SFCは発売直後から大人気と聞いていたので、難民になっていましたか・・・
      1ヵ月後でも良い方なのかもしれませんね。
      芸能人は提供してもらえるのが羨ましい!
      こういうところで得をしているんですねー♪

  12. 黒詩★紅月 より:

    実際に見たことがないから、関連ソフトはあんまり良く知らないけど、前身のファミコンはゲームをやらない父さんすら買いましたよw
    任天堂は大量輸出と決めたきっかけにもなったから、相当でしたね
    なぜ台湾から撤退までしちまったのかね…

    任天堂はソフト関連のセンスが相当だけど、ゲーム機の経営には良いと悪い時期の転換がかなり激しいところが惜しいです

    「完全勝利」はちょっとゲバですよ(笑)
    全ジャンルも食っていけるハードは存在しないです

  13. JINO より:

    スーファミのゲームソフトは50本以上遊びましたよ
    自分の持ってるゲーム機では一番所持してるソフトが多いです

    スーファミは同世代のゲーム機の中では後発でスタートし
    さらに4年後には次世代ハードが発売するなど
    こうみると激戦の時代を戦い抜いたハードですよね
    確かにポテンシャルの高さは相当なものと言えます

    あと、こまかい事ですが
    テイルズ オブ ファンタジアの発売は1995年の年末なので
    スターオーシャンや牧場物語とは(どちらも1996年夏発売)とは
    時期がちょっと違いますよ

    • kentworld より:

      50本は多いですね~!
      かなり楽しんでいるのが伝わってきます。

      16ビット機としてはだいぶ後発だったんですよね。
      なので、もう少し早く発売していたらもっと売れていたんだろうなぁ。

      テイルズ オブ ファンタジアの方は話の流れで少し強引に持ってきてしまいましたw
      こちらもSFCで生まれてPSなどで花開いたシリーズなので・・・

  14. kamome03 より:

    スーファミは名機ですね。
    kentさんが言うように、後半はソフトがどんどん高騰してく中で、子供のお小遣いやお年玉では買えないくらいに高くなりすぎましたね。
    その頃からは友達もみんなPSやセガサターンをやり始めてましたが、自分家は買ってもらえなくてクロノトリガーやスターオーシャンを死ぬ程周回してましたねw

    • kentworld より:

      今、思うとありえない価格ですよね。
      親もよく買ってくれたもんだと思いますよ。
      まあ、量販店では安く売っていたりしましたが。
      あの頃はなかなか買ってもらえなくて同じゲームを何度も楽しんだなぁ。
      ゲームの有難味は今とは比べ物にならないくらいありました。

  15. つぐみ より:

    スーファミは色々味のあるゲームが発売されて本当に味のある本体だとおもいます。
    未だに『こんなゲーム存在してたの?』っていうようなのがあって驚かされます。
    いまだに稼働本体持ってるんで、戦おうと思えばいくらでも戦える本体かと、最近またスーファミライクなドットグラフィックゲームも増えてますしね。

    ミニスーファミとミニファミコンは、バーチャルコンソロールソフトをダウンロードできて、尚且つスーファミソフトも挿せる仕様にしてくれりゃあ自分的には魅力的でしたのですがねぇ

    • kentworld より:

      そうですね、年に300本以上発売された年がありましたので、
      その中には変なゲームがたくさんありました。
      中古ゲームショップでマイナーゲーム巡りも楽しそうですね。
      こういう選択する楽しさはいつの時代にもあって欲しいです。

      >ミニスーファミとミニファミコンは、バーチャルコンソロールソフトをダウンロードできて、尚且つスーファミソフトも挿せる仕様にしてくれりゃあ自分的には魅力的でしたのですがねぇ

      これは本当に思いますw

  16. むぐお より:

    ファミコンからスーファミへと小学校はその流れで進みましたので印象深いですね
    当時は進化に驚きましたね
    ドラクエやFFといったらもうスーファミの頃のが熱中してやった記憶があります。
    当時は8メガ、16メガと多いほうがすごい!みたいな風潮がありました
    実際そうでもなかったですが、、
    FF6はじめてやったときは進化に驚きました。
    セガサターンも買ってかなりやりましたけど思い出に残ってるのはスーファミなイメージです
    実際いまなつかしのゲームやるってなるとセガサターンやプレステのゲームよりスーファミのが続けられますからね
    グラフィックでごまかさず工夫して面白いゲームを作ろうっていうのがスーファミ時代にはあったなあなんて

    • kentworld より:

      そっか・・・むぐおさんはその頃、小学生だったんですね。
      あの進化は小学生でも感じられますよー。
      当時、僕もビックリしていましたので!
      容量の話もよく分かりますよ!w
      ゲーム雑誌で容量の表記を見て、そこで購入を判断していたこともあったのでw

      セガサターンやプレイステーションは3Dポリゴン凄かったけど、今見ると粗いですもんね。
      3Dポリゴン黎明期故に・・・
      スーパーファミコンの場合は洗練されたドット絵によって今でも耐えられる映像になっていると思います。

  17. ホロウダイン より:

    僕はスーファミ世代ではなく、たぶん64世代なのですが、初めてのゲーム機はスーファミなので特別な思い入れがあります。ミニスーファミの予約はしてないんですが、New3DSLLのスーファミカラーは持ってますw
    少し前に「ドンキー3」を久しぶりにプレイしたんですが、今見てもキレイなグラフィックは凄いものがあります。2DグラフィックはSFCで極まった感がありますね。ゲームのボリュームもそれなりのものがありますし、ゲーム作品というものがスーファミである程度完成された感がありますね。
    ニンテンドーパワーは1度使ってみたかったです。コンビニでカセットにゲームを書き換えられるって面白いですよね。
    接触が悪くなることが多くてなかなかゲームを始められなかったり(フーフーしてましたw)、セーブが消えまくったのも今となってはいい思い出www

    • kentworld より:

      例え世代的に違っていても、スーファミを楽しんでいる人は本当に多いですね~
      New3DSLLのスーファミカラーは少し羨ましいw

      スーパードンキーコングシリーズは当時、映像美に衝撃を受けましたよ!
      今でも色褪せないクオリティというのが本当に凄い!

      >ゲーム作品というものがスーファミである程度完成された感がありますね。

      これは同感です。今、プレイしても耐えられるゲームが多いですから。

      ニンテンドーパワーは少し利用していました。
      コンビニ行くのは抵抗ありましたけどw
      カセットフーフーは絶対やりますよねw
      僕はフーフーして綿棒で掃除をしていました。

  18. そらとろぼ より:

    スーファミと言えば、

    ドン! 0% 0% 0%

    の印象が強いというか当時64しか持ってなかった私は親戚の家で猿のようにやってました。懐かしい。

    バンジョーとカズーイばっかりやっていた私は世間ではPSやSS、スーファミが主流ということを知りませんでした笑

    • kentworld より:

      当時は持っていなかったとは意外です。

      0% 0% 0%は子供たちのトラウマとして思い出に残っているでしょうw

      当時はバンジョーとカズーイの大冒険にハマっていたんですね。
      ハマりすぎて、世間での流れを知らないほどだったとは!?

  19. nasturtium より:

    スーパーファミコンは一番思い入れ深いハードですね。昔は任天堂ハードしかプレイしていませんでしたが、64やゲームキューブが出ても並行してずっとプレイしていましたね。

    ドンキーシリーズやFF6など洗練された2Dグラフィックの映像美は未だに色褪せない魅力がありますし、多様なソフトがあり、ゲーム性やボリュームもしっかり確立しているので、今プレイしても楽しめるゲーム揃いだと思います。

    ソフトの価格は当時はあまり知らなかったんですよね。まだ親に買ってもらっていた時期でしたから笑
    自分でソフトを購入するようになってからスーファミのソフトの価格のことを知って驚いた記憶があります。

    • kentworld より:

      SFCは名作が沢山あるゲーム機ですもんね。
      僕も同じようにN64やGCと並行してTVラックに置いていました。

      後期の洗練された2Dグラフィックは芸術の域ですよね。
      今、見ても色あせないと思います。

      ソフトの価格は凄かったですよねぇ。
      当時から9,800円なのはTVCMなどで知っていましたが、
      よく買ってくれたもんだと思いますよ。

  20. じじい より:

    ゲームソフトの値段が大幅に下がったのもソニーだからでしたね。

    任天堂は玩具問屋経由でリピートのしづらいロムカセットでしたが
    ソニーは音楽CDの流通網とプレス工場を使ったリピート販売に強みがありました。

    だからセガはセガサターン当初は8000円ぐらいでゲームソフトを売っていました。

    プレイステーションは
    任天堂の古い商習慣とソニーの新しい商習慣の戦いでもありましたね。

    ゲーム戦争は流通網の戦いでもあります
    今はスマホのガチャという商習慣が主流ですが
    これもテクノロジーの進化とともに新しい商習慣が誕生していくんだと思います。

    • kentworld より:

      ソニーはゲーム流通を大きく変えたと思います。
      言われてみるとゲーム戦争は流通網の戦いでもありますね。
      僕としてはソニーが作り上げた流通網を変えないで欲しいと思うけど、
      ソニー自身もダウンロード販売を促進しているし、
      パッケージ市場の縮小は間逃れないのかなぁ。

  21. ひまわり より:

    初めてのコメント失礼します。
    昨年の秋にこちらのブログに出会い、それからは毎日楽しく拝見しています。

    こういったゲームハードの一生涯を振り返る記事は、自分が忘れていることも書いてあって、とても楽しめます!

    話しは変わりますが、最近20代〜50代の男女仲間の10数人でネットカフェのパーティルームで、ゲーム大会をしました。
    ゲームソフトはWiiスポーツ、Wiiパーティ、マリオカート8です。それぞれのメンバーのMiiを作って行ったのですが、やはりWiiスポーツのテニスをダブルスで4人で対戦したのが、大盛り上がりでした!
    老若男女、誰でもすぐに楽しめるので、パーティゲームとして最高でした。
    こんなに大人数でゲームをしたのは初めてでしたが、20年超のゲーム人生の中でも、1.2を争う楽しさでした!

    あまり記事に関係ないコメントと、いきなりの長文 すみませんm(._.)m

    • kentworld より:

      ゲームハードの生涯を振り返る記事。
      書いている側も面白いので、ある程度メジャーなハードに関しては全部書きたいです!

      パーティゲームって世代を越えて楽しめると思うんですよね。
      一緒にプレイして盛り上がった時は特にそれを感じます。
      それにしても、20~50代の男女10人で楽しむというシチュエーションは凄い!
      僕は、20~40代の男性と10人近くで盛り上がったことは何度かありますがw

      • (ひまわり改め)たけのこちん より:

        他の記事のコメントに既に「ひまわり」さんがおられたので、名前を「たけのこちん」に変更しますね。

        ゲーム大会は飲み会の2次会で、僕が企画しました。
        メンバーの詳細は、20代男性1名・20代女性1名・30代男性3名・30代女性4名・40代男性3名・50代男性1名の合計13名の仲間でした。

        みんな笑顔で楽しそうにプレーしていて、企画して本当によかったと思いました!

        kentさんも定期的にゲーム大会を企画されてますよね!僕も近場なら参加したかったです。

        • kentworld より:

          お気遣い、ありがとうございますm(_ _)m

          確かにコメントを頂いた時、「あれ?ひまわりさんが2人いる!?」と思ったので、助かります!

          たけのこちんさんが企画されたんですね。
          男女比のバランスがしっかりされていて、
          そんな場でパーティゲームで盛り上がるって羨ましい!

          ゲーム大会は愛知か東京で主にしております。

  22. かにきめら より:

    SFCは発売当時「ファミコンソフトが遊べない~!」なんてネタがありましたが、ファミコンとの互換性捨ててコストダウンはったのは正解だったようです。
    PS、SSの初年度の95年はまだ荒削りだった新ハードと熟成されたSFCという面白い時期でした。
    この時期をリアルタイムに過ごせたのは幸運でした。

    • kentworld より:

      互換性をもたせると25,000円以上になってしまい、
      割高感が出てしまうので正解ですね。
      1995年の構図は今、見ると面白いなぁ。
      時代の移り変わりらしく混沌としています。

  23. ジョエリー より:

    自分は世代では無いのでスーファミのゲームは一つもプレイしたことはありませんが、有名なゲームがたくさんありましたし圧倒的に人気があったと思ってましたが、他のゲーム機とかなり熾烈な競争をしていたみたいですね。まぁ一強状態よりはその方が市場としては健全だと思いますが。

    それにしてもゲームソフトの売り上げは今では考えられないくらい凄いですね。今では100万本超えるのも一苦労ですからね・・。ゲームに対して世間的に凄く活気があったようで、当時ゲームを楽しんでいた人が羨ましいです。

    • kentworld より:

      こういう言い方はなんですが、
      スーパーファミコンって美化されているところが強いのかもしれません。
      N64もそうですが、苦しいところもいっぱいあったんですよねぇ。

      僕は当時も楽しんでいましたが、ライトユーザーレベルだったので、
      もっと深くまで楽しみたかったなぁ・・・

  24. A・T より:

    スーファミからはマリオカートシリーズやMOTHER2、ロマンシングサガなど現在でも根強いファンが数多い名作が続々発売されていたんですね。
    プレイステーションやセガサターン、スーファミが競争していたこの時代がゲームの黄金時代といっても過言ではありませんよね。

    この時代に発売されていた名作をリメイクなどで再び遊べるようにしてもらいたいです。
    時代の波に埋もれていくのにはあまりにも惜しい作品が多すぎます。

    • kentworld より:

      この世代で生まれた人気シリーズは数多く存在しますよね。
      間違いなくこの頃がゲーム黄金期だったと思います。

      最近は1990年代後半のゲームが続々とリメイクされるのがトレンドになっていますねw

  25. えす より:

    SFCは初めて買って貰ったハードなので特別ですし一番思い入れありますね。
    ベストゲーム機総選挙があったら、間違いなくSFCに投じます!
    この記事であがっているソフトは8割くらいプレイ済みで
    マリオにゼルダ、ドラクエやFFもSFCで初めてプレイしましたし
    友達とはスト2やマリオカートで対戦という感じでとにかく楽しませてもらいました。
    あと未だに実機が動くのにもビックリw本当に頑丈な作りです。

    95年辺りからPSやSSなど32ビット機の時代になっていきましたが
    この年に発売されたSFCのソフトは本当に豊作
    エストⅡ,クロノ・トリガー,聖剣3,ロマサガ3,タクティクスオウガ
    スパドン2,ドラクエ6,風来のシレン,初代テイルズなどなど
    因みにSSではバーチャファイター2,デイトナUSA
    PSでは鉄拳,ときメモ,幻想水滸伝などが同年に発売されていますが
    上で挙げたSFCの作品の方が当時の自分には魅力的でした!

    今回発売されるミニSFCにはマイベスト2Dゼルダの神トラや
    マイベストFFのFF6と好きな作品が収録された事が素直に嬉しい!
    実機と並べて大きさとか色々と比べてみたいですね。
    発売されたらミニFCの時と同じように特集記事を期待してますw

    • kentworld より:

      愛が詰まったコメントをありがとうございます!
      コメントを読んでいるだけで思い入れの深さを感じられます。
      この記事では代表的なタイトルをいくつか挙げましたが、それでも8割は凄いですね!
      凄く堪能されていたんだなーと思います。
      耐久性は高いハードですよね。うちのも起動しそうな予感w

      1995年になるとスーパーファミコンは成熟期に達しましたね。
      この頃になると全体的な完成度が高まった印象で、
      挙げられているタイトルを見ても名作揃いだと思います。
      見た目は地味でも、完成度は負けていませんよね!

      ニンテンドークラシックミニスーパーファミコンの記事はいくつか書きますよ!
      期待していてください☆

  26. ナッツ より:

    SFCについて語り始めるともの凄く長文になってしまうので控えめに・・・
    別記事でお返事くれましたが、N64は大好きなハードですがSFCはゲームファンとしての土台がここで形成されたとでも言いましょうか笑 本体と一緒に買ってもらったマリオワールドは、2Dマリオでは一番思い入れがあります。ポップな世界観と耳の残る曲の数々。Newスーパーマリオワールド出してくれないかなあ、とずっと妄想してます(^_^;)
    当時はネットなんてありませんし、ゲーム雑誌もまだ読み始める歳ではなかったので、ゲーム情報はもっぱら周りの友達(又はコロコロw)でした。あのゲームが面白いらしいぞ!ドラクエ何レベルまで進んだ?クロノトリガーでこんな隠し要素が・・・そんな毎日が楽しかったです。
    ドラクエやFFやミニSFCに収録されているような任天堂作品も遊びましたが、ドラゴンボールZや幽遊白書などキャラゲーもたくさん遊びました。

    ニンテンドウパワーは画期的でしたね。今でもカセット取ってあります
    NPではあったのにVCでは配信されない作品もけっこうあって、勿体無いなあと思ってます(トルネコの大冒険など)

    • kentworld より:

      ナッツさんはN64だけではなく、SFCに対しても思い入れがありそうですよね!
      MOTHER2に触れていないのはちょっと意外でしたが・・・
      Newスーパーマリオワールドですかぁ。
      Newマリオシリーズって「3」のオマージュが強いですもんね。
      「ワールド」のオマージュはヨッシーくらいしか印象には残っていません。

      当時はインターネットがなかったので、裏技を知る手段が少なかったですよね。
      だからこそ、知った時の喜びが大きいものでした。

      ニンテンドウパワーのカセット、まだ持っていますか!
      バーチャルコンソールでもっと配信してほしいですよね。

      • ナッツ より:

        MOTHER2を語ると更に長くなるのでカットしましたw
        私事ですが、当時姉がSMAPファンであの伝説の(?)キムタクCMを見て買ってもらってたんです。でも姉はすぐ飽きてしまい、僕が遊び始めました。そんなCMからの出会いが未だにこうして愛すべき作品になってるとは…不思議なものです。剣と魔法の中世風RPGしか遊んでいなかったので、現代を舞台に犬やカラスと戦闘だなんて衝撃的でした。
        自分が今でも印象に残ってる3大SFCのCMは、MOTHER2とマリオRPGとカービィSDXです。あの頃はユーモア溢れるCMが多かった。

        • kentworld より:

          カットしていましたかw
          姉がSMAPファンだったのが影響でMOTHER2を購入したんですか・・・
          これは、間接的にはSMAPに感謝することになるのか!?
          現代を舞台にしたRPGは当時としては珍しかったですもんね。
          SFCのCM、SONYのとはまた違ったユーモアを感じられます。

  27. コルチカム より:

    スーファミのソフトは星のカービィSDXとヨッシーアイランドの2本しか親に買ってもらえませんでした(泣)
    しかしながらどちらも素晴らしい作品だったので、今でもずっととっておいてあります。
    特にカービィはデータが自然消滅するので無限に遊べましたw
    ヨッシーアイランドも何気に隠しコマンド使えば2人プレイが可能ですし、交代しながらのプレイも楽しかったので、友人を家に誘ってよく遊んでいました。

    ちなみにニンテンドウ64も家にあったのですが、ソフトはポケモンスタジアム2しか買ってもらえず、64にはあまり思い入れがありません(泣)

    • kentworld より:

      そうだったんですか・・・
      家庭の事情でほとんど買ってもらえなかったんですね(泣)
      この時代のゲームも名作ばかりなだけに惜しい。
      でも、今はバーチャルコンソールで気軽に買えるから良いですよね♪
      コルチカムさんは現行機のゲームだけで精一杯かもしれませんがw

      言われてみるとカービィ、ヨッシー共に2人で楽しめますね。
      どちらもボリューム満点で、その2本だけでも本体を買った価値はあると思います。

  28. 匿名 より:

    スーパーファミコンは面白いゲームが沢山あったのですが、にじんだ色味とこもった音質でハードとしては好きになれませんでした
    そのため色味も音質もギザギザwしたメガドラに流れてしまい、あっという間にセガ信者に一直線
    ドリキャスの隆盛が過ぎるまで任天堂とは疎遠になってしまいました
    懐かしいな

    • kentworld より:

      そうでしたかw
      やはり、あれだけのタイトルを揃えていても、
      コアなユーザーだと不満に感じることはあったんですね。

  29. ほにょ より:

    何度となく書いていることではありますが、実家に最初に来た据え置き式のゲーム機がSFCでした。1991年の正月に、兄に言われて近所のディスカウントデパートに万札握りしめて並んだときのことを思い出します。

    いつも思うのは、やっぱりSFCや初代のPSくらいソフトの本数がないと、本当の意味でのソフトの選択の自由ってないし、ソフトの作家性みたいなものも生まれて来ないのかなぁ、ということです。変な話でも何でもなく、任天堂のハードだからといって任天堂のソフト、あるいはDQやFFのような超有名ソフトを通らなくとも充分に楽しめた。実際僕の家はそうで、DQの代わりにソードワールド、FFの代わりにソウル&ソード/トラバース、マリオの代わりにぽっぷるメイルをやってました。逆に世間とリンクしていたのはストⅡやぷよ通ですね。その他にもオリビアのミステリーとその続編アリョールとか、実は飯野賢治さんが作ったらしいスヌーピーコンサートとか、中古屋に行くと絶対にあるナンバーズパラダイスやすごろく銀河戦記まで、思い出のソフトはたくさんあります。グランヒストリア、ドラゴンナイトⅣ、そしてNP専売の同級生2など、何やかんやでやれていない「思い残しソフト」もたくさんありますね。G.O.Dもやったのはイベントが整理されているPS版の方だからなぁ…。

    そんなわけで、僕のゲーマーとしての本籍はいまでも3DOとNEC-HEにあるつもりですけど、SFCはそれとはまた次元の違う存在ですね。テレビゲームを遊ぶリアルな「場」としての存在は圧倒的で、任天堂以外のハードを選ぶところまで考えが至らなかった人がほとんどだったと思います。 修学旅行で行った秋葉原でCD-ROM2の「ぎゅわんぶらぁ自己中心派」を見てすっげー!と思ったけど、それは万博のパビリオンで見た展示のようなもので、近所のおもちゃ屋でも売っているなんて思いもしなかった。それが1990年頃の僕でしたね。

    • ほにょ より:

      また勘違いしてました。スヌーピーコンサートを作ったのはワープの飯野賢治さんではなく、任天堂の横井軍平さんでした。youtubeにある発売当時のCM(!!)をみる限り、当時大阪の鶴見にできた「スヌーピータウン」というテーマパークのノベルティとして、外仕事として名前を出さずに任天堂が作ったものらしい。だから発売元が三井不動産なのか~。で、CMはナレーションも原ミドリさんだったりして、最後にピコーンとロゴが出ない以外は当時の任天堂のCMそのもの。なんか今になって、積年の謎がするするっと分かっちゃったな~。

      ともあれ、正直すまんかった!

    • kentworld より:

      >やっぱりSFCや初代のPSくらいソフトの本数がないと、本当の意味でのソフトの選択の自由ってないし、ソフトの作家性みたいなものも生まれて来ないのかなぁ

      これはよーく分かります。
      あのくらいの本数が出ないと良い意味で変なゲームって現れませんからね。
      今は普遍的な面白さのタイトルばかりで、もう少し尖ったタイトルがパッケージで出て欲しい。

      >テレビゲームを遊ぶリアルな「場」としての存在は圧倒的

      国民機と言われているくらいですからね。
      ライトユーザーだったらこのゲーム機だけで十分だったからなぁ。

  30. ぷう より:

    こんばんは。

    スーファミは、心のゲーム機NO.1です!
    結構長い間現役でした。

    各社好きなゲーム機は、セガサターン、プレステ2、Xbox 360、DS Liteでしょうか。
    3DSも大好きですけど。

    ところで、kentさんならSwitchにファミコン版『ゴルフ』が隠されているネタを記事にしてくださると待っております。
    大好きな岩田社長の命日にのみ起動出来る、というのも泣けてきます。

    • kentworld より:

      ぷうさんもスーファミがNo1タイトルでしたか!

      好きなゲーム機はバランス取れていますね。
      これだけでもぷうさんのゲームへの入れ込みが伝わってきます。

      Switchのイースターエッグ、取り扱いたいですが、
      今は東京ゲームショウの影響で他にも旬の話題が多く、少し遅くなってしまいそうです。

  31. シロマ より:

    物心ついた時に初めて遊んだゲーム機で特に好きだったのが「星のカービィ スーパーデラックス」と「スーパーマリオRPG」でした。
    どちらも三週以上はクリアしました。
    他にも「第4次スーパーロボット大戦」でロボットアニメに興味を持ち、「ストリートファイター2」で格闘ゲームを初めてプレイし僕の人生に影響をもたらした作品も多いです。

    • kentworld より:

      シロマさんもスーファミ世代になるのかな?
      それらの2作は末期の名作ですよねぇ。
      スパロボはこの頃からプレイされていたのか!?
      ストリートファイターIIといい、シロマさんの基礎はスーファミ時代から出来上がっていたとは!?

  32. 日々寧日 より:

    スーパーファミコンは実機を触れたことはほぼありませんが様々な名作、シリーズが生み出されていて凄いハードだと思います
    この時代はソフトの販売数、売上共に非常に多くてゲーム業界が大きく盛り上がっていたのがわかりますね

    • kentworld より:

      実機に触れたことがない世代でしたか!?

      それでも凄さをご存知のようで、やっぱり世代を越えて愛されているなーと思います。
      売上も今、見ると凄いですよね。200万、300万が普通に出ていますもん。

  33. marumax より:

    スーパーファミコン、かなり息の長いハードだったんだなぁ…!知りませんでした!こういったハードの歴史を書いた記事は色々と知れて面白いですね!他のハードの話も有ったので、そちらも見てみます!

    • kentworld より:

      ゲーム歴はそこそこ長いので、
      自分の観点から各ゲーム機の歴史を振り返りたいなーと思って色々書いています!
      メジャーどころは全部抑えますので、今後も期待していてください!

  34. トモフミ より:

    おお‼️久々にゲーム機ヒストリーだ♡読み応えのある記事をありがとうございます(^^)

    スーファミは僕にとっても最初に触ったゲーム機なので感慨深いものがありますよ。いまだにスーファミやGBAの画質が僕の中では2Dドットゲームのスタンダードですよ。

    さて、きたる10/5は予約はできなかったが、ゲオで売ってるかもしれないので、ひと勝負やってみるか(笑)

    • kentworld より:

      ゲーム機ヒストリーは書き甲斐があるんですよね♪
      トモフミさんも好きなコーナーになりますか!?
      今後も色んなゲーム機について語っていきたいですねぇ。
      2Dドットゲームのスタンダード機であることは間違いありません。

  35. チキ より:

    昔、マクドナルドでクリボーくじというのがあって僕の家族がマリオワールドのソフトを当てたそうです。
    それをきっかけにスーパーファミコン本体を買うことにしたんだとか。
    そのくじが無かったら僕のゲーム人生も大きく変わっていたでしょうねぇ。

    ニンテンドーパワーはレッキングクルー’98
    の広告を見て憧れましたねー。
    当時の僕は利用方法がよく分からず、親にせがんでも買ってもらえず悔しい思いをしたっけ。

    • kentworld より:

      クリボーくじ、初耳でした!
      当時のゲームソフトは高価なので、かなりラッキーだったんじゃ!?
      ゲームソフトを貰ったら本体も買うしか無いですよねw

      レッキングクルー’98に目が行くとはチキさんらしいw
      当時からチキさんの価値観は確立されていたようですね。
      ブレない男、それがチッキー!

  36. Ryou より:

    自分がゲーム人生を歩むキッカケとなった変えたSFC特集ktkr
    今でも現役で語られるし、思い出補正抜きにしても面白いソフト
    の数々が生まれてるのが素直に凄い!1994~1996年の黄金期は
    後世に語り継がれるレベルで神ゲーだらけだったなぁ・・!

    • kentworld より:

      これはRyouさん必読の記事ですよね!
      1994~1996年が黄金期なのは確かです。
      ゲームソフトの価格高騰、CD-ROM機の台頭など、
      スーファミにとっては少々苦しい事もありましたが。

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